13 親友
後方の一部兵士を切り離し馬車との距離を取らせたが暴動などは起きず、無事王城内へマリア王女を送り届けることに成功した。
軍の部隊は門を潜る前に全部隊が停止し、騎士団にその先を任せ、城門を閉じ作戦は終了。兵士たちの首はつながった。
♢ ♢ ♢
王女が乗っている馬車が王城の正門前に停車し、護衛の動きが慌ただしくなり始めた。
その中で2人、ウォーレンとレイだけは自らの仕事は終わりリラックスした様子で馬車に近づく。
「さて、と。俺らの仕事は終わりだ、あとはレイモンドの仕事だ」
「だな、ここで失敗したら全部がパーだ」
2人はわざとレイモンドの背後を通り嫌でも耳に入るほどの声量で呟きレイモンドに激励を贈る。
「黙ってろ」
視線は馬車に向けたまま。そう言うと予定通り王女の近衛が馬車の扉を開き、レイモンドがマリア王女を出迎えた。
降りてきたのはマリア・マスカレード第三王女
肩にかかる程度の短めの銀髪が人目を大きく惹きつける。
「髪切ったんだな」
「みたいだな」
その直後正門の方から騎士が誰かを静止しようとしているのか「王女様!」と言う声が聞こえた。
ウォーレンがすぐさま声が上がった方を見るとアクア王女が護衛の近衛騎士団員を振り払い階段を走って降りてきた。
「待ってください!!ーーっ!」
追いかけてきた騎士団員は階段に足を取られ雪玉のように転がる。
転がってきた騎士団員を無視してウォーレンはアクア王女の前に出た。
「ウォーレン! 退いて!」
「やんちゃはダメですぞ」
やれやれと言った表情を浮かべたウォーレンはアクアの指示に従い二歩ほど横に動いた。
アクア王女はそのまま階段を駆け下り、馬車から降りてきたマリアにおもっきり飛びつきぐるぐる回る。
「マリー! 久しぶり!」
「あーちゃん! 会いたかったー!」
自分たちの世界に夢中な2人は気づいていないが見た目麗しい少女達の過激なスキンシップにこの場にいるほとんど全てのもの達が思わず目を逸らしていた。
「2人とも、その辺にしろ」
後を追ってきたウォーレンが王女達に臆する様子も見せず、頭頂部を小突いた。
だがその拳にはほとんど力は込められておらず痛がる様子も見せず振り返った2人は親に叱られた子供のような返事を返した。
「「はーい」」
「ケチ」
「ケチで結構」
アクアの愚痴をピシャリと叩きつけた。
ウォーレンはそんな事では考えを変えたりはしない。これが一般兵士ならすぐにでも土下座して許しを乞うところだがウォーレンは違う。
親友の悔しそうな表情を見てマリアも悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「無礼よ、お父様に言って辞めさせ貰うんだから」
「外国の王様が俺を解雇できると思うか?」
「私ならできる」
「もしそれをやったら騎士団と軍は王政に楯突くことになるぞ、俺はお前らが思ってるよりも色々とできるんだ。言葉には気をつけろ」
文通での仕込み通りマリアは助け舟を出したが見事に撃沈して見せたウォーレンは沈みゆく船をさらに攻撃して、満面の笑みを覗かせた。
まんまと撃沈された2人はウォーレンと目を合わせないように背中を向けぶつぶつ2人で小言を言っている。
2人のわがまま王女を手玉に取ったウォーレンは「こっから先はレイモンドが案内する」と2人に言い残し帰ろうとするが腕を掴まれた。
振り返るとアクアの細い指がウォーレンを掴んでいた。
「ウォーレンは?」
ここから先もウォーレンの案内だと思っていたのかアクアが首を傾げながら言う。
「俺はここまでだ、いいかアクア、マリア。ちゃんと言うこと聞くんだぞ」
特に誰のとは言っていないが暗に王城内での案内役であるレイモンドの事だろう。
特にアリアはレイモンドの事を嫌っている。
その昔、アクアがまだ6歳の時、買い物に行くため当時女王付き護衛をしていたレイモンドを護衛に連れて城下町に向かった際、女王陛下の命令もあり、お菓子を買ってくれなかったそうだ。
それが原因で今もレイモンドを嫌っていて今では何かあるたびにウォーレンを道連れにしている。
「ウォーレン! 明日空いてる?」
アクアにそう聞かれたウォーレンは遠い目をして呟くように吐き捨てた。
「今日も、明日も、明後日もお前らの子守りだ」
「空いてるってことね、なら明日の9時にここに来て」
都合よく解釈し満面の笑みを浮かべたアクアはマリアの手を取り先を急ぐように歩き出した。
「また明日、ウォーレンさん!」
「行くって決めたわけじゃない!」
返答がくるかとは期待せずどんどん遠くなる2人の背中に声をかけたがアクアの明るい声が返ってきた。
「大丈夫! ウォーレンなら来てくれる!」
