1 門の守衛
「暇だ」
門の守衛をしている若い男が欠伸を欠きながら呟く。
騎士団長ウォーレン・ブラッドから命じられこの男を含む騎士団員10名が王都へ続くこの門へ臨時に派遣された。
普段この門の警備を行なっている軍の部隊が今日から三日間、演習で不在の為である。
この男の名前はキース・シャリアールまだ23歳。騎士団の中では新人を卒業した若手という中途半端な立ち位置。
「門の守衛も重要な仕事だ。ぐだぐだ言うな」
「でも〜」
その隣で部下の監視役を務める7番隊の隊長ニコール・マクガレフ。キースは彼の部下だ。
彼は騎士団に入団して30年を超えるベテラン、どんな業務だろうと愚痴一つ漏らさず、仕事に当たる縁の下の力持ち、団長からの信頼も厚く、こうしてさまざまな業務を任せられる頼もしい男である。
「でもも糞もない。ならお前も軍隊の演習について行くか? 今頃、坂道シャトルランをやってる頃じゃねぇか、確か遅れた人数だけ回数が増えるって噂だぞ」
「わかりましたよ」
地獄の演習とも評されるシャトルランには絶対に参加したくなかったのかキースの軽口はそれで終わった。
ここでの仕事は同じ。ただ剣を構え王都に入る者たちの監視をするだけ。俗に言う見せる警備た。
何かあればもちろんその剣を躊躇なく抜き、殺す覚悟もできている。
一日三交代制で午後22時から翌朝6時までは門を閉じ周辺監視業務が行われる。
王都は巨大な石壁に守られ難攻不落の要塞と化す。この国が建国されて以来、この壁を抜かれた事は一度もない。まさしく鉄壁の要塞と呼ばれるに相応しい代物だ。その壁の外側も住宅地や商業地が栄え、今で門としての役目を終えつつあるがいまだに現役ある。
2人の後ろでは他の団員達が軍の居残り組と共同で、ここを通る商人や観光客の身元保証確認をしている。
王都に入場できるのははっきりとした身分を持つギルドに所属する者や国からの許可証を持つ商人達、街の住民、その家族や知人、そして銀貨3枚を払い当日限りの許可証を持つ者だけだ。
それ以外の者達の入場は原則として認められてない。また過去に一定以上の犯罪を犯し両手の小指を切り落とされた者も入場不可となっている。
この一定以上とは傷害犯や凶悪犯、連続強盗、繰り返し犯罪を犯している者達のことを指す。
「でも、なんで俺たちがここの守衛なんてやらされるんですか?」
そう聞かれたニコールは少し考えるそぶりを見せ、自分も自分の先輩に耳にタコができるほど聞かされた話を後輩にわかりやすく説明する。
「………軍隊は門番じゃない、兵士だ。どちらかと言えば騎士団が門番をやるべきだが、理念が違うんだ。俺たちは街の住民につくべき存在、二代前の騎士団長が定めた決まりみたいなもんだ。手っ取り早く言えば軍はどうしても怖いイメージがあるだろ」
「ええ、そう言うイメージはありますね」
納得したのかキースは頷き、先を促すような視線を送る。
「騎士団はどちらかと言えば街の住民に優しいイメージが強い」
「団長なんて貴族出身なのに俺みたいな学も家柄も良くなくて、剣術一本の馬鹿を仲間として扱ってかってくれますからね」
実際キースはただの農家の三男だ。そのまま家にいても家督を継ぐ事はない。だから外に出ようとしたが農村の子供にそこまでの学もない。
だからキースの父親は自分が教えられる唯一のこと、剣術を子供達に覚えさせた。剣があれば冒険者にも、うまくいけば騎士や軍隊にもなれる。父の教育があってキースは今ここにいる。
「そうだ。俺たちはそう言う組織なんだ。別に学だろうと家柄だろう関係ない。やる気と実力、そして可能性があればうちの団長は認めてくれる。でだもし俺たちが門番までやったらどう言うイメージがつくと思う?」
これがニコールの新人育成の方法。
全てを自らが説明するのではなくわざと新人に答えさせるように仕向け、間違っていてもいいから自らの口で答えてもらう。もし間違ったことを言ったならばそれを正すのが先輩の役割だ、という育成法だ。ニコール的にはそっちの方が育成しやすいと思っている。
「まぁ、どちらかと言えばいつも門の前で顰めっ面して睨んでる、って言うイメージが付きますね」
「そう言うことだ」
自らの口で正解を導き出したキースを褒めた。
「だから二代前の団長が言い出したんだよ、俺たちは街の住民のための騎士団だ! ってその一件から軍隊が門番を務めることになった。交換条件に近い形で演習とかの場合は俺たちがこっちに応援に入るってことになったって言う話だ」
「そんな事があったんですか……」
「俺が騎士団に入った翌年の話だ」
それを物陰に隠れながら盗み聞きしている大男がいる。
「ねぇ団長、そうでしょ」
「なんだバレてたか」
剣を胸元に突きつけられ両手を上げ、人懐っこい笑みを浮かべ物陰から出た大男。
紛れもないこの騎士団の団長ウォーレン・ブラッド本人だ。身長196センチと大柄だが威圧感というものは感じられない。逆に親しみやすい笑顔が溢れている。
「だ、団長! なんでこんなところに!?」
サボっていたことがバレたキースは顔面が真っ青になり腰を抜かした。
「やれやれ、また、イタズラですか」
ニコールはそう言い剣を下ろす。
「気にすんな、ニコールが何にも言わないんだ、俺が何か言う筋合いはない」
安心できるような低い声でそう言いウォーレンは腰を抜かしたキースの腕を掴み上げた。立ち上がり、怒られないと安心した様子のキースの顔色に血色が戻る。
「さて、俺がなんでここにいるか、か。ただの見回りだ。今日はニコールが入ってるからな、安心して任せられる。まぁ近くまできたから世間話でもしようと思って来たけど、また古い話してたな、先先代の団長か」
「あの人が言い出したんですよ『我々は住民のための騎士団であるべきだ!』と」
「そうだったな、でもそれは正解だった。今じゃ騎士団は住民生活になくてはならない存在として認知された」
同期の2人は昔話に花を咲かせ、1人蚊帳の外となったキースは目を左右にやりながらも耳だけは2人の話を聞いている。
このままでは不味いと思ったのかウォーレンはキースの肩を引っ張り2人の内側に入れた。
「まぁ頑張っているようで何より、キース、立ってるだけでも疲れるが不必要な仕事など存在しない。俺たちがここにいるから後ろで入国許可証の発行をしている奴らが安心して自分の職務を全うできる。そのことを胸に刻んでおけ」
「はい!」
「いい返事だ。俺はそろそろお暇しようか、この後はこのまま王都を北上して本部に戻るか」
独り言のように呟くとウォーレンは2人に背中を向け入国許可証の発行を待つ列の間を縫うように通り抜け待たせていた団員と合流した。
「やっぱり、団長は良い人ですね」
「団長は俺の同期だ、入った頃から俺は貴族なんだって言う意識の欠片すら持ってなかったよ、その時から貴族平民問わず平等に接していた。だから今こうやって皆んなから慕われる団長になったんだろうな。全部アイツの普段の行いのおかげだ」