37 仕事の山
「帰ってきました!」
買い物を終えたニーナそしてアイリスとほとんど同じような格好をしたニーナの3人が帰ってきた。
「お帰り。良いのあったか?」
終わらない山積みの仕事をこなしながらこの問いかける。
仕事のおかげでアイリス達の方を見る余裕もなく、ニーナの額にピキッとシワが入るがウォーレン達にはそれすら見えていない。
「団長! 見て下さいよ、こんな可愛いのに」
「悪いな今は時間が惜しい、これを早く片付けないと」
その時、ドンっ! と言う何かを叩きつけた音が聞こえ、テーブルがぐらっと揺れると同時に山積みにされた書類の山が見事に崩落した。
「ぁぁぁあ!! ああぁぁぁ………ぁぁあ」
せっかく半分ほどまで終えたと言うのにこれでは事実上最初からやり直しと言う悪夢にウォーレンは生気を失った顔で項垂れ、ようやくアイリス達を見る余裕ができた。
だが視線はずっと、何もなくなったテーブルに固定されている。何故なら今、隣を向けば鬼の形相と思われるニーナがいるからだ。
「はぁあは、また1からやり直し……か」
「諦めろウィリアム、男は黙って手を動かせ」
崩れ落ちた書類を拾うともしないウィリアムの背中をジルコーが優しく叩き慰めた。
「ほんと、涙が出てきますよ」
何故かわからないがウィリアムの涙腺から涙が一筋流れ落ちる。
「わかるぞ、その気持ち。よくわかる」
『俺も混ぜてくれ!!』
男2人が蒸し暑く慰め合っているのを見て俺も混ぜてくれと、口に出して言えない代わりに心の中で叫んでいるが誰にもその悲痛な叫びは届いていない。
「はぁ、片付けようや、片付けないと始まんないよ」
ジルコーは椅子を退かし、床に散乱した書類を拾い集め始めると同情した同僚達も駆け寄り、一緒になって回収を始める。
「はぁ、」
ウィリアムは一つ思いため息を吐くと立ち上がり力無く散らばった書類を折らないように掴み上げた。
ウォーレンも早くその中に混ざりたかったが右側からズカズカと刺すような視線が絶え間なく注がれウォーレンは身体を動かさないで居た。
「団長、どうですか?」
ニーナの可愛げのある一言にいざ決心を決めた団長は恐る恐るサクラを見た。
「……双子か?」
それは今のウォーレンが思いつく最上級の一言であった。
そして何故かアイリスが1番顔を赤くしていた。
「双子じゃないですよ、恥ずかしい」
「……可愛い、いや。格好いいのを選んでもらったな、サクラ」
ウォーレンはまるで孫を見守るような柔らかい笑みを向けるとサクラは恥ずかしくなったのか顔をプイッと背けてアイリスの後ろに隠れた。
「まだやることが残ってるんだから、行くわよアイリス、サクラ」
そう言いニーナは2人を連れ上に向かう。
だがその背中にウォーレンが声をかけた。
「あっ、待ってくれアイリス。これ内容、見てサインくれ」
ウォーレンは数枚の紙が留められた者類をアイリスに差し出す。
それを受け取ったアイリスは「わかりました」と頷き待っていたニーナと共に男共が立ち入らないように3階の副団長室に向かった。
「何もらったの? ラブレター?」
乙女チックなところを見せるニーナだがニーナを見るアイリスの視線は冷ややかなものだった。
「そんなわけないじゃん」
と言い団長から預かった書類をチラッと確認するとわざわざ1番上にマル秘といかにもウォーレンが好きそうなハンコが押されていた。
「秘密」
その書類の中身が大体理解できたアイリスは答えをはぐらかしらた。
「えぇーーケチ。教えてくれたっていいじゃない」
「マル秘だってさ」
アイリスはほらねと言い表面だけを見せる。
「ねぇ、団長って面白半分で全部にマル秘押してるんじゃないの?」
「さぁ? 今度聞いてみれば」
「そういう意味で聞いたんじゃないんだけど」
答える気のない返答にニーナはそれ以上問い詰めるのを諦め階段を登る。
♢ ♢ ♢
「で、団長、さっきの書類は?」
アイリス達とほぼ同じ頃一回でも同じような話題がウィリアムから飛び出す。
「マル秘だ」
「答える気ないですね」
「だろうな。マル秘だからな」
文書はわずかに増えたがその内容はほとんど増えない。
ただ単にマル秘と言いたいだけなのだろう。
ウィリアムも男の子だその気持ちわよくわかるが使うタイミングというものがある。
「まぁ大体分かりましたよ」
「なら内緒にしておいてくれサプライズだ」
渡した書類の内容がなんとなく理解できたウィリアムはそれ以上追求する事はなかった。
♢ ♢ ♢
いつかの晩。
ウォーレンは同期のレイを誘い、少しお高めな飲み屋に足を運んでいた。
ここは軍関係者がこぞって使う最上級の店だ。
個室完備、防音もちゃんとしており個室の声は外に漏れない仕様になっている。
店員達への教育も行き届いており、この場での密会を記者に話す者は1人たりともいない。
だがら表に出せない話をする時、皆重宝している。
レイの前にはすでに空き瓶と化した酒瓶が4本ほど並べられており、もうちょっとで眠りこけると思うぐらいに頬は紅潮し目は虚だ。
一方のウォーレン名前は酒瓶は一本しかなくそれもまだ半分ほど残っている。
「と言うわけでレイ、騎士団は来週から全軍休暇を取るから、俺たちのいない間、騎士団の仕事を代わりにやって欲しいんだが大丈夫か?」
「はぁ? ひゅうは? もーーちんろん!! いいトッモ! ヒヤック! あははあはは、飲み過ぎは、ウォーーレンはそれしはのまなぇのは?」
酔って何も理解できていないレイは半分残った酒瓶を指差し聞いた。
「あぁ俺はこれだけで、明日は忙しいからな」
そう答えが返ってきてレイはテーブルに身を乗り出すとその瓶を奪い取りラッパ飲みで飲み干す。
「わかったーーあははあはは、いいよーー。休暇ね、あとの仕事は任せておけ!」
レイは酔いながら自分の胸を叩きどっと来い! 言いそのまま眠りについた。
完全に寝たのを確認したウォーレンは自分の胸元から酔いすぎてこの話をレイが忘れないように書いておいた紙をテーブルの上に置き、おかわり用に置かれている水筒に睡眠薬を三粒入れ、「ここの代金は俺が払っておいてやる」と言い店員を呼びつけた。
この後眠りから覚めたレイはまんまとウォーレンの策に引っかかり、水を飲みもう一眠りしてしまった。




