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空腹

ご覧いただきましてありがとうございます。書いたりするのは初めてですが、誰かに楽しんで頂けたらうれしいです。

 「リジェネ。」

 今までずっと黙って歩いていたのだが、暫くしてなんの脈略もなく声をかけられた。

 「はい。」

 返事をすると、彼女はやや迷うような雰囲気で口を開く。

 「本当にCランク?」

 「本当です。」

 反応からしてDランクに思われているのだろう。

 「大技を使わないのは、敵が複数匹居て隙を見せると危なそうだったからですよ。」

 「私が後ろに居たのに?」

 「それは…すみません。いつも一人なので、お姉さんが頭に入ってませんでした。」

 そう言うと、彼女は納得したような相槌を打つ。

 「でもやっぱり、威力は控えめよね。」

 「それは…まあ、そうですね。」

 ピュアアタッカーと比べられると、火力面ではどうしても一歩劣る。先程の〈半月斬り〉なんかは、威力が分散するために火力不足が顕著だ。魔物によっては2撃で足りるか足りないか、みたいな状況になるだろう。2撃と3撃の間には大きな差がある。

 「体捌きは上手よ。ちゃんと考えてスキルを使うのもいいことね。」

 まるで先生のように上から目線で評価されて、この人はAランク冒険者なのだと、今更のように思い出した。

 「先生、質問です。」

 「どうしたの?」

 「俺は割と何でもできるんですが、先生みたいな純粋な剣士と組む場合は何ををすればいいですか?」

 「本当に何でも出来るなら、魔法で援護して欲しいわ。敵の体勢を崩すなりして隙を作ってくれれば、消耗せずに敵を倒せるもの。」

 「…なるほど、分かりました。」

 「できるの?」

 「わかりません。でも、トライするだけならタダなので。」

 「そう、ね。私もいるものね。」

 なんとも言えない雰囲気のフィオネにリジェネは違和感を覚えたものの、そんな深入りするような間柄でもない。詮索をすっぱりと止め、援護という立ち位置について思考を巡らせた。

 そんなこんなで、かなりの長い時間を歩いた。リジェネはフィオネの疲労を心配していたが彼女は疲れた雰囲気もなく、ただ淡々と歩いていた。

 ふと、リジェネが口を開く。

 「腹減りましたね。」

 「やめて。意識しないようにしてたのに。」

 本当に嫌そう夏越えで彼女は言った。

 続いて、胃が空腹を訴える。

 「別にいいじゃないですか。いつ何処で腹を空かせようが、何を食おうが、人の勝手でしょ。」

 夜は特に腹が減るしなぁ、とリジェネは回想する。正確かは知り得ないが、この世界の1日が24時間だとして、日没が大体午後の6時だとすると、月の位置からして現在時刻は午前3時前後だろう。9時間も何も食べていないのだから、腹も減るというものだ。

 「問題は食べるものが無い事よ。」

 「え、持ってないんですか?」

 拍子抜け、とばかりに聞き返すと、フィオネはイラッとしたような口調で言い返す。

 「リジェネの分のことよ。そもそも私だってこんな旅程で来るつもりじゃ無かったんだから、最小限しか持ってない。無駄に消費するべきではないわ。」

 「…。」

 リジェネは沈黙を返した。

 彼女の気遣いというかお節介は現在進行系で味わっている筈なのに、自分がそんな事を他人にしないから察することが出来ない。しかし、それはまた彼女も同じ。こちらはこの旅程で来ることを想定しているのだから、手ぶらに見えても対策はするというものだ。

 しかし、ただ誘うのも面白くない。

 リジェネは悪い笑みを浮かべ、しかしそれを悟られないように隠しつつ口を開いた。

 「まあ、分かりましたよ。変なこと言ってすみません。それより、少し疲れたので休憩しませんか?」

 「えぇ?いいけど…。」

 その声に『不承不承』といった雰囲気が混ざっているのは、立ち止まって空腹を意識したくないからだろう。

 「すみません。」

 そう言って森に入るリジェネに、フィオネは言う。

 「あまり遠くに行かないでね。」

 彼はその警告には片腕を挙げて応じた。

 それを見送って、彼女は腰を落ち着ける。この辺りは魔物の出没する危険地帯を通り過ぎた場所だ。故に絶対安全とは言えないが、あまり強い魔物は居ない。Aランク冒険者の〈威嚇〉スキルがあれば、まず襲われることはないだろう。

 それを分かってのタイミングで休憩を提案したのだろうが、ある意味タイミングが悪過ぎる。空腹を意識した状態で休憩なんて、効果半減だ。

 「はぁ…。」

 フィオネはため息をついて焚き火を作る。

 その辺りに落ちている枝を組んで、初級の炎魔法で火を点ければ焚き火は簡単に出来上がった。

 しかし、本当に虚しい。こんなに腰を据えて焚き火をするくらいならいっそ、弱い獣を狩って食べるか。恐らく綺麗には捕まえられないだろうが、それはご愛嬌。リジェネが文句を言ったら、本人にやらせよう。

