First Love (1)
ちょっと未来の音楽ものです。最初の一話だけ書いてみました。プロットっぽいものを書いてたら力尽きたので、続きはプロットのみでお楽しみください。
Part 1. Definitions of Love
Chapter 1. First Love
見知らぬ街の、見知らぬ朝を、文彦は歩いていた。それなのに、どこか懐かしい。母が言うには、3歳まではこの菅谷市に住んでいたそうだ。記憶はないのだが、何となく落ち着くというか、しっくりくる。息を吸って吐くように、この街で暮らしていくことを自然と受け入れることができた。
2036年4月1日、その日は柏ノ森学園高等部の進級式で、文彦は式に出席するべく、学園に続くゆるい坂道を登っていた。普通なら「入学式」というところだが、中高一貫のこの私立校では、伝統的に「進級式」という言葉が用いられていた。高等部からの編入は珍しいらしく、入試で合格して入ったのに、まるで転校生のような気分だった。他の生徒と顔を合わせづらいというのと、校舎を見て回りたいという気持ちもあって少し早めに家を出たのだが、早く来すぎてしまったらしい。学園内に人影はなかった。風はまだ冷たく、日陰の桜はまだ蕾で、咲き誇るのはもう少し先のようだ。
学園の広い敷地は公園のように整備されていて、その中をレンガ敷きの歩道が続く。その歩道の先にある階段の上の、少し高くなったところに高等部の校舎があった。広々としたデザインで真新しい。2年前に立て替えたばかりだそうだ。
校舎の前にクラス割りが張り出されていた。その中から自分の名前を探す。
第1学年 クラスB
1 佐伯 真
2 伊藤 文彦
…
「あった」
すぐに見つかった。最初の方で良かった、などと思いながら校舎に入る。1年クラスBの教室は、昇降口を入ったところにある廊下を奥に進んだ先にあった。校舎の中にもひと気はなく、教室はどれも空だった。とりあえず鞄を置こうと、クラスBの教室に行き、前のドアを開けて中に入る。
すると、そこに人がいた。窓際の一番前の席に、女の子が一人座っていたのだ。
(人?… だよね… )
誰もいないと思い込んでいた教室に人がいたことに加えて、普通とは少し違う雰囲気を纏った少女の姿に、文彦は驚き、たじろいだ。気を取り直して教卓の前まで進み、黒板に貼られた座席表に目を遣る。文彦の座席は、その少女の隣だった。
小柄な体に、ゆったりとカールした長く艶やかな黒髪が流れる。前髪から覗く大きな瞳は長い睫毛に縁どられ、窓の外の中空を見つめていた。作り物のように整った顔立ちで、背筋を伸ばし、膝に手を重ね、身じろぎせずに座る姿は、人というよりは人形のそれに近い印象だった。
「… おはよう。隣の席、よろしく」
おそるおそる声を掛け、文彦は席に座る。反応はない。だが、めげずに続ける。
「高等部から編入する、伊藤文彦って言います。あの、そっちは… 」
「佐伯真」
こちらを振り向かずに言う。遠くで小さな鈴が鳴ったような声だった。クラス割りを見たとき、名前から勝手に男子と思い込んでいたが、この子だったようだ。
「… ちょっと来るのが早かったみたい。佐伯さん以外、誰も見かけなかったよ。… 佐伯さんは中等部からの進級?」
「うん」
ようやく、こちらを向いてくれた。初めて視線が合う。どきりとするほどの美人だった。本当に作り物みたいだ。
「そうなんだ。こっちは3月に親の都合で引っ越してきて、4月から編入だから、分からないことが多くて… 学校のこととか、この街のこととか、いろいろ教えてくれると嬉しいんだけど… 」
言葉が届かない。手を伸ばせば触れられそうな距離なのに、まるでそこだけ別世界のように隔てられている感じがする。
「校舎、新しいよね。立て替えたばかりなんだっけ? 時間あったら見て回ろうと思ってたんだけど、敷地、広くて、迷いそうで… 」
会話が途切れ、二人は黙る。それでも目を逸らすことができない。見続けていたい。魔法にでもかかったように目が離せない。でも、どうしてそうなのか、文彦には分からなかった。初めての経験で、自覚がなかったのだ。文彦は、真に一目惚れしたのだった。