9 フォレストウルフ討伐協力協定
ウォーレンが手に取った赤い紙の書類には『フォレストウルフ討伐協力協定』と書かれていた。
その下には協力会議を2ヶ月後に行う旨が書かれていた。
フォレストウルフとは文字通り森に住む狼のことを指す。
フォレストウルフの繁殖行動は秋口から冬の始まりにかけて繁殖期を迎え翌年の春に大体3頭〜4頭出産をする。
毎年繁殖期を迎えるとオスがメスを求め1日最長で50キロもの道のりを駆け抜け繁殖相手を探すとされている。
長距離を移動するため山から降りてきたフォレストウルフは街近辺にまで出没し腹が減ったなどの理由で家畜などを襲う被害が出るため、この時期は冒険者ギルドが国からの要請の下、フォレストウルフの討伐を行うが、冒険者だけでは手が回らず軍隊も動員される。
だか軍の本職は魔物討伐ではなく国境の警備が主な仕事である。討伐に割ける人員はそこまで多くない、だから山から離れ比較的フォレストウルフの目撃が少ない東門付近は騎士団が守り、そこを守っていた人員を動員するためにこの時期になると騎士団にも仕事が回ってくる。
「アイリス! ジルコー! 少し来てくれ」
アイリスは瞬きをするよりも早く飛んできた。
「速いな……」
思わず引き攣った顔で呟くがアイリスは気にした様子すら見せず目をキラキラ輝かせる。
「呼ばれたらすぐに向かわないとですよ」
「そうだな」
特段否定する理由はないからと肯定しておいたが、もう1人ジルコーはやる気なさそうに欠伸をかきながら、首筋をボリボリ書いてやっと到着する。
「お呼びでしょうか団長」
「もっと早くきなさい」
「あぁお呼びだ、今年ももうこんな時期だとさ」
団長は先ほどの赤い紙の書類を2人に見せた。
「「フォレストウルフですか」」
珍しく2人の声が重なると先ににやっと汚い笑みを浮かべたジルコー、アイリスが舌打ちした。
「よせ」
「はい」
「猛獣使いと猛獣ーー」
刹那ジルコーの頭が消えた。否。アイリスに膝裏を蹴られしゃがみ込んだ。
「痛って!」
「お前らよせ、喧嘩するな」
「俺、被害者」
「でだ、お前らから誰か推薦したい人物はいるか?」
喧嘩するほど仲が良い。その言葉を信じウォーレンは2人の喧嘩を仲裁することはせず見守る事にした。
先に手を挙げたのはアイリスだったが答えを聞く前に『却下だ』と一蹴する。
「なんで! 何にも言ってないじゃないですか」
「どうせ自分が行くって言い出すんだろ」
「自薦もありでは?」
「無しだ。だからお前らを呼んだんだ。俺はこの話、若手に振りたいと思ってる」
渋々挙手した手を下ろすとアイリスは「ではウィリアムはどうですか?」と言った。
「ウィリアムは確定だ、次期団長候補だし、選択肢から外す理由がない」
アイリスの提案を肯定した団長は珍しく悩んでいるジルコーに視線を送る。
「私からはニコールを推薦します。ニコールは団長と同期なので経験豊富です、ウィリアム1人ではやはり不安な部分もありますからね。ベテランが側に居てくれれば団長も安心でしょ」
少し棘を感じるがその通りである。
例年この仕事は若手の登竜門的な仕事となっている。普段隊長格は部下20人をまとめる存在だが魔物討伐では最大100人規模をまとめ、難しい舵取りを迫られることが多い、だから若手とベテランを組ませ、ベテランにはブレーキ役となってもらうのだ。
「わかってるじゃねぇか、俺は今まで通り、馬で後ろから見たるだけだ、たとえ全滅しようと俺は手を貸すことはしない」
そしてジルコーのもう一つの棘、それが騎士団の伝統だ。これは若手に経験を積ますためである。団長は一切手を貸さない。撤退の判断をするのも攻勢に回る判断をするのも2人が決めること、団長は指示も手助けもせず見守るだけ、そのせいでたとえ全滅しようとも団長は一切手を貸すことはしない。
「ウィリアムなら大丈夫ですよ、それにニコールさんも付けるなら、全滅はまずあり得ないですね」
「そうだな、あの2人がいれば安心できる」
珍しくアイリスが助け舟に近い物を送り出し、その船にジルコーも乗船を決めた。
ウォーレンはその船に乗る前に一つ質問した。
「で、アイリス、ウィリアムを推薦する理由は?」
「簡単に言えば集団戦の経験を積ませたいからですね、対人と魔物では全く違う動きを取らなければなりませんが数対数という意味で経験を積ませることは必要です。特にウィリアムは私のライバルです。卑怯な手を使って勝ちたくないので」
ドス黒い笑みを浮かべるがそこに嫉妬や憎悪は含まれておらずただ単純に団長の座を争う物同士、自分だけが有利な状況居たくないからウィリアムを推薦しているに過ぎない。
アイリスは同じ土俵で正々堂々勝負したいのだ。
「わかった、ウィリアムとニコールの2人を俺からも推薦しよう、まぁ討伐任務自体は再来月以降の話になるがな」
助け舟の船頭であるアイリスの意見に同意できたその船に乗ると言う決断をした。
だかフォレストウルフ討伐以外にも厄介事は残されている。
「その前に、来月はマスカレード王国から第三王女が訪問する」
団長は大きくため息をつき、2人に「帰って良いぞ」と続きが物凄く気になる終わり方で帰らせた。
「第三王女が何しに来るんでしょうね?」
渋々帰った2人だが、アイリスの独り言にジルコーが反応した。
「アイリス、知らないのか?」
「何を?」
「どうも、お見合いじゃないかって噂が流れてるぞ」
「お見合い?」
「そうだ、あそこの第三王女ももう17歳、結婚相手を探す時期なんだろ、どこぞの生き遅れとは違ってーーふぇ?」
足を引っ掛けられたジルコーは受け身を取る余裕すらなく床に額をぶつけた。どうにか咄嗟の反応で頭を守り最悪の事態は免れた。
「何すんだよ!」
「足元見てないから転ぶんですよ」




