33 軍・騎士団合同入団試験 6
試験が終わり参加者達全体に弛緩した空気が流れているが、試験官に用意された別室はこれからが本番だと言う感じのピリピリとした空気が流れている。
ウォーレンにレイ、レイモンド(敬称略)は同時進行で行われた他の試験官の情報なども総合的に加味しながら今年の合格者を選定を始めた。
合格発表まで1時間。いやすでに1時間を切った。
あと1時間で有望株の結果を把握し合否を決めなければならない。
参加者数は900名を超えそのうちの半数程度はすでに不合格としたがまだ400名ほど残っている
「本当にいいのか?」
ウォーレンがレイモンドに声をかけた。
レイモンドは先ほど参加者達の前で高々と「この中に近衛騎士団が求める人材はいない!」と宣言していた。
言ったことを覆すなと言う気はないしそれを咎める気も無いが、ウォーレンとしては近衛だろうと少なからず新人を入れないと不味いんじゃないかと思っている。
「大丈夫だ。新人だけが全てじゃない」
珍しく親切心で聞いてみたがレイモンドはそれを冷たく返した。普段からぶっきらぼうだと言うことを知っているウォーレンだからこう言う返答でも気にすることはないが、噂話ではあるが、近衛内部でも色々とコミュニケーション不足があるらしい。
レイモンドがこう言うことを言うには理由がある。軍も騎士団も各自スカウトが認められている。
別にこの合同入団試験で全て補充しなければならないというわけではないのだ。だからある程度、強気な発言もできる。
欠員補充だけではなく有望そうな人材を見つけたら好きに声を掛けても問題ない。
実際、ウォーレンも去年8人スカウトして入団させた。
「そう、なら俺たち2人で話を詰めるか」
ウォーレンは席を立ち上がるとレイの隣に座る。
隣に座ったのが可愛い女の子が良かったと言いたげにわざと大きいため息を吐くがウォーレンには効果なし。
「今年の合格者は粒揃いだな」
仕方なく話を続けたレイの呟きにウォーレンは真っ先にアイリスの顔を思い浮かべた。
実際に目の前で見ていたが無駄な動きを嫌い、攻める時は躊躇なく攻め込む。
アイリスの剣技はどこかで見覚えがあるような気がするがはっきりと思い出せない。
「アイリス・ニクマール」
手元の資料の1番上に記載されている名前を読み上げた。その下には平民出身など色々と情報が載っている。
試験官達には最初にこの資料が渡されるがウォーレン達は全員そう言うのを見て判断したくない派なので誰も資料に目を通していなかった。
特にウォーレンは貴族出身だか貴族社会を嫌っており、資料を受け取るまえに「いらない」と言い突き返したほどだった。
他の2人は建前上もらっておいたが今頃デスクの引き出しで肥やしとなっている頃だろう。
そして来週にはゴミ箱にでも入れられる。
付け加えるとウォーレンに渡された資料は一番上だけは印刷されたものであったがそれ以外は最初からただの白紙であった。
「正直言って、平民出身って事に驚いたな、目の前で見てたがスジは良かった、上手くいけば早い段階で副団長になれる逸材だと俺は思う」
下手したらそれ以上のスピードで団長にまで上り詰めて来る。
平民出身、剣術は祖父に指導された、ね。
ニクマール……か。嫌な思い出しかない。
鬼のニクマール。
アイリスの祖父は騎士団元1番隊隊長 鬼のニクマール。
俺が騎士団に入団した時の教育係でもある男。
「通りであの剣術、見覚えがあるはずだ」
「? 隠し子か?」
「鬼のニクマール。騎士団元1番隊隊長だった男だ。俺が騎士団に入団した時の教育係。あの野郎にはこっ酷くしばかれたよ」
茶々を入れてきたレイを完全に無視し、ウォーレンは過去の苦い記憶を思い出した。
まだウォーレンがヒョロガリだった頃、延々と走らされ疲れ果て倒れると馬で背中を踏みつけられ「おいどうした! 立てよ! 立つんだよ!」と鼓舞とは到底思えない罵声を吐き捨てそれでも立たないと「ゴミが! そんな甘ちょろい奴らなんかで国など守れない! 辞めるなら好きにしろ!」と吐き捨て置いて行かれた。
ウォーレンは言われたまま負けるのは嫌な性格なので感覚のない膝を無理矢理動かし、その背中を追った。
だが幸いな事にニクマールはウォーレンが騎士団に入団した翌年、理由はわからないが教育係を引退した。
その後ウォーレンが副団長の地位に付いて真っ先に行ったのは死を身近に感じさせる訓練の廃止だ。
「アイリスか……」
別れてまもない彼女の名前を言うように重そうな表情で呟く。
「別れた女の名前を呟くのはやめろ」
「別れてない。付き合ってもない」
「俺もいい人材だとは思うがな……軍は男所帯だ。そのに女1人ぶっ込んだら何が起こるかわからない……」
その言葉を最後にしばし紙が擦れる音しか聞こえなくなる。
凄いことに軍は現在でも男性率100%を誇っている。これは軍創設以来ずっと変わっていない。
レイもアイリスの実力は認めているが現状の軍を勘案し首を横に振った。
