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騎士の矜持

 陥落が必至なナの国の城を王女レーアとともに脱出して再起を図る。

 そのために秘匿した地下通路を発した直後。


「悪いが、オレは抜けさせてもらうぞ」


 付けられた筆頭騎士のひとり、オルティガイアが「付き合うのはムリ」とでも言いたげに立ち上がったのであった。


「黙って聞いていりゃあ先の展望のない温い選択、しかも当の姫さまは未だお寝んねしたままで旗印にすらなんねえ。バカバカしくて正直これ以上は付き合っていけねえな」


 レーア脱出をバッサリと斬って捨てると、愛想が尽きたとばかりに三行半を突き付けたのであった。

 みなの目がテンになる中、最初に動いたのが侍女のクリス。


「この、無礼者ーっ!」


 言うや否や彼女も立ち上がると、オルティガイアに掴みかかろうとする勢いで食って掛かる。

 この状況でそれはマズイ。

 従者として当然な行動でも、ここで手を出せば決定的な亀裂となる。

 修羅場になったら終わりだと、翔太は「手を出すな!」とクリスの肩を掴んで彼女の暴走を押し留める。そのうえで興奮するクリスに代わって「主を裏切るなんて、どういう了見だ?」とオルティガイアに真意を問いただした。

 

「姫さまがオレの主だぁ? ふざけたことを言うな」


 しかし。返ってきたのは、翔太の諫言を鼻で哂うような不遜な態度。


「オレ様はお館さまの筆頭騎士であって、姫さまはその娘ってだけだ。それなりに敬いはするが、忠義を尽くす相手じゃない」


「オマエ!」


 オルティガイアの傲慢な言い分に、諫めた翔太までもが頭にきて拳をあげようとすると、今度はガイアールが「止めな」と翔太を押し留める。


「オルティガイアの言ったことは本当だ。かくいうオレもお館さまの騎士であって、姫さまとは騎士の忠義を結んではいない」


「でも、ふたりは親子」


 ならば。と言うよりも早く、ガイアールのほうから「それがどうした?」と逆に尋ねられる。


「親は親で子は子だ。血のつながりはあるが、忠義を尽くす理由にはならんだろう」


 諭されて否が応でも理解する。翔太が知っている日本の武士と、この世界の騎士が似て非なる存在であるということに。


「だったらガイアールも、理が無ければ抜けるのか?」


 試すように訊いてみると「いや、それはない」とキッパリ。


「オレはお館さまから直接〝姫さまを護るように〟と託されたからな」


 忠誠を誓った主君の命は裏切れないと言ったのである。


「生憎と、オレはお館さまから姫さまを託されちゃいないからな。泥船で心中する気はねえんだよ」


 パーセルから直接託されたガイアールと違い、自分には柵がないと言いながらオルティガイアが愛用のドロールの八ッチを開けようとするが、ふと何かを思い出したように「そうそう」と突然回れ右をする。


「ここまで付き合ったんだ。手切れ金て訳じゃないが、姫さまから何か褒賞を貰わんとな」


 言うや勝手にレーアの荷物を開封しようとするが、無論クリスが許すはずもなく。


「姫さまの持ち物を手切れ代わりにするなど、無礼を通り越していったい何を考えているのです!」


 当然のごとく何様だとばかりに食ってかかるが、対するオルティガイアも「手切れ金の使い道に指図をするな」と引く気はなし。修羅場の一歩手前なまで張り詰めた様相は、傍にいる翔太すらもがハラハラするほど。

