15 嵐の前の静けさ
「何事もなく終わればいいけどな」
外で待機組のジルコーがまだ温かい朝飯を食べながら呟く。
その隣には僅かに距離を離し座る、同じく待機組のアイリスもいた。
アイリスの名誉のために言うとアイリスがジルコーに近づいたわけではなく、座っていたアイリスにジルコーが近づいてきた。
そしてアイリスの許可なく隣に座り、虫唾が走ったアイリスは座り直してわざと距離離した。
「やめてください。それフラグですよ」
「まさかー」
と口で軽そうなノリで言っているが本音は『俺はまだ死にたくない』と騒いでる。
「そんなことないよな?」
「知りませんって」
すでにマリア王女直属の護衛も準備を終え、後は馬を繋いでマリア王女を待つだけの状態。
ジルコー達、騎士団員もフル装備までは行かないがすでに8割方、装備を装着し緊張感が出てきた。
だが、直前まで待機という命令が出ているため、どこかゆるい空気も流れている。
「本当に死なないよね」
「さぁ? 背後から斬られても不思議ではありませんね」
「もしそんなことがあったら、真っ先にお前を疑うから安心しろ」
「死人に口なしです。団員達はみんな私の味方をしてくれますよ」
だから安心してください。とにっこり笑みを浮かべた。見る人が見れば昇天間違いなしの笑みだ。
イラッと来たのか聞こえるように舌打ちをするとぶつぶつ呪文のように唱え出す。
「どこが安心してくださいーーだよ。どこに安心する要素があるんだよ、身内巻き込んだ自作自演じゃねえかよ、たくも、なんでうちはこんなバカばっかりなんだ……」
怒りの矛先は関係なくもない団員達にも飛び火したが、火元であるアイリスは負けを認めるつもりはないのかまだ口喧嘩を続ける。
「その筆頭はジルコーさんですね」
「ならお前は副官にしてやる光栄に思え」
「私は辞退します」
「もういいよ、俺が団長になってお前を追い出してやる」
ウォーレンは明言を避けているがすでに団員内では次期団長は副団長アイリスかウィリアムのどちらかーー否。団長レースはアイリス有利と思われている。
そこにジルコーが割って入る隙はないと断言しても問題ない。
ーーーー
「まだ、出てこないのか!」
「待ってて!!」
アクアの部屋の前でウォーレンが扉越しに過去一番の怒鳴り声を浴びせる。それにアクアが逆切れ同然のように叫び返す。
このイライラを壁にぶつけたくなったが自らの役職上そんなことは許されず振り上げられ拳をゆっくりと下ろした。
ウォーレンが早朝付近まで女子会をしていた2人を起こしに行ってから約30分、女性は色々と支度に時間がかかることは知っていてが、この後も予定が詰まっている。そろそろ出てきてもらわないと今後の行程が遅れる。いや現時点で遅れが出始めている。
なんでもいいから早くしてくれと言う苛立ちを珍しく見せた。
「メイド投入か?」
「いや、それはやんない、2人にやらせとけ」
同じようにイライラが溜まりはじめ廊下の端を行ったり来たりしていたレイの一言をバッサリと切り捨てる。
ガチャとドアノブが回る音がしてウォーレンが急いぞ後ろを振り返ると汗が浮いているアクアとその後ろにたくさんの荷物を抱えているマリア姿があった。
たとえ終わったと言えど一応ウォーレンは終わったか? と問いかけた。
「終わった」
「荷物は俺とレイが持っていく、ついて来い」
「お願いしますウォーレンさん」
アクアの脇を抜け両手に抱えたバックを2人に預けるとまだ何があるのか部屋に戻り手荷物用のバックを手に掛け小走りで走って来た。
「急がないでいい、もう遅れは確定ーー痛って! 何すんだよ」
ふくらはぎに激痛が走り足元を見る、アクアがウォーレンのふくらはぎを爪先で蹴り付けていた。
「悪かった、余計な事を言った」
「謝って」
「誰に?」
「私に」
「お前じゃねぇだろ、いいから行くぞ、本当にやばいマリアのところの護衛もそろそろおかしいって思う頃だ、さっきから二、三回まだか? って来やがった、これ以上の遅れは外交問題、俺らの首ですら危うい状況になる」
私よりも仕事の方が大事なの? とうるうると小動物じみた上目遣いで問いかけてくるがウォーレンはそれにいちいち反応している暇はもうない。
