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第一話-リディアという少女

 


 リディアは走っていた。


「はぁ、はぁ...」


 一日中、彼女はここ、新東京駅、その西口を中心にスラムを形成する町中を、掛け値なしに一日中走っていた。

 人間の一日の活動限界を睡眠除く16時間程度だとすると、彼女は既にここ一ヶ月は活動限界一杯に走っていた。


「はあ、はあ...どうぞ」


 彼女がなぜ、ここまで必死に走っているのか?の意味、それは彼女の手にあるパンである。

 不衛生なスラムでも少しは身綺麗な老婆が、リディアに感謝を述べるが、リディアは一礼して再び走り出す。

 そう次があるのだ、放っておけば餓死するような、国家に既に”捨てられた”市民がここには夥しく存在する。


 リディアは亜空間縮退式カートリッジ、特殊な技術、リディアと、もう一人の協力者の手による、西暦より実際はずっと進んだ現代ですら、かなりオーバーテクノロジーな代物の、見た目コンパクトバッグ程度の中には実は真空パックよりも遥かに保存に適した”真空間”が存在し、その見た目の保存容積より数万倍以上で存在する体積には、実はパンが、古今東西のパンというパンが保存されており、リディアの思考を自動で読みとり、次のパンが出番はまだかと蠢いているのだった。


 2040年、3年前の政変により、国民は階級を定められた。

 住む場所は完全に分けられ、下級市民は大きな壁に隔てられ、なかば隔離されたような場所で集団生活を余儀なくされた。

 上級市民は下級市民の暮らすエリアを気軽に行き来できるが、下級市民は特別なようがない限り外には出られなくなった。


 そしてなにより大きな問題が顕在化し、というより、その問題が顕在化する前に、これは講じられた策であった。

 急速なAIとロボット技術の発達と低価格化、その本格導入による下級市民の失業率の急上昇である。

 ただでさえ貧しい下級市民は困窮し、スラムとしか言えない場所が町のいたるところに発生したのであった。

 そこでは特に薬物が横行し人々を無気力に堕落させた。

 意外に思われるかもしれないが、目立った犯罪、暴力的な犯罪は皆無であった。

 おそらく、国家規模、あるいは都市規模で、不要な市民を排除しようとする勢力が麻薬を横流しているのだと、年端もいかない少女ですら予想できる。

 そうまさに町中を走り草の根的に恵まれない人を助けようと必死な少女リディアも、その一人であった。


「ただいま、レイチェル」


 学生会館の「奉仕部」と書かれたプレートの下げられた部屋、一般の教室の半分程度の場所がある。


 遮光カーテンで薄い電灯の明かりに照らされ、儚げな美貌で花を弄ぶ少女がいた。

 

「ええ、リディア、おかえり」


 彼女は手提げに大量の牛乳瓶を下げていた、そして同時に大量の花も。

 リディアがレイチェルを初めてみたとき、そういう怪しげな風俗営業かと疑ったが、少なくとも彼女の言ではレイチェルという少女は花を売り、同時に牛乳瓶を売り歩く、よく分からないことで生計をたてる人らしい。

 

「ねえ、レイチェル、どうにかならない?」


 リディアは疲れたように部屋の中央の席に座り、疲れたように机に突っ伏しながら語り掛ける相手を伺う。


「どうにもなりませんね」


 つれなく冷たく、事実でしかない言葉を投げかけられて、思わずリディアは泣きそうになって、その涙を気合で引っ込める。

 別にレイチェルが冷酷な人間でない事はリディアは知っている、ただまあ、色々と事情があって感情が希薄になっているだけなのだから。


「明日も行きます」


 部屋で一人、なにもせずに存在するレイチェルを、リディアは必ず一日一回は合う事にしていた。

 それが上級市民エリアから下級市民エリアを繋ぐ高速リニアを使っても無視できない時間を要するとしても。

 リディアにとってレイチェルの面倒をみる、たとえそれが難しい現状の今ですら、それは己の義務と心得ているのだった。


 次の日。

 リディアは学校に向かう電車(高速リニアのように一瞬で目的地に到着するモノでなく)用途的には日常を演出する、観光産業意図を多分に占めるもの、に揺られながらウツラウツラと船を漕いでいた。

