17 油断
「来たか……」
「そうですね」
ジルコーの一言は重く苦しい物であった。
団長から反体制派の動きについては話は聞いていたが、ここまで厳重な警備体制を施したのだからリスクを負ってでも反体制派が攻め込んでくるとは思っていなかった。
ジルコーはチラッと既に拳銃に赤い弾丸を詰め込み始めたアイリスに視線を送り頷くと3発の乾いた音が響き、赤い煙の尾を引き連れながら空高く飛んでいく。それを合図にジルコーはーー
「総員! 剣を抜け。敵襲だぁぁ!!」
ーー団員たちに向かって奮起させるように叫び、警戒を促し、背中に背負った弓を取り出し、矢を装填した。
そしていつでも引けるように構えを作る。
その時、先5軒までの家のドアがほぼ同時に内側から吹き飛ばされ反対側の建物に激突した。
「最初っから中に潜伏していたか」
壊れた扉から素人ぽい見た目の野党に近い奴らがわんさか現れた。屋根にも複数人の敵兵の姿が見えた。野盗が握る粗悪な剣は既に血で濡れたこの家の住民は既に殺された後と思われる。
「ウィリアム、団長に伝えろ、応援要らない、マリア王女の守れと」
後ろで待っていたウィリアムに伝言を送ると馬の蹄の音が離れていく。アイリスは自らを落ち着かせるように一つ息を吐いた。
「弓隊は屋根の上の敵を今すぐ撃て! 家から出て来たものは全て敵だ!!」
アイリスの指示に従い既に構えていた弓隊が一斉に敵に向かい弓を放つ。
着弾まで1秒かからず敵に命中し数人の敵が苦しい叫び声を上げ、地面に落ちる。
「落ちた敵は確実に殺せ! 打ち漏らせば仲間が死ぬぞ!」
予告もなく、いきなり弓を撃たれた敵はなぜか慌てる様子を見せない。それどころか弓が刺さり倒れた敵がゾンビのように起き上がる。
「おいおい。嘘だろ」
ジルコー自慢の弓隊の効果はゼロに等しく、思わず声を漏らした。
「弓隊は後ろに引け! 援護に回れ!。 建物の上に注意しろ指示を待つな! 2番隊で応戦する! 3番隊は左右の路地を警戒!」
迅速に指示を出したジルコーは後ろに下がりこの場の指揮をアイリスに一任する。
「アイリス、あれは多分麻薬の影響だ。目がおかしい」
そう言われ敵の目を見ると皆、生気が感じられない虚な目をしている。もしかしたら視界はほとんどぼやけている可能性もある。
「真っ向勝負は意味がないですね、しかし後ろにも下がれない」
アイリスの後ろにはマリア王女が乗った馬車が控えている、ここで後ろに下がれば敵を内部深くに連れ込む可能性がある。もし乱戦になれば守りきれない。
幸いにも味方の数は100人いる。敵より3倍近く多く。普通に戦えば負けることはないと思われる。
「敵の装備、貧弱ですね」
「あぁ、こっちは囮と思ってほぼ問題ない、主力は団長の所だろうな」
「私たちの仕事はここでこいつらを食い止めることですね」
「そういうことだ、前は全部お前に任せる俺、は後ろに回る」
そう言いジルコーは馬を走らす。
「基本体制! 2人1組で敵を叩く。躊躇するな、必ず首を落とせ!」
アイリスの両脇を2番隊の隊員達が剣を構え駆けて素早く組みを組み、敵の野盗を囲みながら指示通り、確実に絶命させる戦法を取る。
正面の団員が薬物に溺れた野盗を引きつけ攻撃を受け止め、陰に隠れている別の団員がその脇を通り首を確実に落とす。
だが首を落とされた野党の一部は脳が指示していないのに剣を取りピクピク揺れる覚束ない足で動こうと必死に足掻いている。
こう言うことに慣れてない若手団員達は怯えてながら追撃を加えると、今度こそ倒れ動かなくなるが恐怖を制御し切れない団員達は倒れた野盗の背中に風穴を増やす。
「このぐらいーーっ!!」
仕事を終え離脱しようと動き出した中堅どころの団員の背中に飛翔してきた弓矢が刺さり倒れると同時に周りの団員もバタバタと倒れ出す。
幸い撃たれなかった団員がパニックになり慌てふためく。
「上だ!! 屋根の上に敵っーーっ!」
必死に理性を保ち叫び声を上げ、逃げ出そうとした若い団員の頭に弓が生えた。
「ぁあっっっぁぁあぁあ!!」
別の若い団員は弓が刺さった腕を抑え現実のものとは思えないほどの痛みに耐えきれず彼の断末魔が響く。
先に倒れた団員達はまだ息はあったが顔色が紫に変色し呼吸が荒く苦しそうに息をする。
そこへアイリスが駆け寄り、腕の具合を確認すると鎧の内側から白い布を取り出しその団員の口を無理やり開きその布を突っ込んだ。
