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開戦


 眼下に映るのは敵軍、敵軍、敵軍、敵軍の塊!

 数キロ先の遠方に位置していながら、目視でも分かる大軍勢。オウの国の侵攻軍が黒い大河のように押し寄せてきたのである。

 世界に冠たる日本のラッシュアワーや万単位の集客を誇るナイターゲームなどを知る翔太はさておき、国を挙げた祭りでもせいぜい数千人規模でしかないナの国の住人にとって万単位の大軍というのは、それこそ天変地異にも匹敵する未曾有な事態なのだろう。

 あるものは腰を抜かし、あるものは気を失い、あるものは恐怖のあまり失禁をする。

 そんな雑兵たちを鼓舞して平静に戻したのは、誰あろう国王であるパーセルであった。

 バルコニーから颯爽と現れると「狼狽えるな!」と兵たちを一喝。


「数の多さに惑わされるでない! 奴らは遠くオウの国から歩き詰めで疲弊しているのだ。しかも、しかもだ。補給もままならない遠方で固いパンと冷めたスープで飢えをしのぎながら、雨露に打たれ夜の寒さに耐えねばならぬのだ。対して我らは充分な休息で体力も漲り、暖かなベッドと暖かな食事を供して万全の体制。さらに数日持ち堪えれば、クの国から頼もしい援軍も駆けつける。いったい何を恐れる必要があるのだ?」


 パーセルの鼓舞する演説の力は絶大で、大軍を目の当たりにして動揺していた城兵たちを、一瞬で通常モードに引き戻したのである。


「腐っても国王。すっげーカリスマだな」


 パーセルの見事な掌握術に、翔太は感心しつつ舌を巻く。

 同じ兵力・力量であれば、メンタルとコンディションが優劣に大きく影響する。国王の持つカリスマと肝の座りかたで、兵たちの不安をものの見事に拭い去ったのだった。


「兵たちの動揺が収まってくれて良かったわ。敵の使者が口上を述べに来た時にウチの内情を伺おうとするから、狼狽えてたりしていたらすぐに察せられてしまうもの」

 

 パーセルが立つバルコニーの隅。

 兵たちから見えないところで翔太と一緒に待機しているレーアが、ホッとした様子で胸をなでおろす。

 なるほど、開戦前の敵情視察みたいなものか。士気のあるなしは戦況に左右するから、相手を知る上で重要な事柄だろう。

 それは理解できるのだが、


「敵の使者からの口上?」


 聞き慣れない言葉に翔太は首を傾げる。

 歴史の授業で戦争を始めるには〝宣戦布告〟がどーたらこーたらは聞いた記憶があるが、個々の戦闘でそんな手順を踏むのだろうか? わざわざ「今から攻め入りますよ」なんて宣言するより、予告なしで突撃したほうが勝率は高かろうに。

 腑に落ちないとの考えが顔に出たのだろうか、レーアが「大事な儀式よ」と耳元で注釈してくれた。


「末端の砦ならいざ知らず、ココはナの国の国王が住まう城。一国の軍が城を攻めるのであれば、事を起こす前に攻め手の使者が赴き戦の口上を奏じるのが作法よ。奇襲なんて行為をすれば「卑怯」の謗りを受けるから、オウの国のような大国は絶対にしないわね」


