32 軍・騎士団合同入団試験 5
試験が始まり2時間が経過した。
ここまでにほとんど全員が試験を終え残ったのはアイリスとウィリアム、その他2人。
試験を終えた組は極度の緊張から解放されリラックスしているがアイリス達は今だに暇で柵に囲まれた中で打ち合いをしている2人をじっと観察していた。
だがそれもすぐに終わる。
「そこまで!」
時間一杯となりウォーレン団長が2人の試合をやめさせた。
この試合はどちらも攻め手を欠く展開が続き相手の出方を探りながらも時より攻め込み、交わされを繰り返す試合となった。
見ている方からすればつまらないと言う声も出てくるかもしれないがアイリスは2人の足の動かし方や目線をどこに置くかなど、一つも漏らさぬように見ていた。
「最後の試合だ。俺のところはアイリス・ニクマールとウィリアム・ディレンダー。ジルコーのところはオルフェル・ビリーとブラック・レイズ。
これが最後の試合だ言っておくが、後ろでぺちゃぺちゃ無駄話している奴らはニナージャが全部監視してるからな、別に情報交換や良いところを見つけて喋るのは結構、好きにしてくれ」
ウォーレンが付け加えた一言にまだ話を繰り広げていた連中が今からいい子ちゃんぶっても結果は変わらないと言うのに柵の前に急いで集まる。
その背後で気配を消したニナージャが手元の資料に何かを書き込んでいた。
呼ばれたアイリスは柵の中に入り先に準備していたウィリアムをじっと見る。
「また、会いましたね」
「私は会いたくなかった」
アイリスは普段より少し長めの片手剣と丸い金属製の盾を持ち、片手剣を振り馴染み具合を確かめる。
ウィリアムは偶然にもいつも使っている中剣とほぼ同じものが見つかり、観戦中もずっと剣を握っていた。
「さて、大トリだな」
ゆっくり柵の中に入ってきたウォーレンが2人にそう声をかけ、「準備は出来たか?」と聞きそれに対し2人はほぼ同時に「はい」と一言だけ答えた。
「危険行為があったら俺が止める。俺の指示に従えない場合は失格とする。いいな」
両者頷き、それを合図に「始めっ!」と声が掛かった。
だがどちらも動かない。
お互いに相手の出方を伺っている。
ウィリアムは同じ形の剣が見つかったとはいえ普段使っていない物を使っている。少なからず違和感があるのだろう。
アイリスも同様、普段より長い片手剣を構える。
やはり通常より剣が長いこともあり重心が僅かに先に寄っている。
アイリスが左に一歩動くとウィリアムも同じように動き、ウィリアムが前に動く姿勢を見せるとアイリスが下がる。
千日手のように同じ動きを繰り返す。
その中でお互いに剣の握りや重心を確認する。
「攻めてこないのですか?」
「そのままその言葉、返してあげる」
余裕を見せるように問いかけた質問だが綺麗に返され少しイラッと来たが表情には出さない。軍学校の教官からそう教え込まれている。
盾を全面に押し出したアイリスは守りの姿勢をずっと見せ続ける。
『知らない相手に無闇に突っ込む馬鹿はすぐに負ける。まず相手の動きを見よ』これも祖父ジェイムズの教えである。
だからここまで約5分アイリスはずっとウィリアムの動きを見ている。
この試合は殺し合いではない。最初から全力でやる必要もない。別に勝つ必要すらない。
アイリスは時間を存分に使い、相手の動きを見極め、ウィリアムはこの遅い展開に少し焦ったくなり始める。
この遅い展開に痺れを切らしたウィリアムが動く。
一気に距離を詰め瞬きをする僅かな時間でアイリスの目前に達する。
だがアイリスは全く逃げる様子を見せずウィリアムの動きをギリギリまで見ている。盾を少しだけ右にずらす。
ウィリアムは中剣を槍のように突き出し刺そうとするがずらした盾によって剣はするりと滑らされ、勢い止めきれず意図せずアイリスの背後に回ってしまう。
剣を受け流され体勢を崩したウィリアムを狙うため無理矢理身体を捻り。ガラ空きの背中に的を絞る。
