31 軍・騎士団合同入団試験 4
アイリスの手元にはAと書かれたハガキサイズの紙が握られていた。そしてその隣にもう一枚同じくAと書かれた紙が差し出される。
「偶然ですね」
「チッ、」
言葉とは裏腹に全く偶然さを感じさせないウィリアムが声を掛けてくる。
だがそれを舌打ちだけで無視してアイリスは目的の旗を探す。
旗はすぐに見つかった。なぜなら1番左からA.B.C.D.E.F.G.と並んでいたからだ。
「Aは有望株、BCは一芸に秀た者、DEは訓練を積ませれば使えそうな者、FGはやる気なしでしたね」
なぜウィリアムがそんな裏情報を知っているのかわからないが、認識としてはこの通りで問題ない。
だが一つ間違いがあるとすればFGはやる気なしではなく合格させないと言う意味だ。つまり冷やかし。先程試験管に切り飛ばされた奴らなどがここに集められる。
「そう、どうもありがとう」
言葉だけのお礼を言うとアイリスはスタスタ人の群れを左右に避けながら歩き出す。
こう言う時。体の小さいアイリスは有利だ。
一方大柄で軍学校でも人気者だったウィリアムはすぐに友人の女の子達に話しかけられてアイリスとの距離を離される。
「ごめんみんな、早く行かないと不合格にされちゃうよ」
悲しそうな瞳で見つめられてしまえば避ける以外の選択肢はなくなり道が開けるが、すでにアイリスの姿は見えなくなった。
♢ ♢ ♢
ウィリアムを振り切ったアイリスは一番乗りでAの旗の下に到着した。
そこで待っていたのは先ほど壇上に居たウォーレン・ブラッドだ。ウォーレンはアイリスの顔を見るとバツが悪そうに視線を背けたが何かを決心したのか笑みを浮かべ手を差し出した。
「先ほどはありがとうございました」
その手を掴んだアイリスは何故か感謝を述べる。
突然の感謝にウォーレンは慌てるような様子が一切ない。普通なら感謝されるようなことが無いのに突然感謝されたら。少なからず違う反応が見られるはずだがウォーレンはそう言った反応を示さない。
「何のことから知らないがどうもありがとう」
「えぇ人違いでしたね」
「奥で待ってろ、全員集まり次第、試験内容について話す」
アイリスの手を離したウォーレンは流石に女性に触れるような真似はせず手先で案内した。
奥に向かって行ったアイリスは何度か後ろを振り返り何かを確信したように頷いた。
やっぱり、さっきのフード男だったわね。
本人は認めていなかったが先ほどのフード男と騎士団長ウォーレンは同一人物に限りなく近い。背格好は同じ、声は少し裏声でも使ったのか違うが喋り方までは変えきれていない。
♢ ♢ ♢
その後アイリスにまんまと撒かれたウィリアムもやってきて、このA(A班と呼ぶ)A班に割り振られた人数はざっと見で50人前後、ここから見えるB班C班も同程度の人数が固まっている。
最後の1人を迎え入れたウォーレンは集まったわざと集まった参加者達の真ん中を「すまんな、退いてくれ」と言いながら通ってきた。
そして1番前に出るとウォーレン以外の試験官と思われる男女2人がその隣に立つ。
左の男はウォーレンよりも少し背が低い。30代後半といったところだろうか。
右の女性は女性にしては背の高い人で隣の男よりも僅かに大きい、年齢は30を過ぎた頃のように見える。
「さっき振りだな。試験官を務めるウォーレンだ、こっちの男はジルコー。今は騎士団1番隊隊長を務めている。俺の部下だ。そしてこっちの女性は2番隊の副隊長を務めているニナージャだ」
紹介された2人はそれぞれ「ジルコーだ」「ニナージャです」と言い少しだけ頭を下げた。
「ニナージャはどちらかといえば記録員としてきてもらったが副隊長を任せるに足る人物。お前達より断然強い。そこら辺勘違いしてナンパはするなよ」
