第4話
す……。
次の瞬間、スカートにスリットの入った独特な黄色い服――いわゆるチャイナ服に近い――を着た女格闘家の姿が、視界から消えた。またイアンナが、姿が透明になる【空】の付与術を使ったのかとも思えるが……そうではないことはすぐに分かった。
さっきまで格闘家がいた場所と、そこから10メートルほど離れていた勇者ウィリアとの間を、突風が吹き抜ける。すると、瞬きをするほどのあっという間に、ウィリアのすぐ眼の前にその格闘家が現れた。それは対象の動きを速める【風】の付与術の効果だった。
「おわわわーっ!」
さっきまでのおやつタイムで広げていたケーキたちが風で舞い上がるなか、ウィリアは持ち前の反射神経で、かたわらに置いていた大剣を慌てて手に取る。そして、その幅広の刃を盾にするように、至近距離に現れた格闘家の前に突き出した。しかし……、
「七曜拳……突っ!」
格闘家はひるむことなく、ウィリアの剣の刃に向けて自分の拳を突き出す。
「えーっ、痛そーっ⁉」
普通に考えて、金属の剣に素手の拳が当たって無事でいられるはずがない。ウィリアが思わずそんな声をあげてしまったのも無理はない。
実際に、そのときも無事ではなかったのだ……ウィリアの剣のほうが。
バラバラバラバラ……。
格闘家の正拳突きを受け止めた剣の刃は、まるで枯れ木の板か、乾いた土壁のように、あっけなく崩れ落ちてしまった。
「うっそーっ⁉ これ、割といいやつなのにーっ!」
「割といいやつ」どころか、魔王戦を控えたパーティのメイン武器としてふさわしいくらいに強力で、単純な攻撃力でいえば最強クラスの両手持ちの大剣を、あっさりと破壊してしまった格闘家。続く第二撃として、ウィリアの本体に直接攻撃しようとする。
ボンッ!
次の瞬間、アレサが飛ばした火球の魔法が、その格闘家の頭にクリーンヒットした。
「ウィリア、大丈夫っ⁉ 今のうちに……!」
流石に、モンスターたちとは違って人間相手には手加減もしているようだが……それでも相当の威力だ。とりあえずその火球の勢いで格闘家を吹き飛ばして、ウィリアを守ろうと思ったのだ。
しかし、それもうまくいかない。
「七曜拳……槌!」
アレサの魔法が直撃したはずの格闘家は、全く動じることはなかった。火球の爆風の中から無傷で飛び出してくると、【風】の付与術で加速した超高速の肘打ちを繰り出していた。
「きゃっ⁉」
これまで幾多の修羅場をくぐり抜けてきただけあって、ウィリアはぎりぎりのところで自分の腕でその攻撃をガードする。しかし、格闘家の勢いはそれくらいでは止まらず、結局ウィリアのほうが後方にふっとばされてしまうことになった。
武器破壊やウィリアを吹き飛ばした攻撃力は、その格闘家の日頃の鍛錬の成果による実力だろう。しかし……アレサの魔法が効かなかったことについては、それでは説明がつかない。それはあきらかに、「どんなダメージでも一回だけ無効化する」という効果を持つ、【盾】の付与術によるものだった。
「ウィリアっ⁉」
吹き飛ばされたウィリアを心配して、声を上げるアレサ。しかし、そこで背後に気配を感じて振り返る。
「はっ⁉」
「あなたの相手は私です」
そこには、やはり【風】の付与術による高速移動ですぐ近くまできていた、二位パーティリーダーの女剣士がいた。
実はこの世界では、「剣士」という職はとても広い意味を持っている。棒状の武器をメインに使用する冒険者はだいたい剣士として扱われるため、片手剣、両手剣、三日月刀やナイフは当然として、槍使いや棍棒使いでさえも剣士と呼ばれている。
だから、着流しのような独特の青い服装に、反りのある細長い刀を持った二位パーティリーダーのそのサムライ少女も、この世界では剣士ということになるのだ。
しかし……、
「最初から、全力でいかせていただきます」
そのサムライ少女はそうつぶやくと、自分が持っていた刀を遠くに投げ捨ててしまった。
「刀はいつか壊れてしまう。刀が刀である限り、限界がある。……だから私は刀を不帯刀。不在ならば、不壊金剛。不撓不屈から、不敵。それが、私の到達した刀の極意……」
姿勢を低くして、何もないはずの自分の腰あたりに手を添えた彼女の態勢はまるで、普通のサムライが帯刀した状態から刀を抜いて切りつける、居合抜きという技を出すときのようだ。
「……?」
しかしアレサには、やはり今の彼女が武器なんて何も持っていないようにしか見えず…………いや。
「え……」
確かに、そのサムライは今、何も持っていない。彼女の手の内には、刀どころか小型ナイフさえない。
