30 軍・騎士団合同入団試験 3
ウィリアムの回答が正確過ぎて逆に言葉を失ったアイリスは表情を読まれないように『ふーん、それしかわからないの』と言う笑みを浮かべる。
「アイリスから見て私はどう映りますか?」
「なんでもできる人に見える。ーー」
アイリスは次の言葉を続けようとするとこの演習場には似合わない特設ステージにマイクを持った司会役と思われる男性が登壇し「お待たせしました。これより合同入団試験を開始致します。参加登録を済ませた参加者はこの特設ステージの前にお集まり下さい」
と参加者たちに集合をかける。
「残念」
言葉とは裏腹に全く残念そうにしていないアイリスは荷物を取り上げると「じゃあ、試験で会えたら」と言いそそくさと歩き出す。
置いて行かれたような形となったウィリアムは笑みを崩さずアイリスの背中を目で追っていた。
「是非、手合わせしてみたいものですね……」
その言葉はわざとアイリスに届かないように呟き、その背中を追うように立ち上がる。
軍学校出身者は毎日365日調教されているせいか素早く特設ステージの前に集まり綺麗に整列する。
一般参加者達はその様子をなんだなんだと言う視線を向け眺めながらゆっくり歩いていたが、徐々に不安な気持ちが大きくなり、少しずつ歩くスピードが速くなった。
司会役はまだゆっくり歩いてくる参加者達の姿が目に入ったが無視して、舞台袖に居る他の試験官に目線を送ると試験官は慌ただしく動き出して、この特設ステージの人が集まっている最後方に紐が張られそこで「時間制限です。これより後に来た人の参加は認められません」と無情にも告げる。
大人しく引き下がるはずもなく遅れてきた奴らは試験官に罵声や怒鳴り声を絶え間なく放ち、どうにかして試験を受けようとする。
一部の者は紐を跨いだり、潜ったりしてでも向かうとするが抜刀した試験官に「ルールを守れない者は参加者ではありません」と一言だけ告げると見せしめのように首を刎ね飛ばす。
『流石にやり過ぎだ!』と言う声が参加者達からも上がるが司会者は取り合う気すらない。
「いいですか皆さん。ここは軍・騎士団合同入団試験の会場です。軍も騎士団も時間厳守です。先ほど私は集合をかけました、そして1番遠くにいる人でもちゃんと走れば間に合うほどの時間を与えたはずです、なのに何故ここに居ないのですか? その理由は簡単です、ちんたら歩いていだからです」
1番離れた受験者の近くにサクラに近い試験官を置きその試験官に対して『私が集合をかけたら小走りで走って来てください』とお願いして置いた。
「私はちゃんと時間を与えました、何も今言って、今閉めたわけではありません。彼らは自ら参加権を拒否したのです。これから先の試験もそうです、特段の理由がない限り途中参加を認める事はできません、又、遅刻した場合も同様です」
試験官の説明は参加者達が納得するには十分な物だった。ちゃんと時間を守り並んだ者と、時間を守れなかった者は同列に扱うべきではない。そう言った認識が参加者達に広がり、事実上締め出された元参加者達には悲壮感に近い雰囲気が流れる。
だがそれでも諦めきれない何人かは強行突破しようとしたがそこら辺のごろつきがプロの軍人に勝てるはずもなく処理されていった。
「お帰りください」
血に濡れた剣を持ち上げニヤッと殺す事に快感を得た連続殺人犯のような笑みを浮かべた試験官。
参加者達は目の前で躊躇なく人が殺される場面を目撃し完全に腰が引いている。
「もう一度言います、お帰りください」
一歩前に出たその時元参加者達は蜘蛛の子を散らすように荷物のことも忘れ大慌てで逃げ去った。
この騒動により元参加者5名が死亡したがルールを守れない奴等の命は、数として数えられる事はなかった。
「これ、いつものことなの?」
アイリスは左後ろで息を殺していたウィリアムに問いかける。
