Part 2. Flowers in Mind (プロット)
あらすじ
新人ユニット Ars Nova への楽曲提供を機にトランスの制作に力を注ぐようになった真と文彦は、彼女たちとの交流を通じ、互いを想う気持ちに変化が生じる。年末、文彦への愛を告白した真は、その想いを込めて初のライブ配信で演奏する。それが反響を呼び、ToS は一夜にして世界的なアーティストとなる。
1. Cherry Blossoms
メジャーレーベル Galaxies の新人発掘イベント Star Children に合格した瀬川葵、立花柚葉、小原菫は、2037年4月、ボーカル3人によるトランスのユニット Ars Nova を結成する。プロデューサーの畑中芳貴は、初回の打合せで楽曲提供を ToS に依頼したことを告げ、ToS のファンだった葵は興奮する。
ToS との顔合わせとレコーディングの見学のため Soundscape 社のラボを訪れた3人は、ToS のメンバーが自分たちと同じ高校生だと知り驚く。さらに3人は、真が即興で演奏した曲 “New World” を聴き、衝撃を受ける。葵は目の前を覆っていたものが剥がれ落ち、日常の景色が新しく生まれ変わるのを感じた。「力に溢れ、希望に満ちた新しい世界。それはどこか遠くではなく、いつもすぐそばにある。音楽はそれに気づかせてくれる」。オーディションに合格し、その後の目標を見失っていた葵は、このことを伝えるのが自分の使命だと直感する。
2. Dream
2037年5月、「Ars Nova のメンバーと遊びに行きたい」という真の願いで、真と文彦、そして Ars Nova の3人は、ゴールデンウィークを利用して遊園地に行くことになった。ひとしきり遊んだ後、すっかり馴染んだ5人は、夕暮れのカフェテラスに座り、これまでのこと、これからのことを語り合った。
幼い頃に両親が別れ、一緒に暮らす母親が苦労する姿を見てきた葵は「早く自立して母親を助けたい」と願うようになる。容姿に優れ、歌も上手だった葵は、芸能界にチャンスを見出そうと、バイトをしながらレッスンに通うようになる。同じ高校の同級生だった柚葉は、そんな葵に尊敬と憧れを抱き、2人で芸能界をめざすようになる。その2人の夢が叶ったのが、Star Children のオーディション合格だった。
葵と柚葉が話し終わると、真は Prism を手に取り、おもむろに即興演奏を始める。花のように輝く Ars Nova の 3人の姿を音楽で写し取ったその曲は、後に “Flowers” というタイトルで Ars Nova の代表曲となる。
3. Hydrangea
2037年6月、“New World” と “Flowers” のレコーディング準備が進む中、Ars Nova の 1st アルバム制作に向けて、真と文彦は3人のソロ曲の制作を始める。菫の曲を作るために今の気持ちを聞こうと、2人は菫の実家の喫茶店を訪れる。そこで迷いながら菫が切り出したのは「このまま Ars Nova にいてもいいのか」という悩みだった。どうしても一緒にと、友人に誘われて応募した Star Children のオーディションで、菫は自分だけ受かってしまう。葵や柚葉のように強い動機もなく、大勢の人の前で歌う自信もない。一方、ToS の曲を3人で一緒に歌いたいという気持ちも募っていた。
そんな菫に、真は Prism で即興演奏を聴かせる。菫の様々な気持ちが一つ一つ音になり、色とりどりの小さな花となって雨に濡れる。「まるで紫陽花みたい」と菫は思った。演奏の後、真は言う。「無理に答えを探そうとしなくていいの。どれが正解で、どれが間違いなんてない。全部、菫の本当の気持ちなんだから。私たちを信じて。きっとみんな、菫の気持ちを分かってくれる」
4. Jewels
2037年7月、Ars Nova の3人はレコーディングのため Soundscape 社のラボを訪れ、真と文彦、そして同じくレコーディングで訪れていた琴実と会う。そこで菫は自分の悩みを打ち明ける。葵は、はっきりとした口調で「私は菫と一緒に歌いたい。菫なら絶対に大丈夫」と答え、柚葉も頷く。
真は「菫に歌ってほしい曲がある」と言い、続けて琴実が言う。「私も1年前は菫と同じだった。でも、この曲に出会って変われたの。だから、菫にも歌ってほしい」。真が披露したのは、真が琴実に贈った曲 “Vessel” のボーカルトランスバージョンだった。溢れるほどの宝石で満たされた器のように、その曲は輝きに満ち、喜びに溢れていた。「その宝石はあなたの心の中だけにある。だから、あなたにしか表現できない。菫はもう知っているはず。それが菫が歌う意味だって」。これが真から菫へのメッセージだった。
