騎士団のお仕事 番外編
※ 番外編と題打ってありますが、本編を補完する役割も含んでいますのでお読みいただけると、この後の話の流れがわかりやすくなります。
また、スルーしていただても、本編には影響はありません。
「ジルコー、そう言えばあの話どうなった?」
毎月届く、王都一美味しいと評判のバサラ・ジリアスのクッキーを頬張っていたウォーレンはふと思い出したように苦々しい顔でどこかに逃げようと席を離れたジルコー・ジリアスに声をかけた。
一瞬背中がビクッと跳ねたがすぐに平静を装い答えた。
「え、えぇ。ちゃんと、問題なく、終わりましたよ……」
だがその貼り付けたような表情とは裏腹に声は詰まり、裏返り。何か重大なことを隠しているのはまず間違いないと断言もできる。そして「仕事して来ます」と小さな声で呟くと、そそくさと外に向かおうとするが「待て」と言われて、ゆっくりと振り返る。その表情は死刑執行直前の囚人のような顔付きで、清々しさと後悔と憎しみと言った様々な感情が入り混じっていた。
まさしく、これからジルコーにとっては死刑執行と同じような苦痛を味わうのである。
「ふーん。何か隠してないか?」
「いえ、隠してはいませんが……」
「言ってないことは?」
ウォーレンにはジルコーの表情だけで何を隠しているかなんとなくわかったが、まずは口を割らせることを優先させた。
ジルコーは悩む。
ジルコーは逃げようと窓の外を見た。
ジルコーは諦めたのか天を仰いで大きく息を吐いた。
だが。その決心は揺れに揺れ、また外を見たが窓に映る団長の姿を見て無理だと悟った。
「……わかりましたよ、言えばいいんでしょ」
はぁ〜と力ない吐息を吐くと大人しく自分の席に座り、観念しあさっての方向を見ながらぶつぶつ呟くように言った。
「まだ、実家に帰ってないんですよ」
やっぱりか。どうせそんなことだと思ったが……。
心ではそう思ったウォーレンだが口には出さなかった。
その代わりにクッキーが詰められていた白い木箱を手に取る。箱の中心には『バジル・ジリアス』と焼印が打たれている。それを見たウォーレンはニヤッと嫌な笑みを浮かべ「アイリス!」と声を上げだ。
「なんですか? 団長」
「お、おぉ……速いな」
その声が聞こえる前に動き出していたアイリス。流石のウォーレンも動揺を隠しきれない。
「いつ、いかなる時も準備していますので」
返答になっていない答えだが、スルーし、本題に入った。
「そう……まぁ、いいや。俺とジルコーは少し用事が出来た。あとの事を頼みたいんだがいいよな?」
「わたしもついていきますよ」
「やっぱり、ウィリアムを呼ぶべきだったか……」
名目上副団長である、アイリスを呼んだのは失敗だったと後悔したが後悔先に立たずである。
アイリスに留守番させて置いていくのは諦め騎士団No.3のウィリアムを犠牲にすることにした。
「何か?」
「いや、こっちの話だ」
「ジルコーさんの実家に行くんですよね?」
「そうだが……」
その目の奥は、なんでお前がそれ知っているの? と言っている。それを感じたのかアイリスが答えた。
「この間の、マリア王女の訪問の際の会議の時に言っていましたよ」
「あぁ、そんなこと言ったな」
「それに、バサラ・ジリアスって名前ですからね、なんとなくは思ってましたよ」
薄々勘づかれみんなわかってて、言わなかったんだと恥ずかしさが湧き上がったジルコーは感情を隠すように舌打ちをした。それが聞こえていたのか聞こえていないのか知らないがアイリスはさらに追い打ちをかけるように続ける。
「いつか入ったみたいなって思ってたんですよ。でも行列に並ぶのが面倒で……ジルコーさん連れて行こうと思ったんですけど、何かと理由つけられて断られてて」
「そんな理由かよ……」
アイリスの呆れたくなるほど酷い理由に、ため息が出てきた。
「わかった。あとはウィリアムに任せよう。他の団員達もいるし、安心して行けるだろう。」
ウォーレンのその言葉は職務放棄以外の何物でもないが団長に心酔しきっているアイリスは肯定しかしない。
「いいですね。ウィリアムなら安心です」
「どこがだよ……職務放棄じゃねえかよ、団長、副団長、揃いに揃って」
「ジルコーさんに賛成ですね。団長、副団長共に出かけるのは不味いと思いますが」
ジルコーの反論に、嫌な気配を感じ、やって来たウィリアムも苦言を呈した。
「だ、そうですよ団長」
だがウォーレンにはそんなこと気にせず、逆に2人を説得するように問いかけた。
「いいか、ウィリアム、ジルコー。時に、戦場では、団長、副団長共に不在となる可能性がある。その時、誰が指揮をするか? そう、お前だ、ウィリアム」
ここぞとばかりに、ウォーレンはウィリアムの胸元に指を指した。そして畳み掛けるように続ける。
「これは訓練だ、戦場でこんな訓練は出来ない。平時の時の訓練が戦場で役に立つ」
「それを職務放棄と呼ぶのでは? そもそも訓練とは監視・確認、修正をして初めて成立するものです。それを監督する、団長、副団長がいなくなってどうするのですか?」
「戦場に監督者などいない」
正論ではあるが今この場においてそれは完全に的外れな指摘である。
だがこの状態のウォーレンとアイリスをウィリアムには止めることはできない。こうなってしまってはもうテコでも動かない。
「はぁ、わかりましたよ。どうしても行きたいんですか……」
「そうだ、すまないな。全てはジルコーが子供のように駄々をこねたのが原因だ」
「俺は別に会わなくても大丈夫です。棺桶越しに会う準備は出来てますから」
「わかりました。留守の間はお任せください。ジルコーさん、早く仲直りしてくださいね、いつまでもぐだぐだやられると面倒なので」
完全に無視された格好となったジルコー。
「だから、俺は大丈夫だ」
「ダメですよジルコーさん。お菓子は待ってくれませんよ」
「お前は何目的で着いてくるんだよ」
「もちろんお菓子のためです。サクラちゃんも一緒にね」
いつの間にか膝の上に抱き抱えていたサクラの頬をぷにぷにしながら、堂々と答えたアイリスに、反論する力も尽きたジルコーは諦めたように「はぁぁ」と言いながら背もたれに体を預けた。
「どこ行くの?」
ぷにぷにしていたアイリスの指を引き剥がしたサクラが上を向きながら聞いた。
「ジルコーさんの実家よ。ジルコーさんの実家はお菓子屋さんで今は弟さんが経営してるの。ここに置いてあるお菓子も毎月、弟さんが持ってきてくれてるんだけどね、会っていけば? って聞いても、兄さんが嫌がるからって言って、断られてるの。兄弟こういうところは似てるのね」
「あ? バジルの奴、ここに来てるのか?」
思わず立ち上がってしまったジルコー。
その問いに答えたのはお菓子を受け取った団長であった。
「あぁ、そうだ、今日も届けに来たよ。会えばって言ったが、断られた」
「あいつも忙しいんだから……そんなことやらなくていいのに……」
ジルコーの瞳にはキラキラと煌めく熱いものが浮かぶ。
「ちゃんと金は払ってるから安心しろ」