ウォーレンの低レベルな冗談に苦笑いが漏れる。
だがそれもすぐに止んだ。ウォーレンの首筋に銀色に太陽を反射するレイピアが目にも止まらぬ速度で添えられたからだ。
そのレイピアにウォーレンの冷や汗が流れた。
もし後、数ミリズレていればウォーレンの首筋は真っ赤に染まりこの世に居なかっただろう。
だが彼女はその数ミリを制御した。
「……、こ、こうなるから注意するように」
ウォーレンはカニのように横に歩きレイピアから逃げた。
「では、実技試験の説明から始めるか。
まずは各自持ち込んだ武器の使用は禁止。これは戦いではなく試験だからな。言っておくが相手を殺したら失格処分となる、その後、騎士団に引き渡される。つまり犯罪者になるわけだ」
ウォーレンの脅しに周囲の空気が変わる。
ウォーレンの人柄のせいか和気藹々に近い空気が流れていたが普段優しそうな人が真剣な話をすると恐怖を感じるように集まった者達はちゃんと話を聞いている。
「代わりの剣は木刀となる。一部の特殊な剣以外はできる限り全ての形の剣を5グラム単位にまで削った物を用意した。だが弓使いや槍使いまたその他の武器を使う者がいたら申告してくれ別途対応する。自分が普段使っている武器がないからと言って失格や不合格にすること絶対にしない。そこは安心してくれ」
ウォーレンのその言葉に一部の参加者達から安堵のため息が漏れる。
見える限り5人ほど弓使いがいて、1人は巨大な斧を担いだ男もいた。
「では試験内容だ。試験はこちらがランダムで選んだ2人1組で打ち合いをしてもらう。さっきも言ったが殺人は禁止だ。そして首から上を狙う攻撃も禁止、未来を担う貴重な戦力だ怪我して未来を失いたくないだろ、だからそのような行為を行なっても失格とする。
だがそれ以外の部分であれば本気で叩いてもらって構わない」
ウォーレンはそこまで言うと他の班の動きが気になったのからちらっと見る。他の班ははすでに剣選んでいた。それを見て「ちょっと急ぐか」と言う呟きが最前列にだけ届く。
「制限時間は20分 降参も認める。又20分いないに決着がつかなかった場合はそこで終わりだ。
この打ち合いでの勝ち負けは多少は考慮に入れるがそれを持って決定するわけではない。打ち合いの中での立ち回りや攻め方、動きなどを総合的に勘案して合否を決める。ただ勝つだけが試合じゃない。もちろん勝てればそれに越した事はないが何度も言ってるが、これは実戦ではない。負けてもそれで得れるものがあればある意味、勝ちと言えるだろう、これで説明は以上だ。本来であれば質問の時間を取るべきだから少々時間が押してる。話は後で聞こう」
ウォーレンはそう言うと先に歩き出し各種剣が置かれた台の前に立つ。
「左が1番軽い剣で右が1番重い剣だ。好きに選んでもらって構わない。また、たまにあるが自分と同じ重さの武器が誰かに選ばれた場合は言ってくれ、探してみる。なければ別途対応する。それとこの中の武器以外を使う者はニナージャのところに行ってくれ、悪いがなるべく早く選んでくれ」
ウォーレンは同じく試験官のジルコーと共に紐と柵で囲っただけの簡素なリングの前に立つ。
各々自分の武器を選び終わり全員が集まる。
「ではもう一つ説明をする。試験はこの柵で囲われた中で行う。自分の番が来るまでは観戦していてもらって構わないが野次などは禁止する。
先ほども言ったが試験はジルコーと俺で同時に行う」
「早速だが、組み分けを発表する。まず俺のところはグローブ・ビズティとダニエル・ストーリー。ジルコーのところはフレディ・オークウェルとアグマー・スミスだ。呼ばれた者は前に」
呼ばれた4人は緊張した面持ちで前に出てきた。




