16 襲撃
出発直前に3台の馬車全てを覆うほど巨大な目隠し用の黒幕が張られた。
騎士団員達がザワザワとざわめきの声を上げる中ウォーレンはじっとそれを眺める。
「いいんですか? あれ」
そこへ部下の1人がやって来たがウォーレン「好きにやらせておけ」と一言言うとどこかへ歩いて行った。
♢ ♢ ♢
マリア直属の護衛ピートが先頭に立ち「進めッ!」と高々に宣言する。
御者が馬を促し馬車がゆっくりと進み出すと同時に王国側で用意した空砲が撃たれた。その数13発。
13発は最高級の客人である事を知らせる空砲である。13発の空砲が鳴らされるのは、国王やそれに連なる王族がこの国を訪れた時のみにしか鳴らされない。
馬車は王城の巨大で強固で堅牢な正門を潜り、外で待機していたアイリスとジルコー率いる騎士団が馬車を先導し、最後尾をレイモンド等、近衛騎士団が護衛しながら城下町を馬車は進む。
ウォーレンもマリアが乗る馬車は教えられておらず1番前の馬車に仕方なく乗り込み、周辺を警戒している。
そして軍団長レイは先に王都外周に向かい馬車の到着を待つ。
先日の失敗を鑑み、今日は街の住民には室内待機、窓も開けるなと命令を出し一歩でも外に出たら死罪にすると脅しておいたおかげか、いつもなら賑わいを見せる王都には人っ子一人おらず普段なら絶対にあり得ないほどの静寂が包み込んでいる。
普段であれば馬の蹄の音などすぐ近くにでもいなければ聞こえないが、今日ばかりは距離が離れてようと耳に入る。
『もし今日、王都を歩いている者がいれば、それは全て反体制派だと思え、見つけ次第捕らえよ。生死は問わん』と朝の最終会議でレイが全ての者に通告していた。
そしてその後、今回王都警備や馬車の警備にあたる全て隊員に、赤い星のマークが入った記章を胸に、青い星のマークの記章は左肩につけるようにと指示され配布された。
『もしこの記章のつける位置を間違えたらそれも反体制派とみなす』
と警告していた。
「あいつも考えたもんだな、片方だけじゃ偽装される可能性があるからって二つか」
肩に付けられた記章見ながらウォーレンが呟いた。
そのまま警戒も兼ねて周囲を見渡すと、各路地に配置された軍の団員もお揃いの記章が付けられていた。
視界の端に青い物が揺れているのが見え、ふと隣で馬を操る御者も記章を身につけていた。
「御者もか、用意周到だな」
ウォーレンも警備隊の1人としてここに座っている。流石に居眠りをするわけにもいかず屋根の上に人影がないか、空いている窓がないか、見える範囲で警備をしているが全ての窓は閉められており人影もない。
ここまでやっているんだ、そう簡単には襲ってこれないだろう。とウォーレンの心に少し隙ができたその瞬間、事態は急変する。
赤い煙の弾道がパンパンパンッと音を響かせながら3発上空に向かって打ち上がったーー
♢ ♢ ♢
ーー先頭で敵襲を知らせる赤色の発煙弾が3発打ち上げられた。
それはすぐさま全部隊へと伝わる。
これは各騎士団、軍隊で統一された敵襲の合図である。剣を握り締め、馬から飛び降りて先頭に走り出そうと立ち上がったその時、後方から馬に乗ったレイモンドがいの一番に走り出そうとしたウォーレンを声で止めた。
「何故だ! 今は早く行くべきだ! 邪魔をするな」
「状況が見えないのか! お前が守るべきは仲間じゃない。王女だ!」
レイモンドに怒鳴られウォーレンは一斉に停止した馬車列を見た。この3台のどこかマリアが乗っている。それを見捨てて先頭に走ればまず間違いなくウォーレンは失職し、敵前逃亡で処刑もあり得ない事ではない。
先頭でマリアを守ろうと必死に命を張っている仲間達の叫び声、剣と剣が交差する甲高い金属音がここまで聞こえて来る。ウォーレンは今すぐにでも仲間達の下に向かいたいと言う感情を抑えたグッと我慢する。
ウォーレンが今見守るべきはこの後ろの馬車になるマリアだ。今にでも動き出そうとする脚を無理矢理留める。
「レイモンド、すまなかった」
「気にするな、俺も同じ行動を取るだろう」
そうギリギリ聞こえる程度この音量で呟いたレイモンドは馬を反転させ息を吸い込んだ。
「総員! 防御態勢! 王女を守り抜くぞ!」
『『『うぉぉぉぉお!!!!』』』
普段近衛騎士団内では絶対に声を荒げる事をしないレイモンドが初めて団員に檄を飛ばすとそれに騎士団員達が同調し声を上げた。それと同時に王女直属の近衛が3台の内の1番後ろの馬車を取り囲むように走り出し、その外側にレイモンド率いる近衛が人の壁を築く。
「総員、そのまま待機! 警戒を怠るなッ!」
どこからか馬を拝借して来たウォーレンが指示を出しレイモンドの傍に馬を寄せた。
「あそこだな」
「そうみたいだ」
「ウォーレン団長! 敵襲です!!」
そこへ騎士達の行列の間を馬を巧みに操り金髪の王子が一目散に駆けて来た。
そこへウォーレンが迎えにいくような形で状況を確認する。
「敵は!」
「今現在総勢30程度。アイリス副団長とジルコーさんの部隊で応戦してますが、不意を突かれ劣勢気味。アイリス副団長からは応援入らないマリア王女を守れと伝言を頼まれました」
「敵の装備は?」
次の質問をしようとしたウォーレンを押し退けレイモンドが質問した。
「剣と弓です。装備も貧弱な物で鎧などは身につけている様子はありません」
「「囮だな、なら本命はここだ/ここだろうな」」
2人の声が重なりいつになく真剣な表情を見せた。
外が騒がしくなり不安の色が隠せないマリアは馬車のカーテンを少し開け外の様子を確認しようとするが騎士達の背中に阻まれ確認できない。
コンコンコン。
3回ドアが叩かれてピートの声が聞こえて来た。
「マリア様、絶対に窓に近寄らないように」
マリアの近衛長を務めるレイン・フィッシャーが声をかけて来た。
「レイン、何があったの?」
「敵襲です。レイ軍団長から話は聞いておりました。反体制派呼ばれる者達の仕業と思われます」
レインの目はいつになく真剣な目で建物の影に重点的に視線を送る。今の所不審な影は無い。
「マリア様、なるべく壁から離れたところに……床下の収納に防具が入っております。ご自身で身につけて下さい、最悪収納内に隠れることもお考え下さい」
レインの指示通り床下収納を開け防具を取り出して慣れない手付きで身に付ける。
外からは続々と金属が擦れる音が聞こえる。レインが抜刀を指示したのだろう、各々の感情が乗った空気は肌で感じられるほど重くなる。
「我々は命をかけてマリア様を守り抜きます。何があっても絶対に声を上げないように」
我々の努力が全て水の泡となりますとレインが締めた。
その直後、馬車はスピードを上げ、戦場となっている市街地から離れた。