「仕事の方が大事だ」
そう言いウォーレンは荷物を握り直し有無を言わさず先に歩き出す。そうなってしまってはアクアもついて行かざるおえず仕方なく後ろをついて来た。
「楽しかったか?」
普段会話はほとんどない親父親と娘のような切り口ではあるがウォーレンにはこれ以上の突破口がなかった。
「楽しかった……」
もう少しでまた分かれ離れになると頭ではわかっていても、心ではまだ離れたくないと言う複雑な感情が入り混じった返事が返って来る。
「またいつでも会えるだろ」
「でも結婚するし……」
「ん? まだ話してないのか?」
「話せるわけないじゃん!」
小声ながらもその声はウォーレンの耳に強く残る。
「また聞くが、どうしたい?」
「わからない……」
そう言い俯くアクア。
元気印の笑顔が鳴りを潜め、しょんぼりしているのを見ると自然とため息が漏れた。
「10分だ」
「……何が?」
「10分、時間を作る。言いたいことがあるなら直接伝えろ、たとえそれがマリアにとって不都合なことでもな」
「いいの?」
顔を上げたアクアが立ち止まるとウォーレンとの距離がどんどん開く。
「アクア?」
親友が立ち止まっているのに気づいたマリアが駆け寄る。
「マリー、話したいことがある、まだ時間ある?」
何か思い詰めるような瞳で見つめられたマリアは有無を言わずアクアの手を取り、何も言わず、アクアをおもっきり抱きしめた。
♢ ♢ ♢
「なんで馬車が3台あるんだ?」
マリアの荷物を持って外に出て来たウォーレンは不思議な光景を目にする。
マリアが乗って来た馬車は一台のはずだがこの場には3台、同じ馬車が存在した。
「向こうさんの要望だ。こっちとして反体制派もある断る理由はない」
レイの説明を聞いていると、そこへ最終確認を終えたレイモンドが仏頂面を晒しながらやって来た。手元の資料をこそっと見るとかなり書き込まれている。
「そっちの仕事はどうだ?」
「生温い騎士団よりちゃんとやっている。話して暇があるなら確認ぐらいしろ」
そう言い、手元の資料に目をやりぶつぶつ何か言い出した。
「で、どれに乗るんだ?」
「さぁ? それは教えてくれなかった」
「まぁ作戦の支障にはならないだろう」
「気を付けておけ、反体制派が動き始めた。できる限り追っているが、監視の目を抜けている奴らもいると思って警備した方がいい」
すでに近衛騎士団で反体制派と思われる容疑者を何人か逮捕しているが、全て捕らえられたと思わないほうかがいいと伝えられたウォーレンは自身の中の警戒度を一つ上げる。
「わかった」
マリアの荷物を馬車の中に積み込こんでいるところにマリア直属の護衛の責任者ピート・マクスウェルがやって来た。
「ウォーレン団長、姫はどこだ?」
「帰る前にトイレに行きたいと言われてな」
平然と嘘をつく。
「1人か?」
「俺がついていけると思うか?」
「そこをついていくのが護衛だ」
「大丈夫、今のは聞かなかった事にしてやる」
そう言いピートの肩をトントンと叩く。
姫がまだ出てこない事に心配しているのかピートは姫様! と恥ずかしげもなく大声で叫び出し捜索を始めた。
「で、本当のところは?」
ピートが廊下の角を曲がり姿が見えなくなったところでレイが、視線を外したまま聞いた。
「まだ話してないんだとさ、まぁ、話が話だタイミングってもんがあるかもしれない。もう5分もすればくるだろ、俺の仕事はここから無事に帰ってもらう事だ、その先はお前らの仕事だ」
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
ニヤッと嫌な笑みを浮かべたウォーレンは、後ろで資料と睨めっこしているレイモンドをチラッと見てから「でもまぁ」とギリギリ耳に入るぐらいの声量で言った。
「その前にこっから無事送り出すのが先だけどな」
「うるさい! 無駄口叩く暇があるならお前も部下の確認してこいッ!」
ウォーレンのからかいに突然キレたレイモンドはそう吐き捨てると足を踏み鳴らしながら去っていった。
「ツンデレだな」
「絶対違うと思うけど」




