20 友を仲間を送り出す
反体制派襲撃事件で殉職した騎士団、近衛、軍所属の兵士の合同葬儀が3日後に開かれ、その場でウォーレンはそれぞれ階級の昇格の措置を行うと宣言した。
遺族たちは涙を流していたがそれは嬉し涙ではないことはウォーレンたちが1番よくわかっている。
騎士団員は普段と変わらず、酒と笑い声で友を送り出し
近衛騎士団は近衛隊式に敬礼を持って仲間を送り出し
軍は軍隊式に棺の中で眠る戦友に軍団長レイが『よく国のために働いたゆっくり休め』と一切本音がこもっていない胡散臭い言葉をかけその後、親しい者達がそれぞれ別れの言葉を済まし送り出した。
送り出された遺体は王都にある火葬場で焼かれ遺族の元へ帰る。身寄りのない者、遺族からの希望があった者は国立墓地へ埋葬される。
住民の死者18名はそのうち子供が5名。
レイやレイモンド、軍部上層部は王政に与える影響が大きいと公表を渋っていたがウォーレンそしてアクアの意向により、全て公表されて遺族親族に包み隠さず経緯を明かし保証や補填などを行われた。
♢ ♢ ♢
ジルコーが目を覚ましてから2日が経った。
心身の休養の為に一月の休暇が与えられたが、結局休んだのは最初の2日のみで、そのあとは何事もなかったかのように出てきて、明るく振る舞っていたがやはりどこか空回りしている気配が周りからも感じられた。
♢ ♢ ♢
ウォーレンはジルコーがやってくる前に自身の仕事をアイリスたちに丸投げし、日課である散歩に出てきた。アイリスは『私もお供します!』と言い仕事を放り出して来たが、追いかけて来たウィリアムに『あなたがいないと仕事にならないんですよ!』と怒鳴られ捕まり、引きずられ肩を落としながら副団長の席に戻っていった。
街は静かで一種間前の出来事などすっかり風化したような雰囲気が感じられた。
それもそのはずだ。あの日、街の住民は外出禁止令が出て外を見ることすら犯罪行為としたのだから、ここで起きた事を知る者自体少ないだろう、だが噂は必ず回ってくる。
尾ひれが付く前にと、全て公表したが、為政者から出された情報は堅苦しく、難解な言葉で書かれ、何か隠しているのでは、と言う疑いの眼差しで見られてしまう。
ひそひと話し声が聞こえ、見るとすぐに目を逸らし仕事に戻る人や買い物に戻る主婦達がいた。
どんな噂が巡っているのか、ウォーレンの耳にはまだ届いていない。だが確実に面白おかしく尾ひれがついた噂は広まっていることだけはわかる。
護衛で通った道を何回も巡る。
ここで仲間達は死んだ。その償いのためにウォーレンは今日もここで目を瞑り手を合わせた。
「お前達のおかげでマリアは助かった」
実際には影武者だったが、死者の霊を安心させるために優しい嘘をつく。
意味などないとわかっているが、こう言わざるおえない。そうしなければ彼らが死んだ意味がなくなってしまう。
ウォーレンなりの儀式の一つなのだろう、こうして死者達を安心させ天へ向かわせる。
いつ天に向かうかわからない。そもそもここに彼らの霊がいるとも限らない、だがウォーレンはここで手を合わせる。自分のけじめのためにも。
いつまでも縛り付けられてはいけない。頭では理解できるが感情では一切理解できない。
「団長さん……」
動き出そうとを目開けると優しい笑みを浮かべた花屋の店主カミーユが売り物の黄色い花を一つ、大事そうに持って立っていた。
「カミーユさん……お久しぶりです」
その返事はいつもの元気が全く感じられずかなり弱々しいものであったと自ら思う。
「団長さん。元気なさそうですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫、ですか……大丈夫と言えば嘘になりますね」
嘘にならないギリギリの回答で答えたウォーレンの胸ポケットに黄色い花が入れられた。