しかし同時にそこには、確かに刀があると思えるだけの存在感があった。実物はないのに、無いわけがないと思い込ませるだけの説得力……凄みがあったのだ。
やがてサムライは、「実在しない鞘」に差されているその「実在しない刀」を持つ手に、力を込める。そして、
「受けてください、これが私の編み出した剣術! 名付けて不刀流……奥義・不知黄泉比刀ですっ!」
と、目にも止まらないスピードで引き抜いた。
「っ!」
ただならない危険を察知して、即座に自分に対して【盾】の付与術を使用するアレサ――戦闘前にあらかじめ対象に不完全な印を描いておいて、戦闘中に簡単な魔法を使ってそれを完成させて即座に効果を発揮するというのは、一般的な付与術の使用法だ。
次の瞬間。
アレサの胴体に、金属の尖った部分が肌の上を這うような、ヒンヤリとした嫌な感覚があった。
「ぅ……」
彼女の魔導士ローブの胸のあたりに、定規で引いた直線のような血がにじむ。
アレサの付与術は有効に機能したので、その血は皮膚の表面が切れたというだけ。さっきのサムライ少女の攻撃は、アレサにほとんどダメージらしいダメージを与えることは出来なかった。
だが、本来ならそんなかすかな血さえ流れないくらいに完全に無効化するのが【盾】の付与術のはずだ。それなのに、その無敵ともいえるシールドの防御力をほんのわずかでも通り越してしまった。それほどに、さっきのサムライの攻撃力がとんでもないものだったということだ。もしも【盾】を起動していなければ、アレサの体が滲んだ血の線の位置で二分割されていたことは明らかだった。
「普通の相手ならば、格闘家とわたしの初手で壊滅状態になるはずなのですが……さすがは、一位パーティですね? ただ、それでも私たちのことを相当手強いと感じたのではないでしょうか? それはすべて、あなたがクビにした仲間……イアンナの付与術の力ですよ!」
アレサの無事な姿に、感心している様子のサムライ。ついた血を払い落とすように「実在しない刀」を何度か振り、それをまた「実在しない鞘」に収める。
「に、二位の割には、まあまあやるみたいね? ほ、褒めてあげるわ」
アレサもそれに応えるが……こちらは、かなり強がりが入っているようだ。しかし、今の状況を冷静に考えれば、それは無理もないことだった。
先程の格闘家も、眼の前のサムライも、もともとが相当な実力者であることは間違いない。更に今はそれに加えて、元仲間の付与術師イアンナによるサポートがある。それが、彼女たちの力をさらに強力なものへと変えていたのだ。
格闘家には速度アップの【風】とダメージ無効の【盾】。サムライにも【風】と【盾】は当然として、さらに、さっきの常識破りの居合抜きを考慮すると、おそらく攻撃力アップの【矛】も付与されているだろう。前衛だけでも既に、神話級と言える五つの付与術が使われている。
更には、それだけではなく……。
「……。……。……」
後衛では、さっき煽ってきた女魔導士が、何かの長い呪文を詠唱している。彼女にはおそらく魔力強化の【心】が付与されているだろうから、もうすぐ、とんでもない魔法がやってくることは想像に難くない。
しかも、その隣では……。
「今日は、私たちの戦いに来てくれて、ホントにありがとおー! 最後まで、楽しんでいってねー!」
一人だけ、可愛らしい仕草で歌ったり踊ったりしているだけのような、女僧侶もいるが……。
いや。彼女も、ただ遊んでいるわけではない。
実は、【風】や【矛】などの身体能力を強化するタイプの付与術は、かけられた人間にとっては激しい負担となる。その人物が達人であればあるほど、強化によって加わる負荷が大きくて、自分自身に大きなダメージを受けてしまう。そして、そういった自分の行動に起因する体内部へのダメージは、【盾】では無効化できないのだ。
だからその僧侶は、格闘家やサムライが受けているはずのその内部ダメージを、ダンスを踊りながら神聖魔法を使って回復していたのだ。彼女のおかげで、前衛の二人は付与術のデメリットを一切気にせずに、そのメリットだけを享受することが出来ているわけだ。遠距離から、複数の動く対象に対してピンポイントに神聖魔法が使える彼女も、やはり達人クラスの僧侶と言えるだろう。
「まずは自己紹介しまーす。はーい。ピンク色担当のナンナちゃんでーす。みんなー、『かわいいナンナちゃん』って呼んでくださーい。はい、せーのっ……?」
もちろん。
別に、歌ったり踊ったりせずに大人しく回復をすることも、できるはずなのだが……。