第二話-円卓騎士団-暁の大革命、大堕天使レイチェルという少女
「皆のもの、失礼した。少し野暮用があり、遅れてしまったことを謝罪する」
レイチェルは議長席に座った。
その顔は偶に少女でもあり、無垢な幼女であったり、泣く子も黙る戦士な時もあったり。
ともかく今は議長モードであった。
ここ、コロニーアメリアの中心都市、デクターN2武装要塞都市。
人口1600万人の大集積都市において、もっとも威光と気高い椅子であった。
その前には古風な円卓、そしてズラリと並ぶ益荒男共がいた、仰々しく少女を仰ぐ形である。
「レイチェル殿、革命は成功しました。既に軌道エレベーターは封鎖完了、地球連邦は大慌てでしょうね」
コロニーアメリア、ひいては火星を中心とする通商連合、いわゆるコロニー連合の盟主としか言えなかったシャルロットが地球連邦に亡命したのは、タイミングとして千載一遇、待ちに待った好機が自ら流れ込んできた格好だった。
「斎藤卿、既に把握されていること、周知でしょう。それは褒章をせがむような振る舞いです、よくないですね」
流麗な青髪を後ろに流す、円卓の、レイチェルを覗けば紅一点、斎藤はせき込むだけであった。
その鮮烈な美貌はまさに女剣士、それからの一言に、レイチェルはノンタイムで返したのだった。
「連邦の軌道エレベーター支配は前座です。しかしこれにより、我らが蒼き地球を奪還するのも、時間の問題になったでしょう、皆様、これからもどうかよろしくお願いしますね」
その後、レイチェルが幾つかの演説らしいものを語り、革命後最初の会合はお開きとなった。
18人いる議席、主だったコロニーの議会の議長のみが、この”円卓会議”に参加できることになっている、の中でも、毛色の違う4人だけが、最後までレイチェルと一緒に円卓を囲んでいた、その一人が口を開く。
「先ほどは、褒章などと言われましたが、よもや、本当に褒美がないわけではないでしょう?レイチェル卿」
「もちろんですよ、分かっています」
レイチェルのあっけらかんとした答えに、逆に斎藤は罰が悪そうな顔になりつつも、その侍のような物腰までは動じず、一礼するだけであった。
まるで現代に蘇った侍のようだと、生まれ変わった世界の変貌ぶりに驚きつつも慣れた、”適応”しつつあるレイチェルにも新鮮に感じられる。
前世でもラストサムライ、ソードクロスと呼ばれた彼、転生により性別転換したようだが、変わらないなとレイチェルはその姿を思う。
前世において円卓の最後の生き残り、結果的にしんがりを務めた”総長”に言う。
「転生を果たした皆には、感謝している。私は貴方たちの”神”として、最後には約束の”褒美”を与えると約束しよう」
しかしと、レイチェルは思う、既に、この”4人”ならば、”察している”、そのようなニュアンスを込めて言う。
「だが、あのコロニーの議長共、反地球、反出生主義など、口だけの、俗物共と思わないか?」
彼女、彼らの望みは、人類の完全殲滅である、その為の”騎士団”であり、その為の円卓の血盟獅子である。
なのだが、彼らは人類を嫌悪しながらも、自分は、自分たちは例外であり、最終的には生き残ろうとするだろうと、レイチェルは思っている、いやこの場合は”確信”していると、言った方が正しいか。
「この席に列席した18人は信用できます、転生体であり、なによりも後継者です、魂の強度が違います。しかし4大コロニー以外の衛星以下、中小コロニーの連盟たち、その盟約議長たちは明らかに”その後”を見ていますよね。短期決戦に消極的、長期的な設備投資にも前向きです、おおかた戦争経済で潤った後に、さらなる外惑星探索の費用の足しにでもする、その魂胆が丸見えです。コロニーの楽勝ムードが少しでも傾けば、この方たちは「厭戦」を訴えます、今から梯子を外して、私たちと距離を置きたい、この情報の漏洩の容易さは、彼らのメッセージと見るべきでしょう」
レイチェルは立体ディスプレイで、巧妙に、しかしレイチェルの天才性を知る彼、彼女らの、隠匿の加減に呆れる。
その隠された資金ルートを提示しながら、他3人に説明する。
斎藤だけがうんうんと頷きながら、感心したような姿をみせただけだった。
「この銀河に、僅かでも人類が、”フォトンジャンプ”で、一度でも拡散すれば、我らの”悲願”、殲滅は気が遠くなるほどの遠く、難しく、その難易度も高くなるであろうな」
4人のうちの一人の男が呟くように言った。しかしソレは、よく通った。
陰気なようで暗い、重厚なバリトンとも、しかしソプラノ歌手のように通る声、不可思議に、聞くものが聞けば聞き惚れる美声である
「”フォトンジャンプ”は、絶対に完成しない、なのです」
レイチェルの疑似人格が内蔵されている球形機械が、コロコロと転がって発言するのを、レイチェル自身がスイッチ一つで止める、そのまま続ける。
「なぜなら、この世界で最も賢い私、サンジェルマン伯爵の姪でもある、このレイチェルが、全力で開発しても未だに届かない、暴けない、この大宇宙の神秘であり真理。
おそらく、この宇宙の支配者でもある、遠くを果てを見渡す観測者が、規制している、今はまだ、”その時”ではない、と」
「ほお、では、いつが”その時”だと言うのだ?」
「知らないよ。ただ言える事は、まずは人類を殲滅し、”その後”、だという話だろうか。