 険悪でピリピリした空気がさらに悪化するかと思いきや、不意に予想外の方向から「良いわよ」との返事が。


「ここまで付いてきてもらった手切れなんだから、何でも好きなモノを持っていきなさいな」


 いつの間に目が覚めていたのか。

 ゆっくり頭を振りながら怠そうに半身を起こしたレーアが、鼻息荒いオルティガイアを真っ直ぐに見つめていたのだった。


「宝石でも何でもって言いたいところだけど、こんな状況だからロクなものは持ち出してないわよ。値が張るっていったらドレスくらいじゃないかしら?」


 こんなモノで良いのか? と、顎を手に乗せ思案するレーアに、ガイアールが「構わん」と即答。


「この場でアレコレと時間を潰して、敵の捜索に巻き込まれるほうがゴメンだ。姫さまのドレスならば、然るべきところに持ち込めば高く売れるからな」


 言うとレーアの衣装箱のひとつを乱暴に掴み、今度こそドロールのハッチに身を沈めると「あばよ。オマエたちとはここまでだ」の捨てセリフを吐いて馬車を下りた。

 そのまま別れを惜しむ様子もなく、オルティガイアの駆るドロールはあっという間に地下道の闇に溶けていく。


「勝手なヤツだな」


「信じられないわ! あんな輩が筆頭騎士を拝命していただなんて!」


 後姿を見送りながら悪態をつく翔太とクリスとは対照的に、レーアとガイアールが騎士に贈る最上位の礼を取っていたことに翔太は気付いていなかった。






 ヒトの倍はある機動甲冑の大きな手で器用に衣装箱を持ちながら、オルティガイアは愛用のドロールを駆って漆黒の地下道を進んでいた。

 地下道内には敵兵の姿は見えないが、おそらく城は完全に包囲されているのだろう。四方八方周囲すべてから、殺気がビンビンに伝わってくる。


「こりゃあ思っていた以上に、戦の進みが早いのかも知れねえな」


 右に左に器用にほぞを嚙みながらオルティガイアはひとりごちる。

 ガイアールとともに脱出用の馬車に乗り込んだ時は、まだ敵兵は城壁に阻まれての攻防戦を繰りひろげていた。それゆえか筆頭騎士である自分から見て、醸す空気にそれほどの緊迫もなく未だ緩んでいたように感じた。

 それが僅か半時余りでここまでガラリと変わるとは。


「お館さまの戦場の潮目を見る目は確かってことか」


 この時刻を逃せば脱出すらままならなくなるだろう、まさにギリギリのタイミング。

 しかし戦況の進み具合は予想以上に早く、このまま手をこまねいていてはパーセルの意志を全うすることも難しくなるだろう。

 それを防ぐ手立ては?

 簡単だ。誰かを捨て置き、殿を務めさせれば良い。それも出来れば腕の立つ奴ほど取り立てるに相応しい。

 そして、その決断を下すべき人物は……なのだが。ムリだと即断する。

 ワガママ、野放図、跳ね返りと、少し考えるだけでロクでもないことばかりが思い出される。

 そして何よりも決断力で圧倒的に、劣る。


「全く……甘々な姫さまだぜ」


 言葉では散々扱き下ろしているが、その口調はどこか優しい。

 オウの国は万を超える兵力でナの国の城を取り囲んでいるのだ。いくら秘匿性の高い地下通路でも、穴という穴をしらみつぶしに探されたら見つかるのは時間の問題。

 そうなったら筆頭騎士が3人いたところで単なる賑やかし、数の暴力の前になす術もないだろう。


「あれだけ大きな馬車を見つからずに城から出すには、どこか余所で火事でも起こしてやらないとな」


 そのためのお膳立てが手切れに貰った衣装箱。箱を開けるといかにも王女が着るような仕立ての良いドレスと、なぜか現代日本なら長枕とでも称されるような細長いクッションが1本。

 ドレスのスカート部から細長いクッションを押し込むと、いわゆるお姫様抱っこで抱え込み、オルティガイアの駆るドロールは一足先に地上へと姿を見せる。


「参りますぞ〝姫〟」


 芝居がかった口調でそう言うと、ガイアールは西日に身を晒しつつ馬車の進行方向とは逆向きに駆けていったのである。






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