過去に騎士団や近衛から交換教育制度などで女性が来たことはあったがそれはお客様である。
これが客ではなくなった時、男100の所に女を入れたらそれこそ暴行事件が起きかねない。
最悪、口に出したくもないがそう言うことも起きる可能性は十二分に考えられる。
「俺のところは100:0お前のところは20人ぐらい居たっけ?」
レイは手元の資料に目を落としながら言う。
今の言葉は騎士団には女性が多数は所属しているかと言う確認だ
「あぁ、今は30まで増えた。」
騎士団は総勢200名の団員を抱えるその中で女性が30名である。約2割が女性だ。これは近衛より低いがそれなりの数がいると言っても問題ないだろう。
騎士団は国民に寄り添うをモットーに掲げている。
だからこそ女性団員も徐々に数を増やし地域の騎士団として根付いている。
だが軍や近衛は国民とは縁のない世界である。
彼らにはよく税金泥棒と言う心無い声も浴びされることも多いが弾丸や剣では腹は膨れない。紛れもない事実だ。
それに裏では汚職も広がっているとかいないとか眉唾物レベルのうさわもちらほら聞こえてくる。
火のないところに煙は立たない。どこかに事実はあるのだろう。
それだけに、騎士団と比べると国民人気も低い。
質問に答えたウォーレンにレイは珍しく真剣な目線を向けた。
「なら、お前のところで取ってくれないか?……うちはこの状態だ。何が起きるかわからない。だからお前のところの方が活躍できると思う」
「レイ、言いたい事はわかる」
ウォーレンは説教と言うよりも道を間違えそうになっている友達を連れ戻したいそう言った声音で言う。
「だが時代は必ず変わる。これから先、男主体の社会は必ず終わる。今のうちに準備しておかないと間に合わなくなると俺は思う」
説得に近い言葉をかけながらもウォーレンはアイリスの資料に騎士団の印を押した。
要らないと言うなら使える人材は取るべきだ。
「わかってる。だから俺が軍団長になって軍を変える。そこまで待ってくれ……」
その言葉を信じたウォーレンは何も答えず窓の外
を見つめ。話を変えるようにぼそっとアイリスの対戦相手ウィリアムについて聞いた。
「そう言えばウィリアムって何者なんだ? アイリスと互角に戦っていたが」
話を露骨に変えられたがレイは気にせず「見てみろ」と言い手元の資料を投げ渡した。
「ウィリアム・ディレンダー。彼は軍学校を首席で卒業している」
首席。その言葉が出たその時レイモンドの目元がスッと細くなる。レイモンドにはその言葉は禁句なのだ。いつも成績トップはレイ。2番目はウォーレンで決まり。レイモンドは万年3位と呼ばれたこともあった。
実力で負ける事自体は文句はないが自分よりも下の奴らに万年3位と呼ばれるのは嫌なのだ。
そのせいで喧嘩沙汰を何度起こしたことか。
だが有望株を退学処分にするはずもない。
逆にそいつらが退学処分となった。
「お前と同じか」
「いや、俺以上だ」
レイも軍学校をを首席で卒業しているがそのレイが自分以上だと認めた。
ウォーレンはマジかよと言うまでレイを見たがレイは答えない。
「学科も実技もトップ。兵法も一流の腕前。クラスメイトからの信頼も厚く、言うなら軍学校創設以来一番の天才と言っても過言ではない」
「マジかよ、ん? なら、軍も近衛も全力で獲得するはずだろう、なのになんで進路未定になってる」
ウォーレンの手元の資料、進路欄には『未定』と手書きで書かれている。
「それが少し厄介事だ」
レイは面倒な事になったと言いたげに首を横に振るとゆっくり口を開く。
「お前の言う通りだ、俺たちも最初は勧誘したがその全てを断られた」
軍学校の首席。軍も近衛も、放っておくはずがなく幾度もなくレイやレイモンドの2人が軍学校に通い、何度も勧誘したが本人達を前にしてもウィリアムの意思は固く最終的には2人が折れる結果となった。
「軍も近衛も?」
「そうだ。ウィリアムはどうも権力が嫌いみたいでな軍と近衛は拒否された。軍学校の教師から聞いた話だが志望は軍じゃなくて騎士団だそうだ」
「俺も行ってみたがそいつの意思は固い。これだけの有望株だ、引き込みたかったがな。」
ずっと聞き耳を立てていたレイモンドも同様に頷く。
「はぁ?」
「だから騎士団志望だ」
軍学校の首席が騎士団志望? レイの言葉にウォーレンは思わず自分の耳を疑うが自分の耳は二つしかない。疑っても答えは出てこない。
首席であればエリート街道ましっぐらである。
それこそ実績を残さなくても隊長クラスにまで行けるほどだ、実績も伴えばレイと同じ副軍団長、そして団長という地位見えてくるがウィリアムはそれを拒否したと言う事だ。
「とんだ、酔狂な奴がいたな……まぁ、本人希望だし実力もあるし、拒否する理由はないか」
ウォーレンとしては実力者が入ってくるなら拒否する理由は一切なく歓迎する方針を見せた。
その一方である意味、振られた2人はやれやれと首を振った。