人類を殲滅しても、人類を創出しうる”神”を打倒しなければ。
その時には、神に抗う牙を、つまり”フォトンジャンプ”などの関連技術が、開発可能になるだろうと、私は考える」
レイチェルの言の葉を、まるで宇宙に流れる音符や楽譜のように、まるで見ていないと分かる。
この男は、底が知れない、前世でスナイプ・ヒロストとして、数多の戦場を共に渡ったが、真に心を通わしたと思うのは、一度や二度だけであったと、レイチェルは回想する。
まるで何もかも、とにかく、この男はとにかく信用できないのである、旧知の4人でも気が置けない筆頭である。
ただ、その暗い声も、性根も、なにもかも、レイチェルはこの男を真に信用できる点というのは、ただひたすら人類への飽くなき憎悪、その心意気にあるのだった。
「ミリアム、何をしている?」
「うーん、太腿をさわさわ、触っていた」
男らしい。らしいというのは、女にしか見えない優男、生物学的に証明されている。
しかし見た目は女、形も女、少なくともレイチェルが全力を出しても、女?っと疑問を抱けてしまうだけで、これは”異常”だ。
特殊な亜空間透視法によって、人間の体の一ミクロンの構造物ですら手に取るように”分かる”彼女だ。
股間の内容物まで見通せるが、それ以外の全てが”女”と判断する。
この歪な転生体は、一体何なのだろうかと、特別な因子の介入を予感せずにはいられないのだった。
「ブルー・アルフィー、お前の役目は何だ?」
前世での名を言って、初めてシックリきた、コイツはアイツで、目の前の姿は借りものなのだ、深く考えるのはよそうとレイチェルは判断する。
「人類殲滅!」「人類殲滅!」
返答をパクった、そのネタ元を追いかけると、必然、一人の男がサムズアップして、レイチェルを見ていた。
「なんですか、オスカー卿、構ってほしいのですか?」
さっきから、レイチェルの事を見ていた、色男、伊達男風味の、嫌な男を、レイチェルは軽蔑した目で見ている。
「いや、なんでも、ただレイチェルが俺の事を見ていたから、見返していただけだ」
コイツは本当に、とレイチェルは思う。
心意気もなにもかも認める、だが、一つだけ、その根底はレイチェルの、ただただ”ため”だけなのが偶に疵か、とレイチェルはいつも思う。
この男が人類を憎むのも何もかも、レイチェルが好きだから、と結論付けられてしまう。
土壇場で裏切るような事は”絶対”にないが、逆に言えば、自分が翻意すれば、確実に”変わって”しまう。
今のところ、レイチェルは人類殲滅を望んでいるが、だからこそ、自分が翻意してしまった場合の、この男のその部分が今は、今の時点では懸念要素。
根っからの策略家のつもりのレイチェルは、自分が翻意しても”人類殲滅”第一に完遂したいのである。
「そういう事で、明日から、地球に、”黄銅革命軍”を発起する事になった。
準備期間は24カ月から42カ月、月衛星軌道上からの奇襲作戦により、コロニー本艦隊の準備進行と時を同じくする。
知っての通り、今日の軌道エレベーターの奪取も、奇襲作戦も、必ず成功する。
懸念は、本艦隊が打撃を受け過ぎた場合の、艦隊決戦の予備兵力が不足する点だが」
この時代の遺伝子強化型人類は、未来予知が可能なのだった。
それは量子の不確定性原理のように、未来を予知した瞬間に、それが現実として結実する事に原理は似ている。
この場合、紛れもなく世界で一番賢いレイチェルが、ただ一つの未来を”予知”した時点で、事象は確定するのとイコールという事である。
「大丈夫でしょう、なにせ、我々4人が指揮をするのですから」
斎藤が自信満々に告げる。
それもそうである、地球外縁部に向かう、そのミッションを受け持つことを至上命題に掲げるコロニー連合である、それは勿論、地球に閉塞するような連中よりも練度も人材も豊富なのは言うまでもないのだ。
それに加えて、この4人、前世を含めれば人生を繰り返している分、圧倒的に優位な位置にいる。
「(と、少なくとも、斎藤卿は思っている、この人は”読み”易いから)」
腹の底が透けているのはオスカー、前世でワイルド・スピードとして求婚してきた馬鹿男も変わらない気もするが。
コイツは格が違う、ホンキを出せば全宇宙を振動させるほどの、時空振動系の剣の使い手というのは伊達ではないだろうとレイチェルは思っている。
レイチェルは、議長席から、コロニーアメリアの夜景を眺めつつ思う。
「(事象を読めると言っても、それは大筋だけ。そして、その大筋は、小筋のズレによって、未来においては段々と変わってしまう、ある意味で儚いもの)」
つまり端的に言って、艦隊戦の結果が完全には読めないのだ。
幾万の巨大宇宙艦船が交じり合う、超光速で飛来するビームやロケット、散弾の一つ一つ、これを読めない。
どれだけの被害を被るか、分からないのだ。
「案じるよりも、生むが易しだぞ、レイチェル君」
「ミヒャエル、余裕ですね、貴方のような人間には、およそ危惧も不安もないように見えますね」
レイチェルは純粋に思う。
スナイプ・ヒロスト、一番読めないのは、お前が裏切るかどうかなのだから、と。
仲間意識などよりも大事なものがあるのは、元よりレイチェルも同じ。
だがコイツだけは、違う、仲間こそ殺したい、そのような狂気が透けて見えているのだから。