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騎士団のお仕事  作者: 雄太
アイリスの過去
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36 ニクマール商会

 

 アイリスは病み上がりだからーーなどと言っていたが、元気そうにサクラと同僚でアイリスの二つ年下の女騎士ニーナと共にサクラの私服を買うために街へ向かった。


 悲しくも残された男達は書類の山と睨めっこを続ける。

 人数が減っても仕事量は変わらない。それどころか増えたような気もする。

 トドのつまり、アイリスの仕事は彼らに割り振られた。


「なんで俺がこんな事に。なぁ、俺腕がないんだが」


 肘から先がない右手をプラプラさせ嫌だとアピールする。

 部下の訓練から呼び出され、巻き添えを喰らったジルコーがどう反応すれば良いのかわからない冗談を言いこの場の空気をさらに悪化させた。


「諦めろジルコー。女達のやる事に首を突っ込むな」


 ウォーレンはわかっている。女性が一度行くと決めたら男は黙って「行ってこい」と言うしかないと。決して俺の飯は? などと聞いてはいけないのだ。奥さん達が楽しくランチをしている姿を想像して自分は貧しく屋台の串焼きを腹一杯食べる事になっても何も言ってはいけないのだ。

 もしそれを口にしたらと考えるだけで悍ましく、考えたくもない。


 妻と成人済みの子持ちのウォーレンは独身貴族をこの歳まで守るジルコーの背中をトントンと叩き「一緒に地獄に行こうや」と悪魔のように呟く。


「行きませんよ、なんで地獄なんか。俺は天国ですよ、可愛い女の子達に囲まれて余生を過ごすんですよ」


 己の欲望を恥ずかしげもなく曝け出したジルコーを白い目で周囲が見ているがジルコーは気にしない。


「天国でか?」

「この世界ですよ」

「中年おっさんにはそんな事は待ってないぞ、そう言う事が起きるのは若い時だけだ」

「若手の前で幻想を打ち砕くようなこと言わないで下さい」


 この2人を連れ込んだのは失敗だったと今になり後悔が滲み出てくるウィリアムだったが一度呼んだしまった者を返品するわけにもいかず、どうにかこのじゃじゃ馬の手綱を握り仕事をさせようとする。


「真面目に仕事してくださいよ、団長、ジルコーさん」

「うんそうだな。でもな、俺は片腕しかないから、やりたくてもできないんだ。すまん」


 片腕を無くしたことをいい事にここ最近はずっとこう言い仕事をサボろうとしているがアイリスに叱られ渋々仕事をしているが。今日はそのアイリスもおらずジルコーを止めれる人は皆無だ。

 アイリス以外にジルコーを止めれる人物と言ったら団長だけだがこの様子では当てにならないだろう


「書類仕事は好きじゃない」

「勉強嫌いな子供ですか?」


 都合の悪い質問には答えずウォーレンは「さぁやりますか」と言い仕事を再開する。

 まだ仕事をしてくれるからマシだと思い始めてしまったウィリアムは自身の頬を叩きその意識を捨てた。


 ♢ ♢ ♢


 その頃。女性陣はーーー


「カワイイ!」


 試着室に連れ込んだサクラを着せ替え人形にしていた。

「嫌だ、着ない」と拒否していたサクラを「着てみないとわからないじゃんと」説得し半ば誘拐に近いような謳い文句「お菓子買ってあげるから」と言い懐柔した。


 アイリス自身、子供服も自分の服すらも興味はない。私服はなんでも合うジーンズを基本としている。

 それだけでもオシャレに見えるのはアイリス自身の見た目のおかげだろう。

 そこら辺にいる男からすればアイリスは人並み以上に綺麗な人だ。いつも野暮ったい騎士団に慣れ切り女の子ということを忘れるがアイリスも1人の女性なのだ。目を見張るほど大きい胸などはないが小さくてもここにあるぞと言う主張をしている胸に服の下に隠された腹筋。それを服の上から見るとお腹周りが引き締まり、くびれがハッキリとしているように見える。


