2、TS注意報発令
本日3話目です。
「獲物が見つからない」
先ほど家を建てた場所は、森の中でもだいぶ開けた場所だったらしく、少し歩くと木が茂る森となった。
彼はそろそろ1時間ほども森の中を歩き回っているが、獲物どころか生き物すら見かけないことに嘆息した。鳥の声は聞こえるので、どこかに生き物は居るのだろうが……。
せっかく、石オノを2本、木の弓に石鏃の矢を10本ほど揃えたのに、今のところ出番はない。
「まぁ、普通に考えて、これだけガサガサ歩いてたら逃げるよね」
何も持たず、後ろから付いてくるだけのスミシーがそんなことをのたまう。
「(イラァッ)……お?」
彼は前方に小動物の後ろ姿を発見した。ややふさふさした灰色の体毛、長く伸びた耳、あれは……、
「ウサギかな」
ウサギらしき動物は、うまい具合にこちらに背を向けている。このまま近づいていけば……。
彼はチャーンス、とばかりにソロリソロリとウサギの背後へと近づく。
(……、ん? なんかウサギにしては少し大きめ?)
ウサギの大きさに少々の疑問は感じつつも、彼は歩を進め……、
「あ……」
「(ちょっ!? 声だすな!!)」
背後で声を上げたスミシーに、彼は振り返って口パクで叱責する。
「!」
そして再びウサギに視線を向けた彼は、同じく振り返ったウサギとばっちり目が合った。しばし見つめ合う二者。その沈黙を破ったのは第三者だった。
「それ、ただのウサギじゃないよ?」
「へ?」
「ギャシャァァァァァ!!!」
ウサギの口角が縦にバックリと裂け、そこには鋭利な歯が無数に並ぶ。その避けた口から威嚇の声を彼にぶつけてくる"ウサギっぽい何か"だが、よく見れば、ふさふさと感じた体毛にも何やら棘らしき物が混ざっており、そうこうしているうちに額からは鋭い黒曜石のような角がニョッキリと顔を出した。
「そいつ、魔獣だね」
「ま、まじゅうぅぅぅぅぅ!?」
「ギャシャァァ!!!」
ウサギ魔獣は彼に向けて突進してくる。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
とりあえず弓を取り出し、矢を番えようとして矢を落とした。
「あ、あ、あ、あ」
彼は慌てて矢を拾おうとして、手が滑り、足元で矢が転がる。それならばと2本目を取り出そうとして──
「あっと、危ない」
もはやウサギ魔獣は目前だった。彼を押しのけスミシーが前に出る。
「スミ──」
ドゥ! という衝撃と共に、スミシーにウサギ魔獣が衝突し、角の先端部がスミシーの背中から飛び出した。
「ギャシャァ!!」
ウサギ魔獣は振り払うように首を振り回し、スミシーの身体は角からすっぽ抜けて吹き飛んでいく。
「スミシィィィ!!」
スミシーの身体を投げ捨てたウサギ魔獣は、次の獲物として彼に目を向けた。
「あぁぁぁぁぁ……」
彼は再び体が強張る。魔獣の視線に囚われ萎縮して身動きができない。
「オノだ、オノ……」
そんな彼の耳に、呻くようなスミシーの声が届く。反射的に彼は両手に石オノを持つ。
「ギャシャァァァ!!」
「うあぁ!」
突進してくるウサギ魔獣に対し、彼はがむしゃらに石オノを振り下ろした。
それはまさしく偶然だ。オノの一撃は黒曜石のような角と衝突し、衝撃で角が中ほどから折れた。
「ギャシャ!?」
「あぁぁぁぁぁ!!!」
角が折れたことで一瞬動きをとめたウサギ魔獣。その魔獣に対して彼は無我夢中になって石オノを振り下ろす。魔獣の背中や頭部、とにかく当たる場所に何度も石オノを振り下ろした。
気が付けば、ウサギ魔獣は血塗れで事切れていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
血まみれの魔獣を見下ろし、同じく血まみれの両手を見下ろす。石オノは途中で破損し、今はただの木の棒だ。途中からは木の棒をひたすら突き刺していた。
「む、無理! 俺無理! リアルモンスター怖すぎ!!」
「いやぁ、ビックリしたねぇ」
「ほぇぁああ!!」
背後からスミシーに声をかけられ、彼は飛び上がった。
「ぶふぅ! "ほぇぁあ"って、プククク、拳法使いかな、グフゥ!」
既視感のある光景に、彼は安心を覚えると共に、疑問を投げかける。
「おま、怪我は大丈夫なのか?」
見たところスミシーには傷一つなく、それどころか貫かれたはずの胴体は衣服すら破れていない。
