26アイリス・ニクマール 3
先代が始めた事業を引き継ぎ成功を収めていた、ロバート。
だが、その成功が今を生んだと言っても差し支えない。
一般庶民としてはロバートはかなり恵まれていた。
先代から引き継いだ事業の業績は鰻登り。従業員数を500人を超え王都近辺では1番の会社となった。
だから、金に対する嗅覚の鋭い貴族やいつかの為に若い会社を取り込んでおきたい大手企業のパーティに呼ばれることもほぼ毎日のようにあった。
パートナーがいるのであればパートナーを同伴させるのがマナー。
ロバートもそれに則り、仕方なくではあるが妻フローネを同伴させていた。
フローネは貴族社会を知らない一般庶民、ロバートは多少なりとも父親から教わった知識はあるが、ほとんど庶民と変わらない。
夫婦共に専門の教育係を雇い、日々マナーやダンス、言葉遣いの勉強に励んでいたが、慣れないことをすると言うことはそれだけでも、心身に影響を与えるようなレベルでストレスがかかる。
最初の頃はロバートと共にと言うこともあり無理を押してパーティに出ていたが、どこにでも陰湿な奴らは存在している。
ロバートもフローネも元は一般庶民、選ばれた者ではなく叩き上げ。それだけで差別されることもよくあった。
特に貴族のパーティでは他の貴族達は特に何も検査されないで、通行できるところを2人だけは持ち物チェックを受けさせられ、色々と難癖を付けられ金を要求されることもしばしば。
一度仕方なく金を払うと味を占めたのか、毎度毎度金を要求し、それを突っぱねようとすると『良いんですか? 一般庶民などすぐに処分出来ますよ』とちゃんと考えればそんな事、一介の警備員にできるはずもないとわかりながらも、可能性が僅かでもあるのであれば払うしかなくなり、次第に要求される額が増え、その噂がどこからか広まったのか他のパーティでも同じような行為が行われた。
パーティに行くと言うのに大金を払わなくてはならない現状にロバートは怒りその貴族のパーティに出席しなくなったが、主催している貴族は警備員がそんな事をしていると思っていないのだろう。自身のパーティーに出席しなくなったロバートの商会からは商品を買わなくなりパーティにも呼ばれなくなった。
不幸中の幸いと言っても良いのかもしれないが変な噂自体は出回らないで済んだ。
だが時すでに遅し、フローネは壊れ始めた。
慣れないパーティーに身が持たなかったのだろう。
フローネは娘のアイリスに自分達と同じように事にならないようにと言う思いで教育に力を入れた。
一通り話したロバートはやつれた表情のまま、柱に寄りかかるようにしながらゆっくり立ち上がる。
「アイリスはここにいるんですよね……」
「いるわよ」
ミシェルの返答には『でも、あなたを入れる気はないわよ』という意味が強く込められていた。
「……私は今日は帰ります。明日、アイリスを送り届けてもらう事は出来ますか?」
「アイリスが良いって言えばね」
「お願いします……」
会えない事は最初からわかっていたのかロバートは力無く、言うとふらふらとした足取りで家をあとにした。
「アイリスはどうしたい?」
ミシェルは玄関前であった事を記憶に残っている限り、包み隠さず全てを話した。
その上でまだ連れ戻されるのではないかと怖がっているアイリスに問いかける。
「わからない……」
「そうよね、私も何が正解なのかわからない、それをアイリスに聞くのは酷ってものよね」
ミシェルもわかっているのか、ふんわりとした答えしか返さないアイリスを叱るようなことはせず、優しく肩を包み込む。
「明日。ロバートに会いに行こう」
「………」
黙ってしまったアイリスにジェイムズが優しく言葉をかけた。
「酷だと思うが、アイリス何か言いたいことがあるならお母さんにもお父さんにもはっきりと言ってあげなさい。黙ってるだけじゃ何も伝わらない、喧嘩するのは誰だって嫌だ。わしもアイリスに嫌われたら死ぬかもしれない、だがわしとアイリスの絆はそんな簡単には壊れない、それは2人も同じだよ、言いたいことがあるなら伝えないと、私たちはいつでもアイリスを歓迎する、ここもお前の家だ」
「私に相談もなく勝手に決めないで頂戴」
「はい……」
その声は怒りの感情など一切入っておらずミシェルも歓迎しているようだ。
「……わかった。行く」
「まぁ、その時はわたしも歓迎するわよ」
ジェイムズの言葉を聞き、少しだけ心が軽くなったアイリスは小さいながらもはっきりと答えた。
「さて、となればわし達もおめかしして行かないとな、かぁさん、良い服あるか?」
「私たちがおめかしなんかしても意味ないわよ、悲しくなるだけよ」
懲りずにまたも叱られたジェイムズはさっきまでウキウキした様子だったがすっかりおとなしくなった。
♢ ♢ ♢
翌日、ジェイムズ夫妻は約束通り孫娘アイリスを連れ、ロバートの自宅を訪れていた。
入り口の警備員に『許可がないと入れない』と門前払いされそうになったがロバートが老人らしからぬ軽やかな動きを見せ警備員2人を気絶させた。
「今時の若いもんは我慢が足りないな」
「さぁ、行きましょうアイリス」
「良いの? あれ」
アイリスは地面に倒れている2人の警備員を指差し問いかけるが、「見ちゃダメよ」とよくわからない答えを返しアイリスの背中を押した。
「昔ね、おじいちゃんは騎士団に勤めてたの、その時は隊長で20人もの部下を纏めて上げていたのよ」
「本当?」
アイリスはすごい! と目を輝かせジェイムズを見た。キラキラとした目で見られたのが恥ずかしかったのか、ジェイムズは目を逸らしボソボソッと言う。
「もう昔の事だ、あん時よりかは、わしも衰えた。わしは昔はすごかったんだぞ、あんなゴロツキ、目を瞑ってでも勝てたんだ」
「嘘だ〜目開けないと何にも見えないじゃん」
アイリスは目瞑りながら歩いて見たがすぐに怖くなり目を開く。
「人間皆、気配という物を出しているんだ、ワシはそれを頼りに敵の位置を把握しているのだ」
ジェイムズはそう力説するがミシェルには何のことだかさっぱりのようでジェイムズの話は老人のほら話だと切り捨てられる。
「また子供に嘘教えて。やめなさいっていつも言ってるでしょ」
「嘘ではない」
「はいはいそうね、貴方の世界では本当のことね」
ミシェルは付き合ってられないと話を打ち切るがアイリスはワクワクした目でジェイムズの前に立つ。
「私にも教えて」
「わしのようになるまで時間がかかるぞ、それでも良いのか?」
「うん。良いよ!」
「わかった。わしの秘伝の極意一つ残らず全て教えてやろう」
「はぁ〜、子供に何を教えようとしてるのやら」
屋敷の入り口まで少し歩くと入り口に昨日は眠れなかったのかさらにやつれた顔になったロバートが立っていた。
「アイリス……」
小さな階段を降りてこようしたがアイリスがジェイムズの後ろに隠れるのを見て一歩降りたところで足が止まった。
「……ありがとうございます。ジェイムズさん、ミシェルさん」
「フローネは?」
ここに娘のフローネの姿がない事をミシェルは少しトーンの低い声で聞いた。
「奥の部屋に居ます」
「わかったわ」
メイドではなくロバートとの案内の下3人はフローネが待っている奥の部屋に向かった。
「大丈夫よ、何かあったらおじいちゃんが守ってくれる、さっきの見たでしょ。おじいちゃんは強いのよ」
部屋に入る直前、アイリスの頭を優しく撫でながら安心させるように呟いた。




