勇者は神と出会い、姫は勇者と出会う
光あふれる世界、そこに大宮次郎はいた。次郎が辺りを見回すと、奥の方に人影が見えた。なぜか次郎は、その人影の方に歩いて行った。
「あ、あの……」
次郎は人影に話しかけた。人影は、もぞもぞうごめくとおじいさんのような姿になった。
「やあ、迷い子。ここは、世界と世界の狭間。魂が入れる場所ではないが……」
「お、俺もここが何かわからなくて」
老人は、ほおと何か合点がいったというような顔で次郎をのぞき込む。
「そうか。君は迷い子ではなく、”召喚人”か」
「”召喚人”……、ですか?」
「そうじゃ、君はどこかの世界から呼ばれておるのじゃよ」
ほっほっほ、と笑いながら次郎の肩に手を置く。彼に安心してもいいと教えるような温かさがあった。
「世界に、呼ばれている……」
「そうじゃ、ここは世界と世界の狭間。神のみが入れる世界」
「かみ、さま……?」
「ああ、神じゃよ。まあ、君が考えているような全能の存在ではない」
次郎は、自分がどうなったのかと聞きたくなった。しかし、神という存在に気圧された。安堵しているのに、恐れている。2つの矛盾した感情が次郎を支配している。
「ははは、気を楽に」
「そ、そうは言っても……」
「時間がないのじゃ、気を楽に」
再び気圧された。神という存在に、無理やり恐怖を打ち消される。全能ではないが、次郎に話を聞かせることはできる。それは、まさに神としか言えない所業だった。
「さて、君がなぜここにいるのか。それは、遺産世界という世界が呼んでいるからじゃ」
「なぜ、俺が……」
神が優しく微笑む。次郎は、その優しそうな笑みに安堵する。だからこそ、疑問に思う。なぜ自分が”召喚者”なのだろうか、と。
「君は、その遺産世界で救世主となるために召喚され、今は魂だけがここにいる状態じゃ。そして、わしは君に特別な力を与えたいと思っている」
「特別な力、ですか?」
「そうじゃ」
神がどこからか取り出した杖を振って、次郎に対して光のヴェールをかけていく。
「君の行く世界は、科学が発展しておらずに魔法を元にした技術がある。そこで君には、全属性の魔法が使えるようにしておこう。それに、剣術も一流にしておこうかの。ああ、それに体術も銃を扱う技能も渡しておこう」
「そ、そんなに!!俺は普通の人間なのに!!」
「宝くじが当たった人間は、普通の人間足りえるじゃろうか?」
「そ、それは、幸運だなとは思いますけど」
「そういうことじゃ」
次郎がどこか納得いかない顔で、説明を受けている。確かに、宝くじに当たったようなものかもしれない。だけど、なぜ自分が救世主なのか。その理由を知りたくて知りたくてしょうがなかった。
「なんで、俺なんですか!?正直、俺より強かったり、立派だったりする人間は、俺の住んでいる世界にゴマンといるはずです!」
「じゃが……、君には絆がある。その絆が、特別なんじゃ」
「絆……」
次郎は恐竜田やプリン島のことを考えた。小中高、一緒でずっと仲良しの幼馴染だったわけではない。けど、高校で出会って、色んな馬鹿話をしたり、遊んだり、危ないこともやったっけ。そんな思い出が走馬灯のように頭によぎった。
「手の甲に紋章が刻まれているじゃろう。それは、元の世界で絆を結んだ者を君が呼ぶときに必要となる。君にあげられる最後の力じゃ」
「ありがとうございます……、その……、俺、頑張ります!頑張って、頑張って、またみんなと笑いあえるようになります」
「元気がいいのう。だが、間違えるではないぞ。救うのは国ではなく、世界じゃ。では、行きなさい」
神が次郎の背中をとんと押す。すると、次郎は意識を手放し、視界が暗転し始めた。ぐるんぐるんと自分が闇の中に落ちるような感覚に陥り、最後には何も感じなくなった
「……、しゃ、さま……、しゃ、さま……」
女の子の声が聞こえた次郎は、はっと目を覚ます。そこには金色の髪をした少女がそこにいた。
「勇者様……、お目覚めになりましたか?」
「う、うーん……、まだ、本調子、ではないけど……」
神様との会話で、ここが異世界であることはわかっている。少女の方に顔を向けると、青い目をしていることが分かる。そして、ぼろぼろになった濃い紫色のローブを着ていた。
「え、えーと……、ここは……」
「お城の地下室です。そして……、お連れの方もいらっしゃいます」
「そ、そうなんですね」
「ええ、それでは……」
ぼろぼろになったローブの汚れを軽くはたき、裾を持ち上げる。
「私の名は、ディセット。カルボー国の第17王女で、あなたを呼び出した召喚術士です」
「召喚、術士……?」
次郎はディセットと距離を取った。彼女が、次郎を異世界へと迷い込ませた原因だからだ。怒りよりも恐れがあった。勇者様と言っているが、本当に自分を歓迎しているのか。疑わしいところがあったからだ。
「申し訳ございません。このような地下室でお呼びしてしまって。しかし、強大な魔力を使う術式ですので、ここで行うより致し方なかったのです」
「なるほど、ね……」
次郎は、辺りを見回す。暗い地下室で、明かりはランプのみ。石造りで空気は冷え切っている。ランプに照らされたほこりが舞っているのが見える。
「そうだ。俺の名前は大宮次郎。次郎って呼んでくれ」
「はい、次郎様」
「次郎、”サマ”か」
「ええ、あなたはこの国を救ってくれる勇者ですから」
神様の言葉をもう1回思い返す。救うのは国ではなく、世界だと。自分自身、救世主や勇者と呼ばれて悪い気はしないが、その言葉が胸にもやもやと残っていた。
「さあ、次郎様。お連れの方々がお待ちですよ」
ディセットは次郎に手を差し出した。次郎は、その手を照れながらとった。そのまま彼女に引かれて地下室からプリン島と恐竜田がいるであろう部屋に連れていかれるのであった。