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レオンハルトの館

 まだ夜が明けきれぬ、朝霧というより靄が漂う薄暮な時間。

 ヒトどころか獣ですら一頭も見かけぬ静謐な街道を、重なり合う蹄の音と轍が軋む車輪の音が通り過ぎていく。

 一瞬の喧騒の後、ふたたび静寂が支配するような深い森を突き抜ける街道の先に、鬱蒼と茂る木々とは異なるシルエットが徐々に姿を現してくる。


「見えただろう? あの建物だ」


 レオンハルトが指差す先、黒い塊だったシルエットが徐々に建物の体を為していく。やがて森を抜けて闇から浮かんだ建物が、その全容を現したところで「とまれ」と短い合図。

 呼応するようにガイアールが手綱を引くと、ようやく苦役を終えたかのように馬が短い嘶きをあげて、その場で動きを止める。

 夜を徹して走った大型馬車は、ようやく当初の目的地であるレオンハルトの屋敷兼工房に辿り着くことが出来たのだった。


「噂には聞いていたが……よくもまあ、トンデモねえへき地に工房を建てたものだな」


 うっそうと茂る森の中にある巨大な館を見つめ、ガイアールが呆れるような感想を漏らす。

 単に大きい館ならば世の中にごまんとあるし、ナの国にだって堕ちた王城を含めていくつか存在する。その多くは国や都市の中心機能として建ち、いつしか周囲が城下町として発展して市街地化した者。あるいは街道沿いなどのような、交通の要衝で周囲ににらみを利かすように建っていたりする。

 ふつう人が寄り付かないようなへき地に建っている建造物といえば、敵の襲撃に備えた堅牢な要塞か砦くらいなものだ。


「それ相応の理由があるからな。おかげで貴公らが安全に逃げ込むことが出来たのだろう?」


 尊大な態度でレオンハルトが減らず口を叩くと、以前館に来たことがあるレーアが「理由なんて、レオンハルトは奇人だからよ」と追い打ち。


「それ相応の理由って、単に〝人付き合いが面倒〟だからよ。サイテーな理由でしょう?」


「違いない」


 ロクでもない理由を聞いてガイアールが苦笑い。

 訊くつもりはなかったが、否応なしに聞こえてくるしょーもない理由に「そこまでする?」と翔太も呆れ口調。


「この男はそういうヤツなのよ」


 バッサリとレーアが斬るが、翔太は「そうかな……」とイマイチ懐疑的。


「人付き合いが嫌だったら、どうしてレオンハルトはナの国の技術顧問に就いたのかな?」


 結果、王城に出仕していたのだから、言葉と行動が見事に矛盾している。

 ところが当のレオンハルトは、そんなことなどないとばかりに「決まっている」と自慢げに顎をくいッと持ち上げる。


「ナの国のお館さまが「せっかくの才なのだから、新たな躯体を産み出すべくさらに励め」と援助してくれたからだ」


 パーセルがパトロンとなってくれたから、その見返りに技術顧問に就いたのだと言う。


「なるほどね。それなら合点がいく」


 ヘタな理由付けするよりも、ギブアンドテイクが明確すぎて心地よいほど。訊いた翔太のみならず、ここにいる全員が「納得」と首を縦に縦に振れる解答だ。


「未だこの地に館を建てた理由を言ってないぞ」


 話半分で納得されたのが不本意なのかゲープハルトが注釈を挟もうとすると、ヤレヤレと首を振りながらレーアが「人付き合いが面倒だからって、たった今アナタが言ったでしょう?」と失笑。

 もちろんゲープハルトが「おい、おい、マテ、マテ」と異議を唱える。


「それも理由のひとつであるというだけだ。いくら私が社交嫌いでも、それだけの理由で人里離れた地に館や工房を建てるものか!」


「だったら、他にどんな理由でここに館を建てた?」


 改めて尋ねる翔太に何か逡巡することでもあるのか、一度天を仰いでからレオンハルトが「……それはだな」と口を開く。


「先に述べたお館さまとの約束、新たな機動甲冑を人知れず開発するためだ」


 きっぱりと言い切ったレオンハルトの言質にガイアールが「そいつはありがたい」と食い付いた。


「つまり貴殿の館には最新鋭の機動甲冑があるかも知れないということだ。ドロールは素直で扱い易い機動甲冑だが、オウの国が使う最新の機動甲冑と比べたら型落ちは否めん」


 翔太の駆るウィントレスを横目に見ながら「素直なだけでは戦は乗り切れん」と吐き捨てると、レオンハルトが「ドロールの性能がウィントレスに劣るのは致し方なかろう」と弁明。


「ドロールは武具屋に売りつけた最初の機動甲冑だからな。商品として売るため誰にでも扱えるようにした代わりに、無為に尖らせないから性能もほどほどになってしまった」


 設計を売りつけて他人の工房に製造を委ねることになったので、作業の平準化など様々な理由からスペックダウンの必要があったのだと説く。


「ウィントレスも一緒といえば一緒だが、ドロールで色々と経験を積んだからな。妥協して質を落とした箇所が格段に減っている」


 設計と生産現場のせめぎ合いを思い出すように、レオンハルトが遠い目をしながら内情を口にする。


「そういう事を、どこかで聞いたことがあるよ」


 一介の高校生なのでマスプロダクツに関わったことはないが、現代日本で生活している以上、その手の話はどこからともなく聞こえてくる。どの部門が頑張ったのかは知らないが、要はドロールでの経験がウィントレス性能向上の糧となったという事。

 工業製品あるあるなエピソードである。

 ただ事情と経緯ついての理解はできるが、納得できるかどうかは別の話。ドロールに騎乗している者にとっては、知りたくもなかった事実であろう。裏話を聞いたガイアールが「妥協をするなど言語道断!」とお冠になったのも無理からぬこと。


「戦場では武具の新旧など関係ない、持てる力を全て出し切った者のみが生き残ることが出来るのだ。そんな騎士の矜持に対して、その気概は礼を失しているとは思わぬのか!」


 当然のように怒りを顕にするが、レオンハルトには糠に釘というか刺さらない。

 当然だ。技術者や作り手の側から見たら、こんな事は〝製作におけるノウハウ取得の過程〟で起きるよくある話。作る度により熟練して性能が向上しているのだから、性能がどうこうという誹りを受ける謂われなどない。


「貴公の不満は承るが、新型の機動甲冑があれば乗り換えるのであろう? ならば、もうよいではないか」


 技術者らしく合理的に、ガイアールの不満は〝済んだこと〟だとばかりに聞き流す。


「そういうモノでは無かろう」


 半ば呆れて口あんぐりなガイアールに「要は不満が無くなればよいのだろう?」と、レオンハルトが親指を館に向けて「ついて来い」と手招きをする。


「ドロールで物足りなかった分、満足できる性能の機動甲冑が用意できている」


「って、新型があるのかよ?」


 思わず食らい付いた翔太にレオンハルトが「当然だろう」とドヤ顔。


「好き勝手やらせてもらった分は結果で応じさせてもらうさ」


 ギブアンドテイクを強調しながら地下に隠された工房の扉を開いたのだった。


読んでいただきありがとうございます。


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