「ふはんちょーー」
「毒だ」
即効性の毒が体に周り始めたのか、現実と幻の区別が付いていないのか間の抜けた声を上げる団員。だがその目には剣を抜き振り上げる副団長の姿が見えた。アイリスは感情のない目でピンと張った腕を斬り落とす。
そしてこれが現実なのだと理解させるように先ほどよりもさらに激しい激痛が脳を襲う。
「あああッッッ!!あぁぁぁつっぁぁぅ!!!!」
「上だ! 屋根の上に敵兵! 数は少ない、一斉射撃!」
腕を切り落としたり兵士の止血をしながらアイリスの指示を飛ばす。
「衛生班! 止血だ! 早く連れて行け!」
指示が聞こえた団員達が屋根の上を一斉に見上げる。
そこには弓を構えた敵が10人程度こちらに標準を合わせ弓を引いた。
地上の団員では太刀打ちできない。
「弓兵! 上だ!」
それとほぼ同時にジルコーも敵兵に気づき指示を出し先手を取り敵兵をを1人射抜く。
その直後味方と敵の弓が交差しお互いの矢がぶつかり敵兵が数人落ちるが味方の団員も複数人が倒れた。
「毒が塗られてる!! 掠っただけで死ぬぞ!」
アイリスの指示がさらに続く。
ジルコーは矢を2発3発連射すると放たれた矢は敵兵の肩を捉えた。致命傷には至らなかったが上から引き摺り落とすことに成功した。
そして被害を確認するために視線を地上へ向けたその時
「ジルコーさん! 剣を持ってる!!」
前方の指揮をしていたアイリスの声が聞こえ屋根の上を見ると懐から貧相な短剣を取り出し上空から降ってくる瀕死の敵兵。
ジルコーの得物は弓だ。護身用の短剣しか所持していないがそれを取り出しながら身体を反対側を傾け馬からわざと落馬しようとする。
だが僅かに間に合わず上空から降ってきた敵兵の短剣によって右腕の前腕部を切断された。
「ジルコーさん!」
アイリスは前方の指揮に手を取られジルコーの下へ駆けつけられない。そこへ団長に報告しに行っていたウィリアムが帰ってくる。
「ジルコー隊長!」
ウィリアムはジルコーの腕を落とした敵の首を一切の迷いなく刎ねた。
腕を押さえつけるジルコーを抱き抱え腕の処置を始めるウィリアムにアイリスが指示を出す。
「ウィリアム!! 屋根に敵兵、弓矢に毒が塗られてる、後方の指揮は任せる!」
必要なことを端的に叫んだアイリスは前方の敵を先に始末する為に駆け出す。
馬上専用に拵えた刃渡りの長い槍をその体躯からは考えられないほど速く振り回し敵兵をバッタバッタと薙ぎ倒し後に続く団員達に後始末を任せ。前方の敵兵を全て切り捨てた。
「……す、すこし、へましちまった。悪い」
「ジルコー隊長……」
抱き抱えられたジルコーの顔色どんどん血色を失いい目のハイライトも消え始める。
「後ろの、指揮は全部……任せ、る」
ウィリアムの胸に己の拳を当て最後の力で押してジルコーは目を閉じる。
「治療班!! 止血の用意!」
戦線を任されたウィリアムは悲しみで叫ぶことはせず意識を失ったジルコーの下は駆け寄って来た治療班に任せ、ジルコーの弓隊と3番隊に指示を飛ばす。
「弓隊は上を狙え!! 3番隊は落ちた敵にトドメをさせ! 1人残らず殺せ!」
その声に団員達が同調し戦意はさらに向上し敵兵を蹴散らす。
特に隊長を失ったジルコー隊の士気は凄まじくまさに神ががかっていると言わざる終えないほどの迫力で壊滅状態の敵を始末していく。
♢ ♢ ♢
ウィリアムが最後に落ちてきた敵兵の首に刃を突き刺しここでの戦いは終結した。
「怪我人の治療急げ! 弓矢に射抜かれた者は毒抜きの準備、まだ毒がまわってない者は患部を切り落とせ! 死ぬよりマシだ」
前方を掃除したアイリスがテキパキと指示を出しながら地面に寝かされているジルコーの下に近づく。
「状況は?」
「厳しいです。毒の周りは幸いにも軽く問題はありませんが血を失い過ぎてます、五分五分、それより悪いかもです」
「わかった引き続き治療を頼む」
治療班の団員は頷き止血用の布をさらに抑える。
アイリス、ウィリアム両名の活躍そして全ての団員のおかげで前方の戦線は騎士団勝利で幕を閉じたが失った仲間の数も少なくない。
見える範囲で10名ほどが死んでいる。
それだけではなく負傷者も20名
前方の兵は約100人。そのうちの2割が戦闘不能に追い込まれた。
ここ十数年、これほどまでに被害が出たことはなかった。




