10 バサラ・ジリアス
騎士団長ウォーレンは副団長アイリスと1番隊隊長ジルコーの2人を連れ、珍しく王城から寄越された馬車に乗り込み3人ギュウギュウ詰めの状態で王城へ向かった。
王城についた3人は控え室に案内され各々好きに過ごしていた。
「また、高いお菓子ですね」
アイリスが座るテーブルには高そうな4段になった皿に3人では到底食べきれない量の王都の高級菓子店のお菓子が乗せられていた。
その中でも1番高いのを確実に選んだアイリスは自分の金ではないからと、3つ目を頬張ったところだ。
「さすが、王都一の菓子店バサラ・ジリアスですね、味が違いますよ、これ一度食べたらそこらへんのお菓子はもう食べれませんね」
「ん? そんな美味いのか?」
美味そうに食べているのを見て腹の虫が暴れ出したウォーレンも一口食べた。
「美味い、何これ美味しい、絶対高い奴じゃん」
「でしょ、これ本当にお高い物ですよ」
そう、2人の顔が青ざめている通りこれは本当に高いお菓子なのだ。
例えるなら安いものでも一箱で一般庶民の月収の10分の1ぐらいの値段だ。
それにこの皿に載せられたお菓子はお菓子はどれも高いものばかり。この皿だけで時価総額は月収を超える。
ともあれウォーレンやアイリスの月収であれば買えない事はない金額だが2人とも浪費グセはあまりない。だからこう言う時にたらふく食べる。
だが1人。このお菓子の山を親の仇のような目で見ている男がいる。ジルコーだ。
彼の実家も菓子店であったがお菓子作りの腕が壊滅的に残念な為、長男なのに父親から「お前は駄目だ」という烙印を押された悲しい過去がある。
「俺は食べない」
「そんなこと言わないでくださいよ、このお菓子には何の罪もありませんよ」
「そうだ。見たくないって気持ちはよくわかるが、店は弟が継いだんだろ、諦めろ」
アイリスが皿に何個かお菓子を乗せジルコーの前に置くが目を逸らした。が手はちゃんとお菓子を握っている。それを口に放り投げた。
「不味くはない、だか砂糖が多すぎだ。もっと減らしていい」
ーーーー
「なんだよ、あいつこんな美味いもん作れんのかよなら俺のところにも送ってこいよ……」
涙は流れなかった。ジルコーにとってはあれは過去の事なのだ。記憶からも消そうとした事。もう思い出すこともないと思っていて過去の記憶。
「ジルコー、すまん。一つ言わないといけないことがある」
1人ぶつぶつ何か唸っているジルコー。
その背中を手を合わせたようなバチンと言う音が聞こえ振り返るとウォーレンがニヤニヤしながら頭を下げていた。
「なんですか?」
凄い嫌なこと予感というものが全身を駆け巡る。
何もしていないはずだが悪寒が湧き上がった。
その予感と悪寒は見事に的中する。
「お前は一口も食べてなかったが本部に置いてあるお菓子は全部、お前の弟さんが送って来たものだ」
「あいつが?」
「そうだ。今度顔出してやれ、きっと喜ぶはずだ」
「喜ぶはずなんてないですよ……俺はアイツらに全部放り投げたんですから、俺が帰る場所なんてありませんよ」
「駄目だ。帰れ。団長の仕事は書類仕事だけじゃない。団員に寄り添うのも、俺の仕事だ」
ピシャリと言い放つがそれでもジルコーの心はまだ揺らいでいる。
過去に何があったか団長には一切話していない。
だが団長は全てを知っているような素振りで言ってきた。
「それでもですよ」
あの場所にはもう足を踏み入れたくない。
あの場所はもう2度と視界に入れない。と誓った。
もういいんだ。自分が下手だから追い出された、それは納得している。もう触れないでくれ。
ジルコーは心の中で叫ぶ。
だが現実は団長は甘くない。
「団長命令だ」