ウィリアムはバレないと高を括っていたのか肩が僅かに動く。
「……気づいていたんですか」
「あの人達のようにされたくなければ、ストーカーはやめた方がいいわよ」
もしウィリアムが真後ろに付いたならばアイリスは躊躇なく剣を抜き心臓をひと突き、ウィリアムが叫び声を上げる前に殺す自信があった。
だがウィリアムは直前に真後ろではなく少しズレた場所を選択したおかげで九死に一生を得た。
司会役がわざとマイクに乗るように「ゲフン」と咳払いをした。
「さて。片付いたようなので説明を続けますが、その前にもう一つだけ、先ほどの件、厳しいと感じる者もいるとは思います、ですか、貴方達は何を目指してこの場に来たのですか? これは軍・騎士団合同入団試験ですよ、公の職に就く可能性あります。であればルールを守ると言う事は当然ではないですか? 騎士団にも軍にも近衛にもルールを守れない奴は必要ありません」
ーー何がルールだよ、腐敗し切ったお上さんがーー
そんな小声がどこからか聞こえてきた。
その声の出所を辿ろう周囲を見渡すが人が多過ぎて到底できなかった。
「ここで、今回の試験官の紹介を行います、では壇上へ」
司会役に促され3人の男達が幕袖から姿を現す。
「では陸軍副軍団長レイ・グリムドさんからお願いします」
まず向かって左にいた3人の中では1番線の細い男が人を惹きつけるようなにこやかな笑みを浮かべ用意されたマイクの前に立つ。
「紹介にあずかったレイ・グリムドだ。今日は軍団長殿の名代としてきた」
そう言うと手に持っていた紙、多分だが軍団長の手紙だろうそれをおもむろに破り紙吹雪のように頭上に投げ捨てた。
それは風に流され真ん中に立っていた3人の中で1番背の高い男の元にまで届き、その内容を見たのかやれやれと首を振った。
「陸軍が求める人材はただ一つ。国を愛せる人材だ」
それだけを言うとレイは自分の話は終わりというように手を振り隣に立つ背の高い男と入れ替わる。
その際に。
「良いのか? 破り捨てて」
ひらひらとわざと見せた手元には読み通り陸軍軍団長印が押された紙が握られていた。
それを見せるように渡そうとしたが受け取る事を拒否して言う。
「良いんだ俺は次期軍団長だ」
「そうかよ」
よくわからない返答を返しその男の背中を押し出した。
「続いて騎士団団長ウォーレン・ブラッドさん」
紹介されたウォーレンは何も喋らずジッと参加者達の顔を見渡す。そして一息吸うとマイクが反応する前に本人の声が全体に響くほどの声を出す。
「俺はヤラセが嫌いだ!!」
その声はまるで銅鑼を叩いたかのように何重にも響く。
その声は山に反射し木霊する。
その声の強さに会場は静まり返る。
「皆も薄々気づいているだろう。この騎士団・軍合同入団試験の闇に。なんせこの場にいる約900人のうち120名は軍学校卒業者、そしてその98%の進路はすでに軍か近衛のどちらかだ。つまり! この合同入団試験は一般にも門戸が開かれていると言うアピールに過ぎない。俺はそう言う事は大っ嫌いだ。
我が騎士団は誰分け隔てなく平等に接することが出来る人材を求める!」
俺からの言葉は以上だと言い元の場所に戻る。
まだ参加者達のざわめきが収まなまま近衛騎士団副団長レイモンド・ディーニアスが登壇した。
そしてわざとマイクの前に立ち自身の声だけでウォーレンよりもさらに衝撃的な発言をした。
「この中に近衛騎士団が求める人材はいない!! 全員だ全員だ全員だ!」
そう一言全体に向け言うとレイモンドはイライラした様子で元の場所に戻り司会が急いで事態の収集に取り掛かる。
「では皆さん、入場の際に渡された紙に記載された文字と同じ旗が立っているところまでご移動下さい」
司会がそう言うと参加者達は先ほどの二の舞になりたくないのか急いで走り出した。