 彼女は単位をほとんどオンライン授業でとっているのだが、今日は進路相談を担任と行う、いわゆる「義務」によって登校を余儀なくされたのだった。


「ぅぅ.」


 思わず呻く、大胆不敵に婦女子の尻を鷲掴みにする影が後ろに、白昼堂々、なんて不埒者かとリディアは驚いたのだ。

 咄嗟に手を捻り上げようと、軍事教練で鍛え上げた身のこなしで裏手を取ろうとした、しかし。


「うぐぅ」


 リディアの行動は全て裏目に出て、バンと扉の方に押し付けられる形になった。

 押しつけらる過程で相手の方から香水のような高香を感じた。


「(まさか女性だったとは...)」


 体臭も混じるそれでリディアは確信し、後々の為に顔を見ようと振り返った。


「ごきげんよう」


 呆気なく姿を晒す、その対手に、リディアは拍子抜けを覚えつつ、警戒度をグンと上げた。

 リディアが「得物」を抜くか抜かないかのタイミング、迷いを見透かすような間で、その”相手”は一歩引きさがった。


 豪奢な金色のようにも見える艶ある茶髪。

 それが結ばれもせず左右に広がることから分かる、彼女の余裕をリディアは察するように感じた。

 髪、それを背中に流しつつ大仰に相手は左右に翻し、揺らす、それはまるで広げているのがマントのようだと見るものに思わせる。


「アメリアの姫、なんのようですか?」


「誰の事かしら?まさか私のことじゃないでしょうね」


 先月の話である、コロニーアメリアから亡命者を名乗る一人の女性が地球連邦政府に保護された。

 その名もシャルロットという目の前の女、女性と名乗るには見た目が幼すぎる印象、テレビ画面では見抜けなかった、自分と同年齢だと向き合って初めて察知できる、欺瞞のスキルに相当するとリディアは感じる


 リディアは一瞬の内に推理を進める、彼女の脳内では今、大量の情報がフラッシュバックしていた。

 コロニーアメリアは、たった一人の女性アイドルに、なかば”制圧”されていた。

 いや実際には既に完全に支配されていた、のだが、行政上も事実上、支配されかけたのだ。

 目の前の女がコロニーの行政府の首長をやりたいと言えば、それが楽々叶う”前提”が存在していた。 


 彼女を直接見れば誰だって洗脳される、その歌とダンスに身振り手振り、そして”声”に。

 そのような総合芸術を画面越しでなく見たモノは、一瞬で彼女の”信者”になる。

 この人口1000億時代において誇張もなく、その名の通り紛れもなく、経国の姫君であり、特級の才能の所持者。


 そして、コロニーアメリアは、火星を中心とする、地球外縁部を目指す軍産複合体の企業群の最先遣の巨大拠点都市国家であり、その実権を握れる位置に、過去だとしても、彼女は居たのだから、この地球連合政府に亡命した今でも要警戒対象なのだ。


「(まあ、だからといって、”この彼女”を、政府なり、特定の集団が総出で掛かっても、どうにか抑え込めるとも思えないけど)」


 だからといって、いくら何でも、と思う。

 突然自分なんかに関わってくる動機が、あまり思い浮かばないリディアでもある。

 困惑というものを久しく真の意味で経験しない彼女は肩時でも我を忘れていた。


「ぅぅ」


 リディアは口元を抑えて、誤って甘美に悶えるのを防ぐ、胸も弄られたのだ。


「いいこと、私は”一般人”です、そして、ただの”痴漢”よ、こんな風にね」


 言いつつ、リディアは蛇に睨まれた蛙のように抵抗できなかった、口元を抑えて涙目で。

 そんな彼女を誰も責められないだろう、それだけアメリアの姫の放つプレッシャーも雰囲気も、なにもかも”格違い”だったのだから。


「ふー、ふー」


 鳴き声のような吐息を漏らし、たった数十秒が何十分にも感じられる時間の中で、リディアは自分がトラウマを植え付けられた、のだと”知る”。 

 そして、それがこの女性の常とう手段なのだと。

 計画の為に障害相手となる者に、このように”警告と牽制”をかける事で、より円滑に物事を進めるのだと。


「いいこと、私はいつでも貴方を”どうにでもできる”立ち位置にいるの、ゆめゆめ忘れないことね」


 タイミングを知っていたかのように、そう結び、電車が駅に着いた音と共にシャルロットがホームに降りる。

 当然リディアも降りる、そこが今日の目的地に続く最寄り駅だったから。


「なるほど、ここが奉仕部、面白そうなところじゃないの」


 それから、転校生のシャルロットが職員室で挨拶を済ませ、その間に手早く教師との面談を済ませたリディアの袖を掴み、ここまで案内させられた図である。


 ガタ、いつもクールに澄まし顔のレイチェルが立ち上がり、リディアを庇うように、シャルロットを睨みつける。


「あら、やっぱりいた。まあ一緒に居るとは思ってたけど、貴方もこんな下らない茶番に付きあうとはね、意外だわ」


「研究所では、一本取られました、いま、正々堂々、戦いますか?」


 レイチェルは何もない中空から、念じるだけで彼女の武器、細長い剣を取り出し、その小さな手に不釣り合いな印象を与えるソレを握り、そのままシャルロットに差し向けた。

 一触即発の事態に、リディアは慌てる。

 それはそうである、レイチェルもコロニーアメリアからの亡命者であり、そこの研究所、あの悪逆無道の狂気の研究者集団、スタンフォード研究所の成果であり、そこでシャルロットと一騎打ちで負けている過去があるのだから。