騎士団たるもの団長は絶対。
団長からの命令には逆らえない。
ウォーレンはそれをわかって『団長命令』という強い言葉を使う。
「仲直りしろなんて言わない、握手して謝れなんて言わない、謝罪の言葉なんて美味くない。そんなもんどうでもいいんだ、なんなら変装でもしろ、一回自分の目で見てみろ、そのあと決めろ、別に仲直りだけが解決方法じゃない」
「命令とあれば……」
「ほんとツンデレですね、大人しく里帰りすればいいのに」
余計な一言があったが団長命令が下った事により実家に帰る決心が30年の時を経て初めて芽生えた。
♢ ♢ ♢
色々あり時間は過ぎ、メイドに呼ばれた3人は王城内で3番目に広い部屋は通される。
※1番目は玉座の間、2番目は国王の寝室。
既に軍団長でありウォーレンの幼馴染のレイ・グリムド
近衛騎士団団長レイモンド・マクラナハン
とその部下の計6名がまるで葬式のようなぐらい静かに座っていた。
「久しぶりだなウォーレン」
ドアが開きウォーレンの姿が見えるや否やレイが立ち上がりこちらに手を伸ばしながら近づいてきた。
「おう、久しぶりだ」
お互い硬い握手を交わすと掴みあった手に力を込め力比べをしている。
「少し衰えたか?」
「仕方ねぇだろ、俺も歳だ衰えてくるもんさ、それに比べお前は変わんなぁな、髪の毛以外は」
「その話はすんな」
苦っ苦しい表情を浮かべ視線をあさっての方は向けるとおもっきり舌打ちをした。
その表情が見たかった! と言った感じにウォーレンは場も弁えず大声で笑い出す。
「陸軍はそんなストレスなのか?」
「そうだ使えない部下が多すぎる、こないだも新人が大砲を暴発させてバラバラに吹き飛んだ」
「真面目にやんねぇ奴は死ぬってもんさ」
「うっふん!」
「おっとそろそろ爆発しそうだな」
待たされうんざりしていたレイモンドがわかりやすい咳払いをするとウォーレンは「すまんな」と他人事のように謝りレイが座っている席の隣に座る。
椅子は人数分用意されてあるが何故か部下達は皆壁側に立っている。
「みんなも座っていいんだぞ」
ウォーレンがそう分け隔てなく言うが誰も席に座ろうーー否。アイリスとジルコーは席に座っていた。
それ以外の全員は直立不動を維持しピリピリとした空気感を出している。
「これだから騎士団は嫌なんだよ」
僅かな声量だったがその声は部屋中に伝わる。
アイリスとジルコーがほぼ同時に立ちあがろうとしたが「やめとけ」とウォーレンが腕で制止し渋々座り直した。
「どうした? 自分が誰からも慕われてないから嫉妬してるのか?」
「うるさい。もう2度と喋れないようにその口もぎ取ってやろうか?」
レイモンドの目は本気だ。本気でウォーレンの口をもぎ取ろうとするような目で睨んだ。
だかレイがその2人に割って入る
「お前らやめろ、口喧嘩したいから地獄でやれ」
「おいおいおいおい、レイ、俺に死ねって言うのか?」
「お前ら2人とも黙ってろ」
同じ団長という地位に居るためか基本的に3人は仲が悪い。ついでに言うと3人は軍学校時代からの天敵同士なのだ。
学科は毎回レイが1番を取り
実技は毎回ウォーレンが1番に輝き
実戦では3人が交互に一位になっていた。
つまりだウォーレンは万年2位でレイモンドは万年3位、テストのたびにレイが学年トップを保ち、レイが主席で軍学校を卒業しウォーレンが次席、レイモンドはなんの称号も得られず、2人がそれぞれ軍と騎士団に進路を決めたから逃げるように近衛騎士団に入団したという経緯が存在する。
レイモンドにとってはこれ以上ない汚点なのだ。
今、レイモンドは近衛騎士団団長という称号を手に入れたが何も感じないのだ。ただの文字程度の認識しか持てない。




