疲労困憊、社畜、困惑
2019年12月22日 22:15
いい加減この仕事を辞めたい。
なんなんだ軽い仕事だと振られた内容はデスマ必死の過酷案件で人員もいないくせして上は呑気に飲み会開催するだとかで段取りは全部俺に振ってきやがる。
泣きたい。
電車に揺られながら俺は20日ぶりに我が家へ帰宅している。
晴れて大きな仕事を終えた俺の中には達成感など微塵もなく上司たちに対する愚痴で溢れていた。
電車が停車した。
最寄り駅についたようだ、重い体を起こし下車する。
そうしたら冷たい冷気が体を即座に覆う。身を震わせ少ししてから改札へと歩き出した。
冬の寒さが重い瞼と体に喝を入れてくれたと考えながら、ふと思いつく。
(ご褒美にスイーツでも買おう)
駅前にあるお気に入りのスイーツ店に向かう。改札を少し早くなった足で抜けていく。先ほどまでの気分もこれから食べる芳醇な甘さを想像したら吹き飛びそうだ。
しかし
「閉店…」
店の電気は消え、ありがとうございましたの張り紙だけが侘しく残ってしまっていた。
店の中を数秒と眺め寂さと向き合う。けれどもすぐさま会社への怒りも沸々と湧き上がってしまう。
内心、若干理不尽な怒りだとは認識はしているものの怒りは込み上げてくる。
「あの会社入っていい事なんもねえのな」
電車に揺られていた時の気分に逆戻りだ。
しかし気分は気分。内心でいくら感情を燃やしたって現状は変わらない。大人になって悲しいほどわかってしまった真実の一つだ。
「いいや…、帰って寝よ」
諦めの境地にいたり、再び帰路につく。
そうしてゆっくりと歩くこと10分、アパートが見えてきた。
古めかしい雰囲気のアパートであった。
「ほぼ一月ぶりだからか感慨深いのかな?、なんか不思議な感じだ。」
そうして中央の階段に向かい自身の2階の部屋へと向かおうとするが、パンパンに詰まった自身の部屋の郵便受けを目にする。
視線をしっかりと郵便受けに向けると、ガスや電気などの公共料金に関する封筒や仕送りか何かで送られてきた小包などもある。チラシは言わずもがながだ。
「やばいな溜めすぎた、持ってあがれる分は持ってあがらないとな。」
そうして郵便受けを開けると内圧がかかっていたのか雪崩のように郵便物が落ちてしまった。
「うぅわぁ~、最悪だ。仕事明けにこう何度も不幸が重なるのやめてほしいな。」
そうしてチラシなどを拾い集めていたら小包と一つの色鮮やかな写真が目に止まった。
近くにあった小包を先に拾い上げる。
「なんだこれ?宛名も住所もなんも書いてないじゃん。中身も結構軽いし」
そうして小包を開け中身を確認すると
「カメラ?、しかもインスタントカメラじゃん。なんでこんなとこに」
中身を取り出し見たらインスタントカメラだった。
ごく普通のインスタントカメラのようでこれといった特徴のあるカメラでもなかった。
けれど、なぜか数瞬の間だが俺は眺めてしまっていた。
カメラを小包に戻し、小包を抱えたまま先ほど気になった写真を手に取ろうとし、俺は写真に触れた。
そこで俺は意識を手放してしまった。
しかし、写真の風景だけは明瞭に記憶していた。色鮮やかな木漏れ日の中佇む一つの祠に『』が置かれている写真だった。
〜〜〜〜〜
体が暑い。日差しに晒されているようだ。
酩酊感のようなものに晒されながらぼんやりと思考をしようとする。
そうしたら頬を叩かれた。そのおかげで意識がはっきりとしたのか目を開ける。その瞬間夏の日差しが目に差してきて思わず手で顔を覆った。急な出来事にまた頭が混乱する。
「オメェ、くたびれたスーツ着て現場で寝やがって死にたいのか?、まずなんでここにいやがる」
声をかけられた、頬を叩いた人物であろうと顔を見上げた。作業服にヘルメットを着けたヤクザのような顔の人がドスの効いた声で話しかけてきていた。
とりあえず首を振るとどこか知っているような雰囲気は感じるが自身が全く知らない場所だった。しかも自身の今いる場所は何かの工事現場のようで土の上で寝転がっていたようだ。更に頭が混乱する。
(どういうことだ、何があったんだ。とりあえず何をしていたか思い出せ。)
(まず、場所だ。昨日?今日?家に帰ったはずだろ、そして郵便受けから落ちたカメラを持ったまま写真に触れて…)
(そうだ写真!、写真は今どこにある!)
俺の手には少しシワのついてしまった写真があったが、何か違う。
「色がない?白黒になってるじゃん」
写真の鮮やかな色は失われて白黒の状態へと変化していた。
そうして写真の変化に疑問を抱いてしまったが、突如げんこつが自身の頭に飛んでくる。
あまりの痛さに手で頭を押さえた。
「人様の事無視して写真の心配しやがって、質問に答えやがれってんだ」
「へっあぁ?、あぁ!、すいません自分も何がなんだかわからなくて」
「あん?、オメェ酒の飲み過ぎで酔って寝ちまったとかじゃねえんだろうな」
「いやお酒は飲んだ記憶一切ないんですけど、なぜかここにいるって感じなんです。ちなみに今日の日付っていくつになるんでしょうか?」
「そりゃ7月の21日だろ、それよりととっと出てってくれ仕事が進まねんだよ。こちとら警察呼んで時間取られたくないんだよ!」
脇から掴み上げられて立ち上がらせられ、扉へと引っ張られる。
「へっ?、7月21日?ですか?」
「うんなことどうでもいいんだよ、早く出てけ」
そうして現場の外へ押し出され、地面に倒れ込んでしまう。
あまりにおかしい。現場のおじさんの言う通りなら今は夏ということになる。けれど今の季節は冬のはずだ。けれどスーツの下に着込んでいた防寒着がさっきから暑くて仕方がなかった。明らかに冬ではないと否応がなく理解させられてしまう。
そしてふと下から上を向いてみた。
目を見開いてしまった。
眼前に広がるのは自身の住んでいた日本の風景ではなかった。
しかし教科書やテレビで見たことのある昔の日本の風景のようだった。
「なんなんだよ、冬で夜だったはずだろ。なんで夏で昼なんだよ。しかも街並みも古めかしいしどうなっちまったんだよ!」
足元に風が吹き一枚の新聞紙が纏わりつく。
新聞と気づきすぐに手に取って見出しを見る
『モスクワオリンピック!ボイコット問題!』大きくそう書いてあった。
東京オリンピックではなくモスクワオリンピック。そして日付は
1980年7月21日 だった。
「多分タイムスリップしてる…。しかも連勤明けで…。」
社畜の長い時間を跨ぐ物語の始まりである。