「なるほど」


 100パーセントではないが一応納得して顎を引く。日本で鎌倉時代とかだと「やあやあ我こそは……」って名乗っていたものなあ。そんな感じなんだろう。

 とか言っている間に「ホラ、やって来たわよ」とレーア黒山の塊を指で指し示す。

 すると彼女が示した方角から書類を携えた軽鎧の騎士がひとり、馬に騎乗したまま城門の前までやってきた。

 正門が固く閉ざされて、堀を活かすために畳まれた跳ね橋の前。城壁から見下ろす兵が多数いる中、使者となった騎士は馬を停めると、携えた羊皮紙をゆっくりと開いた。


「オウの国皇帝・ルドルフォヴナ大帝のお言葉を伝える!」


 朗々とよく通る声で、使者が携えた書状を読み上げた。


「……何と言うか、新鮮味はまるでないな」


 形容詞を付けまくってムダに格式ばった口上を聴きながら、翔太は隣のレーアにボソッと囁くと「全くね」とレーアも同意。


「大軍で脅して「命令に従え!」でしょう? 頭悪いのがまる分かりね」


 むしろ散々に扱き下ろしている。

 それも当然と言えば当然。

 書状の中身は、案の定というか予想通り。

 ナの国を併合し、オウの国の国土とする。領民の生活は安堵するが、騎士たちは身分をはく奪されて平民落ち、パーセルは〝代官職〟としてならば安寧を許すというもの。


「ただし、彼の者の代官職における身分は平民とする」


 言いたい放題好き放題、独善で一方的な通告が突き付けるのだから、端から聞けるわけなどないのだ。


「おいおい。落としどころは無いのかよ」


 胸くそ悪い提案に翔太は肩を竦める。

 説得するならナの国の王家が妥協できる提案をしろよ。爵位にも拠るだろうが、最低でもオウの国の貴族にでも列せられなければ、こんな要求を飲めるわけなどない。


「残念ながら飲めそうな提案は無さそうね」


 使者が羊皮紙を再び丸めるのを見て、レーアも「お話にならないわ」と斬って捨てる。


「中身がくだらなさ過ぎて、お父さまも右の耳から左の耳に抜けて行ってることでしょう」


 そう言って散々に扱き下ろす。気になってパーセルに視線をやると、無言のまま掌を固く握りしめている。後ろ側に位置するので表情は読み取れないが、おそらく怒り心頭か呆れてモノも言えないかのどちらかだろう。

 さすが娘だけあって、父親のことをよく見ているなと感心することしきり。

 ただ問題なのは、そうなると戦闘が避けられないということ。

 相手は動員数が1万を超える大軍勢である。対するナの国の軍勢は、徴用した雑兵を合わせても3千に届くか? といったところ。理性的に考えれば城門を開いて無血開城以外に、命が助かる見込みはないだろう。

 どうする?


「貴国の返答は如何に?」


 考える暇も与えぬまま、使者が回答を要求してくる。


「理性的に考えたら「レーアたちの身分を保証する」なりなんなりの〝条件を付けたうえで開城に応じる〟ってところか?」


 戦闘をすれば相手だって無傷じゃ済まない、だから〝交渉で相手から譲歩を引き出す〟。

 場所や世界が変わっても国家間の交渉は同じだと翔太は思っていたが、横で聞いていたレーアから「甘いわね」と呆れが混じった辛辣な囁き。


「万を超える大軍を引き連れているんだから、そんな面倒なことなんてしないわよ」


「マジか?」


 訊いた翔太にレーアが「もちろん」と即答。


「オウの国が作法に則って口上を述べたのは、大国ゆえのプライドからよ。お父さまが〝使者の足元に弓を射かけ〟て「返答」を述べたら、すぐに戦が始まるわ」

 

 まるで未来を見てきたかの如くレーアが答える。その2秒後、レーアが語った通りにパーセルが右手を軽く上げるのを合図に、城壁に立つ弓手が一斉に矢を放った。

 一拍遅れて地面を抉る〝ズササ〟という鈍い音!

 オウの国の使者が立つ足元ギリギリのところに矢が突き刺さる。


「これが回答。なのか?」


 大国の傲慢さを具現した使者を相手に「今のは威嚇だ!」としながら、パーセルが弓手に次の弓を引かせて待機させる。その上で「貴国の国王に伝えよ!」と声を張りながら〝返答〟をおこなう。


「我がナの国はオウの国のいかなる命令にも従わぬ! 圧して攻め入るというなら、相応の神罰が下されると知るが良い!」


 レーアの見立て通りオウの国の要求を全拒否。


「早急に立ち去るが良い!」


 今一度使者の足元に威嚇の矢を一斉射撃した。


「後悔せぬことだ」


 オウの国の使者が踵を返す。

 それが合図だと言わんばかりにオウの国軍から鬨の声、ナの国の籠城戦が始まった。


 その早々。


「ショウタよ。頼みがある」


 翔太はパーセルから直に呼び出されたのであった。


読んでいただきありがとうございます。


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