「待ってレイチェル」


「いや、待たない」


「いえ、待ってください!」


 リディアは、素早く念じて、レイチェルと同じように、己の身一つにはあり余る武器、リディアの体長はあろかという幅広の大剣、その古めかしいエンブレムを己が身で支えるかのように、背中側に剣の腹を当てて、”構えた”。


「いきます、彼女にはお尻を触られ、胸を触られました、仕返しがしたいです」


「ああ、そう」


 リディアの真意を誰も読めない中、二対一という状況にも一切動じず、武器を構えられている状況下で武器すら構えず余裕の表情のシャルロット。


「貴方たちは、ここで私を亡き者にでもしたいのかしら?」


「いいえ」


 リディアが答える、理性的な瞳に新緑の炎を燃やし、ただただ淡々に。


「貴方を拘束し、あらいざらい喋らせてあげます、どうせ酷い事を考えているのでしょうから」


「あらあら、酷い事、ね、まあ、そうなんだけど」


 その言葉の後、一瞬の内に状況が推移した。

 初めから武器を構えていた二人が動き、その不利をものともせず、シャルロットも武器をどこからともなく取り出し、切り結んだ。

 辺りにあった机や椅子のような構造物は一瞬の内に吹き飛び、粉みじんと化した、奉仕部に偶にくる猫は動物的本能で逃げていった。


 そして、そんな中、いつの間にか、シャルロットの傍に一人の少女、レイチェルと似たような、否、ほとんど同じような背格好の少女が、シャルロットを守るように武器を構えているのを、客観的に見る者がいたとしたら、突然の登場に驚くだろうか。


「リリー、来るのが遅いわよ」


「ごめんなさい、ここから教務員室は、光の速度でも”遅い”から」


 二対一でも有利とも、実は思っていなかった現状、リディア、そしてレイチェルは内心冷や汗を流した。

 この状況における”援軍”、それも、戦闘技能判定AA++級の人物の登場は、ほぼ”詰み”だと。


「面白いわね、機動兵器戦なら、そして、暗殺合戦なら、そして、陸上戦闘なら、、、。

 色々とあるのだけど、個人が立脚する場において、正真正銘の実力が真に試される場において、、」


 リディア、そしてレイチェルは、シャルロットの言葉から、その先の言葉、そして語られる結論まで推理した。

 つまり、これは協力要請だと。


 リディアは機動兵器戦、陸上戦闘が得意、この4人のパラメーターを評価し、考慮に入れても。

 そしてレイチェルは、機動兵器戦は大得意、陸上戦闘も目の前のシャルロットを覗けば世界一である。

 シャルロットは機動兵器戦は未知数だが、それほどでもないだろうと予測している。

 なぜなら、経歴的に、大コロニーの宮廷時代の暗殺者としての顔からして、純粋に実戦経験、機動兵器の純粋な搭乗時間などにおいて、生まれた時から戦ってきた二人より上とは、到底思えないから。


 リリーは暗殺者としては、”生まれた時から”それだけを求められていた、訓練されていた、伝説の暗殺者である。

 ちなみに、レイチェルは才覚・才能においては飛びぬけている印象がある。

 上記の才覚を均等に併せ持ち、加えて類まれな研究者としての顔がある、もちろん、シャルロットも似たように”アイドル”としての顔を持つのだが、、、。


「受けます、、、貴方が何を考えているのか、およそ知れませんが、私たちは貴方に協力します」


 リディアが答える、この女性の恐ろしさは知っている。

 協力しなければ、洗脳されるか、洗脳が無理なら、殺される。

 そして、表面上従う相手に甘いというのも、”知って”いた。

 特に面識が深いわけじゃないが、リディアは短い間に相手のパーソナリティーを完全に把握できていた、おそらく隠すつもりがないのだろうという事も。

 そう、この女性が根っからの性悪者であり、面従腹背の屈辱を楽しむ悪女だという事を。


「よくできました、では、地球連合とコロニー連合を均衡させる、私の計画に従いなさい」


 今日この日、大いなる密約が交わされた。

 そして部長不在の事実上の部長であったリディアは解任され、シャルロットが名実ともに奉仕部の部長に就任した日でもあった。


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