2 仕組まれた口喧嘩
騎士団本部2階 団員達の休憩所。
三階の団長室から降りてきたウォーレン・ブラッドは副団長アイリスの姿を見つけると、壁に掛けられた鍵を取ってから彼女が座っているデスクに近づく
「アイリス、俺はジルコーを連れて倉庫の備品確認に行ってくる、あとは頼む。何かあったら呼んでくれ」
「わかりました。団長」
仕事を邪魔されたのに嫌な顔ひとつせずそれどころか可愛らしい笑みを浮かべアイリスは答えた。
アイリスに伝言を残したウォーレンはジルコーを道連れに本部の隣に立っている備品倉庫を向かう。
備品倉庫は1日一回各団員2人1組で毎日確認することになっている。
誰が誰と組を組むかは毎度毎度喧嘩になる為、月初めにくじ引きで決められる。
「ジルコー行くぞ」
「えっさー」
やる気のない返事がウォーレンの下に帰ってきた。
隊長を務め10年が経つジルコーの返事に思わず首を振り、ため息を吐く。
「やる気ないな〜」
「なんで隊長まで巻き添え喰らうんですかね」
つまり、なぜ隊長まで備品確認を行わなければならないのかという意味である。ジルコーはそう言う雑用は新人にやらせるべきと言う意味を込めて言ったが屁理屈は正論の前に立つ事すら許されない。
「自分たちで使う道具だ。確認に団長も隊長も関係ない」
ウォーレンはそこで言葉を切り周りで2人の会話を盗み聞きしている団員達に向け声を大にして言う。
「お前らもそうだ。そうやって盗み聞きしてる奴ら! 埃っぽい倉庫の中で仕事したくないって気持ちはよくわかる。だが自分たちが使う道具だ、自分の目で確認しろ、確認もしないで使って、もしその武器が壊れたらどうする? それで死んだら悔やんでも悔やみきれないぞ、自分なら自己責任だか、自分のミスで仲間を殺したくないだろ、できる限り自分の道具は自分の目で見て手で触って確認しろ」
ここ最近、緩みが出てきた団員達を一喝したウォーレンはいつの間にかキリッとした目で立ち上がったジルコーを連れ備品倉庫に向かう。
備品倉庫までは一階に降りて、一階に設置された鍵付きの扉を通らないと入らない仕組みになっている。
「悪いなジルコー、嫌な役押し付けて」
「良いんですよ、最近緩み切ってたのは事実ですし、たまには言ってやらないと」
備品帳簿と在庫の数を見比べながらウォーレンは気恥ずかしそうに謝罪の言葉を口にした。
とどのつまり、2人はグルだったのだ。
ここ最近若手の騎士団員達はこう言う汚れ仕事をやりたくないと言う雰囲気で溢れていた。
自分たちが使う道具だ。それの確認に団長も団員も関係ない。だから2人は手を組み演技をしていたと言う事だ。その演技は上手くいき今頃、向こうはお通夜のような空気感となっているだろう。
「でだ、ジルコー。その話は置いておいて、こないだの話考えてくれたか?」
その問いかけにジルコーは目を閉じて一つ息を吐く。
ウォーレンは既に55歳、本来ならば5年ほど前には引退しているはずだが次の世代、ジルコーや7番隊の隊長ニコールは出世欲がなく自由に動ける隊長の方が水があっていたため、昇進を拒否していた。そのせいでウォーレンの後の世代が不在ということになっていたがウォーレン自身ここ最近は力が衰えていることをひしひしと感じていた。だから近い将来若手の有望株である副団長アイリスともう1人の有望株のどちらかに団長の座を譲り後進育成に力を注ぎたいと考えている。
そしてそれと同時にジルコーも隊長の座を退きウォーレンと共に新人育成に重きを置いて欲しいと先日、話を聞いてた。
「すいません……まだ決心が」
「そうか……」
ジルコーは言葉を濁した。
ウォーレン自身そう簡単にはジルコーが頷くとは思っていない。だがジルコーも48歳を超え第一線から退くタイミングである。
タイミングだけを考えるならば順当なタイミングだろう。
ウォーレンに後進育成を打診されジルコーは日夜悩んでいた。
団長の言っている事は当たり前のことだ。俺もいつかこの座を退かないといけない時が必ずやってくるのはわかっている。
だがまだ、彼の心には未練とは呼べない何が残っている。
「わがままになりますが、まだ俺は前線に立ってたいです」
後進育成なんてぬるま湯には浸かりたくない……出来ることなら自分の足で立てなくなるまで、自分の腕で剣が振れなくなるまで前線に居たい。
ジルコーの本音を受け止めた団長はうんうんと頷く。
「それに……まだあの2人は若いと思うんです」
「どう言う事だ?」
どういう意味でジルコーがそこ言葉を口にしたのかわかっているがジルコー自身の説明させる。
「アイリスか2番隊隊長ウィリアム、どちらかが団長になるのは事実上確定していますよね」
ジルコーの言葉に団長は否定も肯定もしない。
だが騎士団内ではウォーレンが引退したらアイリスが団長を務めるものだと言う認識が多数派を占める。団長はまだ明言していないが順当に考えれば副団長が団長に昇進すること自体はなんら変哲もないことだ。
「確定しているかはさておき、どちらかであるのはほとんど間違いない。2人は実力も経験もあの年にしては十二分積んでいる」
「だからこそなんですよ。2人は団長になれるだけの経験がすでにあります。でもまだ若い。あの2人に仲間を切り捨てるような決断はまだ出来ないと俺は思うんです」
騎士団は仲良しクラブではない。有事となったら敵を殺さないといけない。味方も死ぬ可能性もある。ジルコーはまだあの2人にそう言う経験がないことを危惧しているのだ。
「団長はもし敵に襲われたとして、仲間達に応援を呼びに行かせて、自分が殿を務めるタイプですよね」
「あぁ、だな」
ウォーレンは迷うことなく断言する。
殿を務め続けて間違いなく死ぬ。
団長はそういうタイプだ。
「あの2人はその決断が出来ない。どちらでも良いんですよ、部下に足止めを命令して自分は逃げて応援を呼ぶ、団長が生き残るってことも重要ですし、自分が敵の足止めをして、部下に応援を呼びに行かせるのも間違ってません。団長は迷わず自分が盾になるタイプ、あの2人は最終的には決断はすると思いますが、どうしても躊躇してしまうと俺は思います」
あの2人は仲間を見捨てる事は出来ないし自分の命を捨てるような事も躊躇してしまうだろう。
ジルコーはそれを懸念しているのだ。
1秒で何が変わるのだと言われるかもしれないだがその1秒が運命をわかる可能性もある。その時できる限り時間をかけず決断をしなければならない。
「うん、そうだな。あの2人は悩むだろうな、でも最後には自分が残るって言う判断をするだろう」
「ええ、最後には、です。ですがその悩んでいる間にも戦況は悪化します」
ジルコーの言いたいことがやっと掴めたウォーレンは声のトーンを少し落として問いかけた。
「お前はこう言いたいのか、自分が前線に残れば自分が殿を務めると」
「死ぬべきは未来ではなく過去ですよ」
俺みたいな奴が未来のために死ぬべきなんです。ジルコーはそう付け加えた。