「払いますよ」
「やっぱり団長さんね」
まず真っ先に財布を取り出した団長の反応にカミーユが笑みをこぼす。
「まずお金のことが最初に出てくるなんて、団長さんらしいわ、少し休んでいきませんか?」
「いえ。私は仕事中ですので」
「休憩も仕事のうちですよ」
そう言われてしまえば断る方が体裁が悪いと思ったのかウォーレンは「少しだけ」と控えめに言い目と鼻の先にあるカミーユの店に入り、『適当に座ってください』と言われ窓から外が見える席に座った。
花屋はカフェと一体化しており花屋の客もカフェの客も皆平等に安らぎの時を与えてくれる。
だがまだ開店前なのかお客さん姿は1人もなくまるで深夜に街を歩いているようなソワソワとする静寂が漂う。
視線を奥に向けるとカミーユがコーヒーを淹れ始めたところだった。
慣れた手つきで、名前すら知らなない器具を得意そうに扱う。それを見ているだけでも心が晴れるような気分だ。
店内は落ち着きのある隠れ家ぽい雰囲気が溢れ、どこか安心できるそんな雰囲気だ。
ウォーレンは仕事が休みの時、よくここを訪れ日々の疲れを癒している。
だがその時は他のお客さんもいるせいでまじまじと店内を見渡したことはなかったが、こうやって誰もいない店内をゆっくり見ると意外と広いんだなと言う感想を抱く。
席数は20もないぐらい。カミーユが言うにはこれ以上増やしたら手が回らなくなるそうだ。
女の子のウェイトレスは1人いるがキッチンの仕事は任せず全てカミーユが担当している。
担当していると言えど料理などは一切作らず、各種コーヒーとそのコーヒーに合う硬めのプリンだけのセットしかメニューにはない。だから2人だけでも店を回せる。
それだけで店を維持できるのか? と昔聞いたことがあるがその時は『こっちは趣味程度ですよ、それに赤字にならない程度に利益は出てますので安心してください』と笑みを浮かべていた。
ここのお客さんの多くが花屋でも花を買う客なのだろう、そう考えれば維持自体は難しいことではないのかもしれない。
それにここのプリンは絶品だ。プリン目当てに訪れる客がいる。実際、先日騎士団本部にこの店を探している観光客が来ていた。
騎士団本部に花は、似合わないな。
生花が置かれた本部を想像してみたがやはりあいつらには似合わないな。
でも、たまには良いかもな。
想像もほどほどにし窓の外に視線を向けると大通りと言えどまだ人通りはまばら、商人の馬車や納品の馬車がほとんどだ。街は寝起きの子供のように寝ぼけている。
もう後一時間もすれば露店も出始め観光客も外に出ていつものような活気が出てくると思われる。
「ごめんなさいね」
そう言いカミーユさんがコーヒーを持って来てウォーレンの前に置く。
盆を見ると何故かもう一つコーヒーが乗せられておりウォーレンの反対側に置くと空いている席に盆を置きカミーユが前に座る。
「プリンはまだ蒸してないのよ」
「大丈夫ですよ、無理させてすいません」
ウォーレンは謝罪の言葉を口にする。
「謝らないで、私が無理やり連れ込んだみたいなもんだから、ずっと声が沈んでるけど団長さん、何かあったの?」
多分がカミーユの耳にも噂は言っているのだろう。
いや入っていると断言してもいい。
店の店主をしているのだ、お客さんと話すこともある。その際、嫌と言っても必ず声は耳に届いている。
「言えないこともたくさんあると思うけど、押し込めるだけじゃ何も解決しないわ」
「そうですね、押し込めるだけじゃ何も解決しない………」
団長はカミーユの言葉を無意識のうちに復唱していた。頭の中では『押し込めるだけじゃ何も解決しない』と言う一言が何重にもエコーがかかりループしている。
ある種のウォーレンにとってカミーユは母親のような存在なのかもしれない。