 そう決めて帰りを待っていると、間もなく彼が戻ってきた。

 「随分と遅かったわね?」

 変なことを言ったら殺そ、と決めながら言うと、彼は何も答えなかった。

 張り合いの無さに落胆しながら振り向くと、彼は何かを持っている。

 持ち方的には鍋だった。

 いや、そんなわけ無い。私も空腹で頭が…?なんて考えていると、彼は焚き火の上にそれを置いた。本当に鍋だった。

 「どうしたの、これ?」

 「そこに落ちてました。」

 信じられずにリジェネの顔を見るが、彼は真顔だった。

 「都合良く脚付きの鍋が?」

 「誰かが置いてったんじゃないですか?」

 相変わらず、彼は真顔で答える。そう言われると、有りえない話ではない気がしてきた。

 「まあいいわ。丁度いいし。あのね、少し考えたんだけどやっぱり兎か何かでも探して…」

 「おぉ、いい感じですね。」

 フィオネの言葉はリジェネに遮られた。というのも、彼が鍋を弄ったのだ。

 蓋がしてあったので分からなかったが…というか、そもそも想像すらしなかったが、中身があるらしい。暗闇に目が慣れているせいで良く見えないが。

 「ちょ、ちょっと待って!?中身があるの…?」

 「あ、運良くあったみたいですね。このまま頂いちゃいましょう!」

 「え、ちょっと…。えぇ…。」

 リジェネには、いつ誰が何故放置したのかもわからない鍋を食べる抵抗感は無いらしい。ウキウキで鍋の面倒を見ている。

 暫く待つと、グツグツ煮えてきた。心無しか美味しそうな匂いもする。

 「もうそろそろ良さそうですね。」

 え、食べるの?放置されていたその鍋を?と、ガチ困惑しているフィオネを差置いて、彼は鍋の蓋を開けた。

 途端に美味しそうな匂いが周囲に広がる。放置されたものだと思わなければ、本当に美味しそうだ。いや、放置されたものだと知っていても、揺らぐくらいには…。

 「ちょっと待って。」

 その静止に、リジェネは満面の笑みで答える。

 「そうですよね!食器がないと食べられませんよね!」

 そう言うと、彼はどこからともなく器とスプーンを取り出して、手渡してきた。それも置いてあったのだろうか。

 思わず受け取ってしまってから、指摘し直そうと口を開く。

 「いや、だから…」

 しかし彼は言葉を遮るように口を開いた。

 「あぁ、忘れてました。お姉さんグルメですね。」

 そう言うと彼は目の前で、『虚空から』パンを取り出してみせた。

 「やっぱり、鍋とはいえ主食がないと、物足りませんよね?」

 フィオネは困惑のあまり、渡された食器を落とした。

 彼女の目に映るのは、堪えきれずに口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた、年下の少年の顔だけだった。



 リジェネの性格の悪さが滲み出る種明かしの後、彼を殴らなかったフィオネさんの器の広さといったらない。

 「やだなぁ、お姉さん。落とさないで下さいよ。食器、汚れちゃうじゃないですか。」

 などとのたまったリジェネに対し、

 「食後に一発で勘弁してあげるわ。」

 と、彼の持つ食器をひったくるだけで済ませたのだ。

 「お姉さん、それで掬うつもりですか?」

 と猫撫で声で言うリジェネにお椀を投げつけ、彼がよそって器を渡すとそれをひったくって睨みつけた。

 それはさておき、いそいそとキャンプセットでありそうな小さな机を取り出したリジェネは、それをフィオネのそばに置くと、その上にパンを一つ乗せた皿を置いた。

 そして自分はテキトーによそってその辺に腰掛け、食べ始める。

 なんの偶然か、兎肉を使ったスープである。

 肉の風味が出てて旨い。というか、こんなに空腹ならどんな料理でも旨く感じるだろう。

 顔を上げると何かを訴えるような目をしたAランク冒険者が居たのでおかわりをよそい、自分も食べる。

 いやガチで美味い。塩や香草、乾燥させた塩漬け肉の欠片に兎の脂で味付けして、あとは具材を放り込んだだけだが、きちんとバランスの良い味になっている。香辛料や化学調味料ほどパンチのある味わいは無いものの、脂の香りや具材の味がしっかり感じられる。

 パンは街で買ってきたものだが、この妙に硬い黒パンも良い。硬いが小麦の風味が強くて、スープとは合う気がする。

 こういった幸せがあるから、普通に料理を練習したのだ。基礎さえ学んでしまえばすることは野外だろうがなんだろうが変わらないし、その成果物も同様だ。

 食べ終えて前を見ると、フィオネがスープを飲んで落ち着いていた。表情がだいぶ和らいでいる。

 それを見ていて、ふと食事の時間が一番奇襲されやすいという話を思い出した。

 とはいえ彼女はAランク冒険者。おそらく今も心の何処は気を張っているのだろう。そしてそれは自分も同じ。彼女の〈威嚇〉と、自分の索敵スキルがあるからこそ、このような状態になっているのだ。

 ふと目があった。

 じっと見つめ合うこと数秒、リジェネはなんとなく気まずくて目を逸らす。目をやったのは空っぽの鍋だった。

 「美味しかった。」

 思いもよらない事を言われて、少し驚く。

 「それはなによりです。」

 視線を戻すと、彼女はニコッと自然な笑顔を浮かべた。

 別に彼女の今までの笑顔が嘘だったと思う訳では無いが、たった今だけは自分が人を笑顔にできた気がした。

 今まで人と大した関わりを持ってこなかった。この世界にあって、ずっと一人だった。一人で居られるようになっていった。故にいつしか一人が楽だと妄信していたかもしれない。自分のしたことで人が笑ってくれるだけで、こんなにも嬉しいのだから。

 「そう言ってもらえて、良かった。」

 リジェネが素直にそう言うと、お姉さんは優しく微笑んだ。


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