呑気な返答に憎たらしいような笑みを浮かべ舌打ちをしたウォーレンは2人に背を向け歩き出す。
「どいつもこいつも、勝手に人の予定を決めやがって」
言葉とは裏腹にその表情はまるで帰省した孫に『遊びに行こうよ! お願い! 一生のお願い!』 とせがまれたお爺ちゃんのような柔らかい笑みを見せた。
2人の王女の今日の予定はこの後玉座の間で王城国王と謁見することになっている。
その時に内容はわからないがマスカレード王の文書がマリア王女から手渡される。
内容は多分だが両国の共存と繁栄とかだろうな。
その後自室に戻るはずだがどうのこうのでアクアの部屋で女子会を楽しみ夕食は国王、女王、アクアとそれに加えて第二王子とともに夕食会と言う名前を借りた、実質お見合いみたいな事をすると思われる。
俺も第二王子を見たことはあるが見た目だけは王族やったるんだよな、でも裏じゃ相当汚い奴みたいだけどな。
お見合いの後は女子会の続きである。
♢ ♢ ♢
時刻は8時半、日が上りゆっくりと気温が上がり居眠りするにはちょうど良くなり始めたがウォーレンは重い瞼を擦り目を開いた。
王城のとある外壁。
ウォーレンはその外壁の前ですでに30分、誰かのことを待っている。壁に寄りかかりながらうとうとしている。
そうこうしていると女の声のくすくすと笑う笑い声が城壁の中から聞こえてきた。
それが聞こえたのかウォーレンは壁に向かって立ちはだかるように両腕を組む。
「大丈夫、絶対バレないから」
「アクア、抜け出したら、大変なことになるよ」
「そんなに心配しなくたって大丈夫だって、ここは王族の脱出口だよ王族と一部の大臣ぐらいだよ知ってるの」
2人がこそこそ話す声がここにまで聞こえてきた。
体感的に2人の距離とウォーレンがいるところまではもうほとんどない。
「固い……なんで開かないの?」
「だからやめようって言ったのに」
「うぅ! うう!」
内側からアクアが壁を押し出そうと力を込めるが石壁は動かない。
「思い出した!」
何か閃いたアクアはおもむろに壁を触り出すと1箇所押せる場所があった。
アクアがそれを押すと石壁が開き日光が一斉に真っ暗だった脱出口を照らすと同時に見知った影が2人の目に入る。
「だと思ったよ、ほらこれ使え」
埃まみれで出てきた2人の顔をどうせこんなことだろうと持ってきておいたタオルで拭いた。
履いているカジュアルな洋服も埃で汚れているが2人にタオルを手渡し自ら綺麗にさせた。
汚れを落としたアクアはバツが悪そうな笑みを浮かべ手をちょこん振った。
「うぉ、ウォーレン。おはよう」
「ウォーレンさん……おはようございます」
半ば無理やり共犯関係となったマリアも居心地が悪そうな表情でそっぽ向いた。
「おはよう……」
「怒ってる?」
「いいえ、全然」
「その顔怒ってる奴だ!」
「いいえ、私は本当に怒っておりません。どうせこんなことだろうと思っていましたので、だから私はここでずっと見張っておりました」
笑みと怒りの表情が同居した摩訶不思議な顔で2人のことを睨んでいる。
「昨日から?」
「えぇ。そうです。一応先に言っておきます。こっからは敬語はなしで、それと今日はアイリスも護衛としてくれていくから」
「不倫ですか?」
木の影から出てきたアイリスがチクリと痛い事を言う。
「孫みたいに歳の離れた可愛い女の子と3人でイチャイチャ……」
「ウォーレンは私の護衛よ何がいけないの?」
ぶつぶつ呟いているアイリスにアクアがカッとなる直前のような口ぶりで言う。
「私は団長のパートナーですから」
「誤解を招くようなこと言うな。俺には妻も子供もいる。アイリスにもアクアにもマリアにも恋愛感情は持っていない。お前ら2人の護衛だし、アイリス俺の部下だ」
3人が同時にガーン! と効果音がつきそうな表情を見せると真っ先にアイリスが膝から崩れ落ち、「そ、そんな……私はこの先どうすれば……」と不倫相手に旦那を持って行かれた妻のような演技を見せているがウォーレンは見ようともしない。
「じゃあ、行くか、お小遣いは持ったよな、俺は一切金は出さんぞ」
そう言いウォーレンは先に歩き出しその脇に2人が並んで歩く。
アイリスはいまだに精神的ショックが尾を引いているのか演技に夢中なのかウォーレンが動き出したことに気づいていない。
仕方なく立ち止まり離れたアイリスに1番効果が見込める言葉をかける。
「アイリス! 護衛の仕事はどうした! 本当に給料減らすぞ」
その瞬間まるで風のような速さでウォーレンの隣に移動し、私なら最初からここに居ましたよと言う感じで立っていた。
「こんな大人になるな」
ウォーレンの諦めた呟きが2人の耳に届く。