このままでは不味い。ウィリアムは身体を無理やり止めようと足を地面に刺したがその直後首筋に嫌な予感を感じると思考する間もなく前方に倒れ込む。
刹那。もしウィリアムがそのまま無理やり止まっていたらの場所にアイリスの片手剣が伸びた。
「取ったと思ったのに……」
自身の剣が空振りに終わり体勢を直したアイリスが呟く。
そのまま前方に転がり起き上がってきたウィリアムがその冷酷とも言える瞳を見たせいか身体が僅かに強張る。
ニヤッと温度を感じない冷たい笑みを見せたアイリスはウィリアムに向かい盾を押し出しながら突如走り出す。
女性の体格からではあり得ない、予想外の動きに対処が一瞬、遅れる。
中剣で直撃を防ごうとするが完全には防ぎきれず盾をモロに喰らう。
「っ!……」
アイリスの華奢な体からは想像もできないほどの力が盾越しに伝わりウィリアムは吹き飛ばされ転倒する。
ウィリアムが転倒したその瞬間、ここぞとばかりに追撃を加えようとさらに動き出す。
手早く起き上がったウィリアムだが目の前にはすでにアイリスが居た。
剣を握り、立ちきれない姿勢で受け止めようとするがアイリスは自身の剣を空へ投げた。
「なんだ……」
ウィリアムは思わず空に投げられた片手剣を見てしまった。
ウィリアムの視線が上空に向き、
盾の中から何かを掴みような素振りを見せた。
ウィリアムは咄嗟に左手を目の前に置き、目を守る。
それと同時に腕や顔に砂のようなものが当たる感触があった。
「不味い!」
急いで目を開けるとすでに失格にならない程度に額から距離を置いたところにアイリスの片手剣が付けられていた。
これが試験でなければ間違いなくウィリアムは死んでいた。軍学校の試合でさえここまで無様に敗北することはなかったウィリアムは剣を離し「負けました」と無意識のうちに言葉が出でいた。
「そこまで!」
ウォーレンが終わりを宣言すると一息ついたアイリスは剣を下ろし手を差し出した。
「やっぱり、僕が1番嫌いな相手だ」
アイリスの手を掴み立ち上がったウィリアムがそう言うが聞いている様子はない。
先ほどの砂も祖父の教えだ。『人間誰しも目を守ろうとするものだ、だから目を潰せそうすれば簡単に勝てる』と語っていた。
ウィリアムは言うならば軍学校の綺麗な戦い方。
砂を投げる事は邪道、弱いものがやる事だ。と教えられた。
アイリスは祖父の教えのもと実戦で使える剣術を習った。祖父の教えには綺麗も汚いもなく勝てば正義と口酸っぱく言っていた。
その違いが露骨に現れたのだろう。
軍学校を首席で卒業したウィリアムが負けるという異常事態に観戦していた者達は黙る事以外できなかった。
これがただ負けると言う事ならば軍学校でもあったが、だか今回は違う。相手は軍学校の卒業者でもなければただの一般人それも女。
ウィリアムが負ける可能性など0%だった。
万に一つではない0%だ。
それが負けたのだウィリアムの強さを知っている者ならば誰1人として目の前の光景を信用出来るものは居ない。
まだどよめきが残る中、アイリス達は柵の外に出てきて、1番前でウォーレンを待つ。
そのウォーレンはジルコーとニナージャを呼び寄せ隣に並んでからゆっくりと口を開く。
「皆、2時間の長丁場だったがご苦労様だった。まぁ合格できる者できない者、様々いると思う。俺は無駄に期待を抱かせるような事は言わない。必ず不合格になる者はいる。合格した者はそれを踏み越え、その顔をいつまでも覚えておけ、もしいつか道に迷いそうになった時はそいつらの顔を思い浮かべろ、そうすれば正しい道は見えてくる。
合格発表は1時間後、さっきのステージの前に張り出される。入場の際に渡された紙に書いてある試験番号と自分の名前が張り出された紙に記載されていれば合格だ。
合格した者は別途手続きなどがあるから帰らないように。
ではこれにて解散とする」
ウォーレンは一方的に話を締めると部下の2人を連れ歩き出し、その背中に割れんばかりの「「「ありがとうございました!」」」が浴びせされた。