5. Memory
夏休みに入り、アルバムのレコーディングは急ピッチで進む。8月初旬にはエンディング曲 “Belief” の収録が終わり、レコーディングが完了する。その打ち上げに、真と文彦と琴実、そして Ars Nova の3人は海に遊びに行くことになった。1年前の9月に、真と文彦が2人で歩いた思い出の海だった。
渚ではしゃぐ他の4人の姿を眺めながら、真と文彦はパラソルの下でこれまでのことを話していた。 文彦は、高校に入学して初めて会ったときに真に一目惚れしたこと、今でも変わらず真のことが好きなこと、プロからも高く評価されている真を尊敬していること、そんな真をブレイバーの技術で支えられることを誇りに思っていることなどを伝え、「これからも、真が必要とする限り側で支えていきたい」と話す。真は答える。「1年前、ここで私が言ったこと、覚えてる? 文彦がいなかったら、私きっとなにも出来なかった。今だってそう。だから、ずっと一緒にいてほしい」。文彦は頷き、そうすると約束する。
6. Liar
文彦の父、俊彦の助力により、Sprite は基盤 AI から大幅な設計の見直しが行われ、2037年8月中旬、新しい試作機が完成する。真の他に、楽曲提供の見返りとして Ars Nova の3人がテスターとなり、試作機のテストが行われる。そこで菫は、真以外で初めて演奏者として高い適合率を見せる。残りの夏休みを使って、文彦は菫に付きっきりでデータ収集を手伝う。その成果もあって、一気にマニピュレーターの自動化の研究が進む。
2037年9月、新型の Sprite に AI 化したマニピュレーターが組み込まれ、真と菫によりテストが行われる。2人ともリアルタイムオーケストレーションの演奏に成功し、ラボは沸き立つ。これを受けて、本格的に製品版の Sprite と Prism の開発が始まる。引き続き、真と菫はテスターとして開発に協力するが、文彦は経験の浅い菫の方に時間を取られるようになる。真は文彦が自分との約束を忘れたのではないかと思い悩む。そんな中、真は菫が文彦と話しているところを立ち聞きしてしまう。「相談があるので、真には内緒で、文彦だけ私の実家の喫茶店に来て欲しい」という内容だった。
7. Crystal
菫の相談とは「どうすれば真みたいに演奏できるのか?」というものだった。新型 Sprite のテストに成功したことで、ようやく文彦が自分に振り向いてくれた。しかし、Sprite の演奏では真は自分の遥か先にいた。努力や練習で埋まるものではないと分かっていたが、文彦がどう思っているのかを知りたかった。文彦は答える。「真みたいになってほしいと思ってる訳じゃないんだ。菫には菫の音楽がある。それを自分の思うように演奏してほしい。そのために僕らは Sprite を開発してるんだ。誰もが自分の思う音楽を、自分の思うように演奏するために」。そう真っ直ぐ話す文彦を見て、菫は、文彦が真と同じように手の届かない遠い存在に思えた。「文彦はきっと私を選ばない」。菫はそう感じた。
10月に入っても、菫とどんな話をしたのか文彦に聞けずにいた真は、その内容が気がかりで、試験や文化祭の準備など、色々なことが手に付かずにいた。見かねた茉莉花は真から事情を聞く。途切れ途切れに話す真の目からは、涙が零れていた。高校進学前の一番つらい時期でさえ見せることのなかった真の涙を見て、茉莉花は動揺する。しかし、一番驚いたのは真本人だった。まるで飽和した水溶液が一気に結晶化するように、文彦への想いが心の中で形になっていくのを感じた。
8. Thoughts
菫と何があったか文彦から聞き出した茉莉花は、「真が心配するようなことは何もなかった」と真に伝える。しかし、真は文彦のことを意識してしまい、本人の前でこれまでのように振る舞えなくなる。
そんな中、2037年10月下旬、Ars Nova のデビューシングル “New World” がリリースされる。ToS が作曲という前評判もあり、ボーカルトランスというニッチなジャンルにも関わらず、初動から順調に売上が伸びる。「楽曲の美しさが衝撃的」と SNS で評判が広まったことで、週間ランキングでトップ10入りし、Ars Nova のデビューは大成功する。
デビューの成功を祝うパーティーで、真と文彦は、葵、柚葉、菫からそれぞれ感謝の言葉を受ける。菫は言う。「私、真さんに憧れてた。どうすれば真さんみたいになれるんだろうって。でも、そうじゃないって文彦さんが教えてくれた。私には私の音楽があるって。きっと二人は同じものを見てる。二人なら、そこにたどり着けるはず」。菫の言葉に、真と文彦は自分たち ToS の音楽に対する思いを取り戻し、二人の関係は元に戻る。