「あー、僕は実体がないからね」
そう言いながら、スミシーは左手を軽く上げ、手の色が薄まったかと思えば、細かい粒子が拡散するかの如く左手が消失し、再び元に戻る。
「僕は低重量ホログラム体だかね。微粒子を寄せ集めて、そこへ"姿"を投影しているんだ。だから──」
女性体にもなれるよ、と言いつつ、スミシーは西洋風の美女に変身して見せた。
「その姿のパンチラなら見たかっ──げふんげふん、ふーん、そうかそうかー」
彼は何やら本音を漏らしつつも、腕を組みをして納得し──
「そういうことは早く言え!!」
とりあえずスミシーのホログラム体に矢を打ち込んだ。初めて矢がちゃんと飛んだ。
「じゃぁ、なんで魔獣に吹っ飛ばされたんだよ。ホログラムの体なら何の影響もないだろ?」
「えー、だって、そのほうが"それっぽい"でしょ?」
再びスミシーを貫く矢。彼の腕前は怒りで上達したようだ。
「お前の"本体"はどこだよ!? そこに矢打ち込んでやる!!」
「僕の本体は君の体だよ」
「え……」
彼は自分の体を護るように、両手で抱える。
「いや、暴漢に襲われそうな女の子みたいな反応しないでよ、変な意味じゃないから!!」
スミシーの発言に、彼はますます警戒を強める。
「そんなこと言って、"見るだけ"とか"触るだけ"とか言って、最後までするつもりなんだ!」
「さ、"最後"って何かな……?」
不毛なやり取りであるため、以下省略。
「と、とにかく、僕は君のサポート用AIなんだよ」
「なんか、悪霊に憑りつかれてる気分。悪霊退散!!」
彼は指で十字を切りながら、スミシーに向けて叫ぶ。
「いや、悪霊違うから……」
「そうだよ! 魔獣だよ! 魔獣ってなんだよ!!」
さんざん不毛な言い争いを行い、やっと少し正気に戻った彼は、改めてスミシーに問いかけた。
「ついに話すときが来たようだね……」
スミシーは腕を組み、急に神妙な顔つきになる。相変わらず女性体であるため、それなりにサイズのあるアレが両腕に挟まれて強調される。ホログラム体なら貫通したり、腕がめり込んでも良さそうなものだが、そのあたりは妙に動きが細かい。彼は"目のやり場に困るなぁ"と思いつつも、それを指摘するような無粋はしない。
「この世界には、"魔素"という物が存在していてね。これは全ての動植物が持っている。もちろん人間も含めてね。この魔素が捕食によって生体濃縮され、一定量を超えると"魔獣"になるんだ」
スミシーは多少の手ぶりなどを含めて説明している。が、そのたびに形を変える胸部の"ソレ"が気になって、あまり話の内容が入って行かない。仕方がない、彼もまだまだ若いのだ。
「普通の動植物が魔獣化すると、凶暴性が増し、肉体も強化される。肉体の変異が激しければ、どんどん元の動物からかけ離れていく。その点、今日の魔獣は、まだまだ魔獣としては弱い部類かな……」
ほぅ、へぇ、などと相槌は打っているが、あまり彼は聞いていない。
スミシーの本体は彼の体。つまりあの女体を投影しているのは彼の体。それに気が付いた彼は、なんとも言えない背徳感に身震いした。
「魔獣化が更に進行すると、体表に金属を纏ったり、体内も金属の筋繊維に置き換わっていき、鉄機獣と呼ばれる怪物になるんだけど……、まぁ、ほぼほぼ遭遇することは無いと……、って、聞いているかい?」
スミシーは、姿を男性体に戻しつつ、彼に問いかける。
「あ……、聞いて、ます」
彼はスミシーからじっとりとした視線を向けられる。まさか「今後は女性体でお願いします」とも言えず、彼は黙って目を逸らした。
彼には、血みどろになった魔獣の亡骸に、"肉"や"革"、"魔核"といった表示が見えていた。魔獣の死骸も"素材"になるらしい。
("魔核"ってなんだ?)
とりあえず分からないものは試すしかない、ということで、彼は魔獣の死骸をツールボックスへ取り込んでみた。
「おぉぉぉ!」
ツールボックスの効果により、取り込んだ魔獣の死骸は自動的に解体・整理され、素材一覧に加わった。"肉"の項目からは"焼き魔獣肉"やら"魔獣肉炙り"、"魔獣肉串焼き"などの料理がレシピとして表示されている。
「ツールボックスすげぇ! 料理まで作れる!! っていうか"焼き"料理ばっかりだな!!」
(肉しかないから、しょうがないか……)
今日の更新はここまでの予定です。
明日以降は1章は毎日1話更新でいけたらいいなぁ……。