First Love (4)
そんなふうに午前の授業が過ぎ、昼休みになった。持ってきた弁当を食べようと、文彦が机をずらそうとしたそのとき、教室に男女の生徒が二人連れで入ってきた。真っ直ぐにこちらに向かってくる。
女子の方は、栗色の髪を高めのポニーテールにした、明るい笑顔がよく似合う活発系女子だった。1年生の中ではスタイルはかなりいい方だろう。男子にモテそうな美人だった。もう一人は背が高く体格の良い男子で、黒髪を長めのスポーツ刈りした、いかにも運動ができそうな好青年だった。グラス型のブレイバーを掛けているが、オーダーメイドだろうか? 見たことのない機種だった。女子の方が真に手を振りながら笑顔で話し掛けてくる。
「真、元気にしてた? 一緒に食べない?」
お弁当を持ち上げて真を誘う。文彦は邪魔になるかもと思い、席を外そうとした。
「あ、いいのいいの。伊藤文彦くん、だよね? よかったら一緒に食べない? 私は鈴木茉莉花。こっちは斎藤誠司。二人とも真の幼なじみで、隣のクラスA。よろしくね」
「よろしく」
茉莉花と誠司が文彦に声を掛ける。いきなり名前を呼ばれた上に、お昼まで誘われて驚いたが、斎藤誠司という名前を聞き、今朝担任が言ったことを思い出して、その場に留まることにした。
「よろしく… 」
文彦がそう言って再び席に着くと、茉莉花と誠司は後ろの席に座る。4つの机を向かい合わせにし、お弁当を開きながら、茉莉花は真に話しかける。
「真、さみしくなかった? 中等部の頃は私たちとずっと一緒でべったりだったから、どうせお昼も一人なんじゃないかと思って、来ちゃった」
「ありがとう」
真はお礼を言う。文彦に言ったのとは違い、信頼する友人に向けた、親しみのこもった言葉だった。そんな様子を誠司も暖かく見守っている。ひと目見ただけで3人の仲の良さが分かる。文彦は自分だけ場違いな気がして、やはり席を立とうかと思った。でも、茉莉花は気にせずに話しかけてくる。
「文彦くん、って呼んでいい? 私たち3人、普段名前呼びだから、その方がしっくりして。私たちも名前で呼んで」
「あ、うん」
完全にペースに呑まれている。強引さはないのだが、こちらが身を引く隙を与えてくれない。単純に善意や好意からというよりは、意図があるように思えた。
「文彦くんって『真がかり』になったんだって?」
茉莉花が訊く。やはり、その件で話があるようだ。そう思いながら文彦は答える。
「うん。今朝、担任からその話をされて。詳しいことは、その、誠司くんにって」
文彦が話しかけると、誠司は言った。
「誠司でいいよ。担任、ノバちゃんだっけ。何て言われた?」
「教科書とノートを見せてあげてって」
「それだけ?」
「うん。それだけ」
「… なるほど。まあ、詳しいことは、おいおい話すよ。中等部の頃は俺が真の隣の席で、その役だったんだ」
「そうなんだ。… 3年間ずっと?」
「そう」
「席替えは?」
文彦がそう訊くと、茉莉花が質問で返した。
「文彦くん、知らない? この学校、席替えはないよ。出席番号順だから。その出席番号は成績順で決まるの。だから、前の列から順番に成績のいい人が座ることになってるの。前の人の背中を見て勉強しなさいっていう、うちの学校の方針」
「そうなんだ… 」
「3年間二人が隣の席だったのは、偶然とかじゃないの。入試も学年末の実力テストも、ずっと二人が学年1位と2位だったから。高等部の進級試験では、私が誠司を抜いたけどね。まあ、真には敵わなかったけど」
午前中の授業の様子を見れば、真がトップということは頷ける。みな、それを知っているから特に驚かなかったのだろう。ということは、この3人が学年トップスリーということだろうか? 入学早々、凄い人たちと絡んでしまった。茉莉花が続ける。
「文彦くんも進級試験、受けたでしょ?」
「確か、入試と別に何か受けたような… あれがそうだったんだ。習わなかったとこまで出て、ちょっと難しかったけど」
「うちの学校、中等部の頃から高校の授業を先取りして教えるから。文彦くん、成績では多分、クラスAに入れたと思う。ただ、クラスAは中等部で先取りした分、進度が速いから、編入生は入れないの」
入学時に説明を受けていたので、そのことは文彦も知っていた。文彦が言う。
「クラスBでも十分速いけどね。その、真さんはどうしてクラスBに?」
この質問には誠司が答えた。
「真が父親の仕事を手伝いたいって、自分で希望して、それで。クラスAだとコマ数多くて授業が長いから」
「仕事の手伝いって、ブレイバー開発の?」
「真から聞いたのか!?」
誠司も茉莉花も驚いた様子だった。箸を置いて文彦を見つめる。逆にその様子に戸惑いながら、文彦は答える。
「うん。昨日、帰りがけに。一緒に手伝わないかって、誘われて… 」
二人は視線を真に移す。今度は真が答える。
「私から頼んだの。ブレイバーの操作、上手だったから」
茉莉花と誠司は目を合わせ、驚きつつも、嬉しそうに言った。
「ねえ、聞いた? 真から誘ったんだって」
「うん。聞いた… 」
今度は文彦の方を見て、茉莉花が提案する。
「ねえ、文彦くん。もし、真の仕事を手伝うのなら、私たちとも友達にならない? それがいいと思うの。私たちなら事情も詳しいし、いろいろ助けてあげられる。… いいえ、助けて欲しいの、真のことを」
誠司も真っ直ぐにこちらを見て頷く。隣の真は、少し恥ずかしそうに目を伏せていた。その様子を見て、文彦は答える。
「うん、分かった。よろしくね」
真のためと思ったら、ためらいはなかった。二人のことを何も知らずに友達になってよかったんだろうか、と思ったのは、その後しばらくたってからのことだった。
「よろしく」
「よろしくね」
誠司と茉莉花が言う。二人と出会ってから10分たらずの出来事だった。