9. Tears
2037年11月にリリースされた Ars Nova の 1st アルバム “New World” は、国内だけでなく海外のアーティストからも注目され、ToS の評価はさらに高まることになる。年明けには Ars Nova のライブ公演も予定され、全てが順調に進んでいるように思えた。
きっかけは冬休み前に配布された進路希望調査票だった。2037年のクリスマスイブ、ToS の今後について、真と文彦の意見が初めて対立する。マニピュレーターの自動化に成功したことで、文彦は ToS での自分の役割は終わったと感じていた。大学で工学を学び、エンジニアとして真を支えることが、真にとって一番良いと思っていた。真は大粒の涙を浮かべて懇願する。「離れないでほしい。文彦は私に音楽を与えてくれた。それは私にとって世界の半分。生きる意味。命そのものなの。それを奪わないでほしい。私、文彦がいないと生きていけない。愛しているの」。文彦は驚くが、真を真っ直ぐに見つめて答える。「分かった。もう離れない。僕も真のことを愛してるから」。文彦は真の気持ちを受け入れ、高校卒業後も2人で ToS の活動を続けることを約束する。
10. Joy
2037年の大晦日、真と文彦は ToS で初となるネットでのライブ配信を行う。“Definitions of Love” と題したこのライブで、真は過去に制作した同名のシリーズの楽曲を中心に、11曲を即興でトランスにアレンジし、DJ 風にミックスして演奏してみせる。中でも冒頭の “First Love” は完全な即興演奏だった。
「この高鳴る心臓も、その中を流れる熱い血潮も、その血に満たされてゆく肉も、溶け出しそうになる心も、全てあなたに捧げる」。真は、文彦への想いを包み隠さず全て “First Love” に込めて演奏する。聴く人の心の中に真の想いがそのまま写し出されていくかのようなこの作品は、音楽の概念を塗り替えた芸術として、ToS の代表曲となる。全てを演奏し終わると、真は文彦の手を取り、顔を見上げる。自分たちのめざす音楽を表現し切れた、その高揚感で胸がいっぱいになり、涙が溢れる。今度は喜びの涙だった。
一夜明けた新年、ライブ配信の情報が SNS で世界に拡散し、アーカイブの再生回数が爆発的に増加する。世界中の著名なミュージシャンや音楽評論家が送る驚きと賞賛のメッセージを、真と文彦は一つ一つ一緒に眺めた。
11. Snowflakes
2038年1月、Sprite と Prism の製品版が完成し、6月の販売開始に向けて準備が進む。製品リリースの発表と同時に ToS の情報が解禁されると、真と文彦のプロフィールも公開され、驚きをもって受け止められた。現役の高校生2人が新型の次世代音楽用ブレイバーを使って、これまでにない全く新しい音楽を創造した事実は、世界に衝撃を与えた。ライブ配信で使われた Prism は予約が殺到し、生産が追いつかない程だった。
2038年2月、Ars Nova の初のアリーナライブが行われ、Prism が使われたことで話題を呼ぶ。歌いながら自身で Prism を演奏する、菫にしかできないパフォーマンスだった。公演の最終日に ToS がゲスト出演し、真がステージ上で初めてライブの即興演奏を行う。「絶え間なく天から降る雪は、手を伸ばせば指先で溶けて消え、 残った感触だけがその存在を証明する」。自身の音楽的インスピレーションと、当日会場の外に降った雪とを重ねたその演奏は、のちに歴史的なライブ演奏として語られるようになる。
12. With You
2038年3月、三者面談で真と文彦は、進学ではなく ToS で音楽活動を続けることを進路として希望する。担任からは大学に行きながらという選択肢も勧められたが、二人には残された時間がなかった。年齢とともに脳の可塑性は減少し、10代をピークにその後はブレイバーの操作を習得することが難しくなっていく。二人は音楽に専念することを決意した。
真は Ars Nova のライブで行った即興演奏に手応えを感じていたが、観客席の位置によって音響が意図した通りに再現されないことを不満に思っていた。相談を受けた父の崇は、会場の座席ごとに異なる立体音響を再現できる超指向性スピーカー Ultimate の適用を検討する。崇は文彦と協力して Ultimate と Prism の連携に取り組み、それに成功する。これをきっかけに、のちに伝説となる ToS のライブ公演が企画される。ブレイバーの新たな可能性を手にした真と文彦は、期待を胸に高校3年の春を迎えるのだった。
終わり