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心乱れる

 学校としてはヘタに関わりたくないのか、HRでも授業中でも八重樫の失踪について一切触れることなく、ただの欠席者として扱われて教師が言及することも一切なかった。

 すると環境というのは面白いもので、意図的か否かは別として教師たちが話題に乗せないと生徒もまた話し込むことが無くなり、登校時には憶測も交えた噂話をあちらこちらでしていたのに終業時にはもはや誰も口にしない。

 かくいう翔太も脳裏から半ば抹消の状態。

 そもそも何をするにしても翔太から始まることは殆どなく、会話のきっかけやイニシアチブを取るのは常に八重樫のほう。完全受け身の人間とすれば来なければ来ないで気にも留めないという淡白なモノだった。


 それよりも気になるのは玲子な放った「少しは社会情勢にも関心を持ちなさいよ!」の諫言。

 夢で異世界に繋がって以来、あちらでの出来事やバイトや道場での稽古にリソースを振り過ぎていたと、今さらながらに気付いた次第。


「確かに、このままだとヤバいよな」


 ヘタすりゃ現世に居るまま浦島太郎の誕生だ。さすがにそれはマズイ! なんとかしなければの想いがマジで突き刺さる。

 のではあるのだが……どこから手を付ければ良いのかさっぱり分からず、そこいら辺りが玲子が揶揄する〝剣術バカ〟の所以であろう。

 そんなモヤモヤする気持ちで道場に行けばどうなるか? 結果はもはや言わずもがなであろう。







「ふむ。心ここに有らずという感じだな」


 裏庭の稽古場に出てウォームアップのストレッチを始めた早々、翔太は師匠の周作から集中力が乱れていると指摘を受けた。


「そんなことは……」


 無いというよりも早く「体幹にブレがある」と周作が断言。


「体調が悪いのでなければ雑念が混じっている証拠だ。翔太のことだからテストの成績が不甲斐なかったとか、バイト先でつまらん言いがかりを受けたとかそんな処ではないのか?」


 ドヤ顔で尋ねてくる周作に翔太は「そんな訳ないでしょう!」と全否定。ひとり暮らしで後ろ指を指されたくないので学校の成績は平均点はキープしているし、アルバイトでは給料を貰っているのだから揉め事には細心の注意を払っている。


「そんなにオマエ、優等生だったか?」


 ヘーと覗き込むように揶揄う周作に「ふつうです!」と断言。


「師匠の中でオレのレベルというか、優等生のレベルがどれだけ低いんですか! 自分から言うと自慢なのか卑下しているのか分からなくなるけど、オレの通ってる高校は割と偏差値が高いしその中で平均はキープしてます!」


 鼻息荒く断言すると、周作が目を白黒させながら「そ、そうか」と早口で捲し立てる。その様子が滑稽だったのか、翔太と一緒にストレッチをしていた智恵が、目じりを下げながら「ぷぷぷ」と含み笑いをする。


「それはお父さんが翔太クンをバカにし過ぎだわ」


「男相手ならそれくらい言っても問題ない。これで少しは雑念も晴れただろう」


 周作が肩を揺らして「わはは」と豪快に笑う。さすがは年の功というべきか、最初から知った上で揶揄っていたようだ。


「ホレ、準備が出来たら防具を付けろ。付けた以上、気の弛みは許さんぞ」


 気晴らしが済んだら真剣にやれと言外に含めると、周作が「時間だな」と縁側から稽古場に下りてきた。


 稽古場とはいっても、実際には埼玉周作宅の裏庭。屋根もなければ壁も床もない。

 広さとて個人宅の庭はとしては広い部類だが、体育館は言うに及ばず剣道場に使う公民館とは比較にならず、道場としての広さなど望むべくもない。

 しかし、その狭さこそ陰陽流にとって重要なのだ。

 合戦のような開けた場所で闘うのであれば最も有利な武具は槍だろう。理由はカンタンで、刀の殺傷力が如何に高くてもリーチの差が歴然としているからだ。

 しかしながら城攻め、さらに言えば城内に入っての戦闘や乱戦ともなるとどうなるか? 狭い屋内や周囲に敵味方が入り乱れる中では、槍の特徴である柄の長さが仇となる。図らずとも稽古場の狭さが利点となり、より実践的な稽古の場と化しているのである。


 それ故に〝打ち合い〟に関しても型の残滓を重視する剣道とは異なり、『陰陽流』では型の美醜よりも有効な部位に有効な斬撃を入れることを殊更重視する。そのスタイルは鍔迫り合いというより正しく斬り合い、一瞬の隙に刀で斬り込もうとする剣呑極まりないものだ。


「構えなさい」


 周作の呼びかけで翔太は木刀を握る。

 武具が比較的安全性に配慮した竹刀ではなく、相応の殺傷力を持つ木刀であることだけでも『陰陽流』がスポーツ剣道とは無縁な存在であることが伺える。

 握った木刀を中段と八相の構えの真ん中くらい、刀がフリーで肘が軽く曲がった処にセットする。翔太にとって初動が一番し易い構え方だ。

 対する周作は右手で木刀を持って、左手は軽く添えるだけ。一見テニスラケットをほうふつさせる構え方だが、そこから繰り出される斬撃は速く重い。一度その持ちかたの教えを乞うたが、即座に「オマエにゃ向いとらんよ」と言われてしまう。周作曰く「自分に合った構え方を探せ」とのことで、試行錯誤の末に今の構え方に落ち着いたのだ。

 実戦さながらなだけに型に捉われないこともあって、ふだんの周作はわりと自由に木刀を構えさせて好きなように翔太に打たせている。

 が……


「ダメだな」


 今日に限っては構えを見ただけで一太刀も交えることなく、周作が翔太にダメ出しをする。


「どこが?」


 尋ねる翔太に周作は首を横に振り「稽古に集中できていない」と一蹴。

 それだけではない。


「そんな浮ついた状態で稽古に臨んでも、何も身につかないどころかケガをするだけだ」


 そう言って防具を外すと、さっさと裏庭から出て行ってしまう。慌てた翔太は「師匠!」と叫ぶが、回れ右をした周作はもはや取り付く島もなし。


「今日は素振りだけして帰りなさい」


 これで稽古は終わりとばかりに、振り返ることなく母屋へと帰って行く始末。

 さらにはすぐ横で素振りをしていた智恵からも「今のは翔太クンが悪いわね」とトドメを刺されるオマケまで付いたのだった。


「いや、でも」


 口答えしようとする翔太を「否もでもも、ないでしょう」と知恵がバッサリ。


「『陰陽流』は実戦に即した剣術よ。いくら稽古といっても心ここに非ずじゃ受けさせることはできない。お父さんの対応は当然よね」


 噛んで含めるように智恵が周作の代弁をすると、最後に「解った?」と言いながら頭を小突く。

 翔太もバカではないので素直に「はい」と頷けば良いのだが、素直じゃない性格が災いして「でも」と口ごたえ。それが智恵の逆鱗に触れたようだった。


「口で諭せないのなら、体で分からせるしかないかしら?」


 木刀から竹刀に持ち替えると「雑念があるとどうなるか、身体に刻んであげる」と予告。


「いやいや、何でそうなる?」


 困惑する翔太に「柄にもなくウジウジ悩んでいるからよ!」と辛辣な言葉を浴びせると、違うというのなら証明してみせなさい」と徴発。


「いくら姉弟子でも!」


「問答無用!」


 反論した翔太だったが、10分もしない間に竹刀でしこたま打ち据えられたのであった。


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