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First Love (2)


沈黙は、しばらく続いたように感じたが、実際にはほんの短い時間だった。話し出したのは真の方だった。


「それ、ブレイバー?」


じっとこちらを見つめていると思ったら、見ていたのは文彦が掛けていた眼鏡だったようだ。勘違いを誤魔化すように、それを外し、手にとって見せながら、文彦は言う。


「そうだよ。ちょっと古いけど、特製のオーダーメイドで、父さんから譲ってもらったんだ」


レンズには度も付いていて、気付かなければただの黒縁眼鏡だ。だが、真が言うように、これはブレイン・コンピュータ・インターフェイスの一種であるブレイバーだった。つるの部分で脳波を検出するグラス型のデバイスで、鞄の中にあるコアユニットと無線通信をして、そこで脳波を処理して制御する。AR の画面やキーボードなどの仮想インターフェイスを備え、脳波やアイトラッキングと組み合わせれば十分な操作性だ。十年ほど前はモバイルといえばスマートフォンだったが、今はブレイバーが主流だった。


「佐伯さんはブレイバー使うの?」

「うん」

「どんなの?」

「… 秘密」

「そうなんだ… 」


自分のブレイバーを秘密にする人は珍しい。汎用デバイスなら秘密にするほどでもないし、今装着していないということは、据え置きの専用デバイスだろうか。そういうときは自慢話の一つでも出てくるものだが…


それ以上は深入りできず、当たり障りのない話をしているうちに、他の生徒たちも教室に入ってきて、ホームルームとなった。担任が簡単な自己紹介をした後、出席を取り、全員で体育館に移動する。そこで進級式が行われた。エスカレーター式の中高一貫校だからか、それとも校風なのか、時間をかけず簡素な式だった。後で妹から聞いた話によると、中等部は立派な入学式だったらしい。高校に入学したのにその実感が持てず、ここでも文彦は転校生のような気分を味わった。


教室に戻り、休憩時間となる。今朝は文彦のことを遠巻きにしていたクラスメイトたちだったが、どうやら話しやすい人間ということが分かったらしく、文彦の周りに集まってきた。みな、編入生に興味があるらしい。高校から入学した理由や、住んでいる場所、親の仕事など、いろいろ訊かれたが、文彦は卒なく答える。文彦が答えてくれるので、話を聞こうとまた人が集まる。ちょっとした人だかりとなった。


細身の体に、少し長めの黒髪、黒縁眼鏡と、見るからに理系男子の文彦だったが、身長は割と高く、父親似と言われる顔立ちも悪くはなかったので、クラスの女子からは「そこそこのイケメン」と見られていた。そのため、人だかりには女子も割と多くいた。そんな中、集まってきた女子の一人が困った表情で何かを操作して、友達に相談していた。どうやら、久しぶりに使ったブレイバーが故障して動かなくなったようだ。


「あー。やっぱこれ、ダメみたい… 」

「壊れたの? ちょっと見せて」


文彦はそう言うと、差し出されたブレイバーのコアユニットを見る。起動はしているが、フリーズしているようだった。


「リンクしてもいい?」

「うん」

「この『はい』っていうの押してもらっていい? そう、それ。ありがとう」


故障したブレイバーのコアユニットに自分のブレイバーを近づけてリンクすると、文彦はもう一度自分のブレイバーで状態をみる。解析はすぐに完了した。故障したコアユニットの上に AR でエラーメッセージが複数表示されている。原因が分かった。


「最近使ってなかったみたいだね。自動アップデートで負荷がかかって、ハングしたみたい。僕のコアユニットも使って処理してるから、そろそろ終わると思う」


そう話している間にアップデートは終わり、ブレイバーは正常な動作に戻っていた。


「はい。どう?」

「ありがとう! すごい。元通り」


手際の良さに女子生徒が驚いていると、今度は別な男子が話しかけてくる。


「ブレイバー得意なの? これも見てくれる? 最近調子悪くて」

「俺のも!」


文彦はブレイバーを受け取ると、手際よく見ていく。そうこうしているうちに休憩時間は終わり、担任が戻ってきた。


その後のロングホームルームでは、教科書の配布や、授業のオリエンテーション、学園生活に関する注意などがあり、初日はこれで終わりとなった。そのまま下校となり、みんな教室から出て行く。文彦も教室を出ようと鞄を手に取ると、真が裾を掴んで呼び止めた。


「あの… 」

「どうしたの?」


伏し目がちにこちらを見て、何かを言い出そうとする真の姿は、助けを求めているようにも見えた。


「… ブレイバーの操作、詳しいの?」

「うん。まあ、ちょっとだけ… 」

「… 手伝ってほしいことがあるの」


消え入りそうな声で真が言う。ほうっておけない気がして、文彦は彼女の話を聞くことにした。


「うん。話してみて」

「… お父さんが、開発をやってて」

「ブレイバーの?」

「… うん」

「どんなの?」

「音楽用の」

「ひょっとして Soundscape?」

「うん… 知ってるの?」

「音楽用だと有名なメーカーだから。ちょっと興味あったし」

「私、ブレイバーのテスターをやってて… 」

「その手伝いってこと?」

「… うん」


ということは、新型機のユーザーテストだろうか? それなら今朝、真が秘密と言ったのも頷ける。有名メーカーのテスターなら、ぜひやってみたい。ブレイバーの開発に関われる貴重なチャンスだ。文彦は答える。


「いいよ」

「本当?」

「うん」

「お父さんに相談してみる」

「僕も親に話してみる。よろしくね」


文彦は笑顔で返す。だが、真の表情は固いままだった。このまま帰っていいか迷ったが、それ以上何かできる訳でもなく、それでその日は「また明日」と言って、二人は別れたのだった。


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