 か弱い女の子好きは敬遠するがこう言うかっこいい女子が好きな奴らは簡単に落ちるだろう。

 日々の訓練の効果なのか足回りも必要な筋肉は付いているが無駄に筋肉はなく細く触れば折れそうだがそんな事はない。


 つまり何が言いたいか、アイリスは美人なのだ。

 だから街を歩けば男達の視線が集まる。

 だが不快な視線を感じればアイリスは騎士団の名の下に容赦なく男達を寝かしつける。

 すでに3人ほどが夢の世界に誘われた。


「どう、私のセンスは?」

「カワイイっ! 何これお姫様みたい」


 今サクラが身につけているオレンジのワンピースはアイリスではなく同僚のニーナが選んだものである。

 アイリスは目をキラキラと輝かせサクラを前後左右全方向から眺める。

 一方の人形にされたサクラは死んだ目でこの時間が終わるのを待っている。


 ニーナはアイリスとは違いファッションやメイクに精通しておりニーナが知らない物は無いと言われている。


「どうサクラちゃん、こう言うの好き?」

「嫌い」


 ボゾッと断言した一言に「なんで〜似合ってるじゃん」と何故かアイリスが不満そうな表情を見せる。


「足出てるの好きじゃない」

「わかった。本人の意思は尊重しないと」

「えぇーそんな〜」

「なんであんたが1番凹んでるのよ」


 ニーナはサクラより落ち込むアイリスを無視しサクラと共に更衣室に戻りカーテンを閉め次の洋服に着替えさせる。

 諦めきれないアイリスは中にも聞こえるように言った。


「でもたまには冒険しないと」

「それは貴女よ。後で可愛いの見繕ってあげる」

「私はいい、このままで」


 鋭い返答が返ってきてアイリスには返す言葉がほとんどなかった。


「安心して、私こう言うの得意だから」


 白いカーテン越しの回答にアイリスは顔を歪める。

 アイリスは普段スカートなど全く履かない。

 だからニーナは絶対にスカートを選ぶことは間違いない。

 問題は長さだ。絶対領域つまり足の甲まで隠れてなければならない。だがニーナはそんなこと気にせず膝上20センチスカートを選んでくる。

 このまま逃げようと思ったが2人を連れてきた手前そんなことはできず仕方なく2人待つ事にした。


『うーんスカートは嫌なんだよね』

『こう言うズボン系よね』

『アイリスと同じジーンズ系で、悩むわね』

『こう言うシャツはどう?ーーうんそう。薄いのより厚めの生地ね』


 更衣室の中2人のやりとりがちらほら漏れてくる。

 どうもスカートよりズボンの方がいいと。


 次は自分の番だと壁に寄りかかり項垂れているアイリスの隣に御婦人が何も言わずに並んだ。


「アイリス、まだ、戻ってくる気はない?」


 ご婦人の声は小さめで更衣室にいる2人に配慮したのだろう。


「お母さん……」


 隣に並んだご婦人はアイリスの母フローネであった。

 2人は幼い頃に喧嘩しそれっきり会う事はなかったが騎士団に入団した後ウォーレンからちゃんと話してこいと背中を押され一度だけ直接会った事があった。


「ごめんなさい……」

「……」


 フローネは謝るだけの娘をそっと自分の胸に抱き寄せる。

 すでに身長はアイリスの方が高くなって見た目も大人になったがこの時だけは子供のような表情を見せ、肩の上で目を瞑っていた。


「そうよね。都合が良過ぎる」


 フローネは自分の発言を取り下げアイリスをそっと離した。離されたアイリスはそこを離れようとはしない。


「今は、こっちの方が楽しいの。商会を継がないといけない事はわかってる。だからもう少し待ってて」

「若い人も育ってきているし、別に商会なんて気にしなくていいわよ……。いつでも待っているわアイリス」


 フローネの目元には熱い涙がスッーと流れアイリスの背中に溢れた。


「私は行くわ、お友達と楽しみなさい」


 今度からアイリスを離すとフローネは娘の顔も見ずに背中を向け立ち去る。

 フローネを追いかけようと歩き出そうとしたアイリスに更衣室の中から声が掛かった。


「アイリス? 帰ったとか言わないわよね」


 一瞬、更衣室の方に視線を向けてから再度、どんどん遠くなるフローネを見た。どちらに向かおうか一瞬悩んだがすぐに結論が出た。


「まだいるわよ、もう帰っていい?」

「ダメ」


 アイリスは2人を選択しすでに見えなくなくなったフローネに『また今度』と心の中で呟く。

 それと同時に更衣室のカーテンが開きサクラとニーナが出てきた。


「ダメ! まだ目瞑ってて」


 先に出てきたニーナに目を抑えられ「何するのよ」

 言ったがニーナは答えず「良いわよ」と手を離す。


「……あら、私そっくり」


 サクラは子供用にジーンズと黒のトップス。

 アイリスが今着ている服と服の種類自体は違えた全く同じものを着ていた。


「本当に良いの?」

「いい」


 サクラは一言だけ答えるとプイッと視線を逸らす。


「カッコいい……」


 と呟くとアイリスは自身が左腕に付けている赤色のブレスレットをサクラの左手をそっと通した。


「これは?」

「プレゼント、要らなかった?」

「いる………ありがとう」

「どういたしまして」


 さて、レジに行かないと。ニーナはサクラを連れレジに向かう。


「あっ、待って私も行く」


 アイリスもその後ろをついてきた。


 そしてレジに付くと店員に「タダにして」と脅した。


「アイリス様、そう言う事はおやめください、教育に良くないですよ」


 店員の女性はそう言いながらもサクラの服についていたタグを取り外した。


「さすが商家の娘、一度言ってみたいわ」

「使えるものは使わないと」


 何故先ほどフローネが居たのか、理由は簡単だここはアイリスの実家が経営している店だからだ。

 多分だがフローネが伝えておいたのだろう。


 サクラが元々着ていた服を入れるための袋を貰いその店を後にした。


「で、アイリス。アイリスの予定は?」

「………ずっと仕事」


 言い逃れしようとしたがニーナは身内だそんな事ないと知っている。


「来週、オフよね」


 問いかけると言うよりも問い詰めるに近い笑みを向けられ拒否という選択肢すら許されないその笑みにアイリスは『はい』答えるしかなかった。


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