王城混乱
クラガリーの砦兼関所がオウの国の侵攻によって墜とされた凶報は、ナの国をパニックに陥れるのに十分なインパクトがあった。
「どういうことだ! 何故オウの国が前触れもなく攻めてくる?」
理解できぬとパーセルが声を荒げるのも、もっともなこと。
僅か数日前にはオウの国の使者が訪れて、王女レーアとの婚姻話を提案していたのである。そんな状況でいったい誰が、大規模な侵攻を企てているなどと考えられようか。
しかし現実は非情。
「残念ながら事実です」
先にレノーイとの面通しを済ました宰相ゲープハルトが冷徹に答えるが、報告を聴いてもなお未だパーセルは半信半疑。唸りながらも「しかし」と疑念を口にする。
「つい先日かの国の使者がレーアへの婚姻話を持ってきたのだぞ。にもかかわらず舌の根も乾かぬうちに大軍で攻め寄せるなど、伝令が持ってきた情報とはいえ真実なのか?」
「お館さまは、家臣の報告を疑うと?」
少し非難するようなゲープハルトの諫言を、パーセルが「そうではない!」と強い口調で打ち消す。
「儂は単に〝俄かには信じられぬ〟と言っておるのだ。婚姻話が退けられると見るや、間髪入れることなく国境を越えての侵攻。手際があまりにも良過ぎやしないか?」
パーセルの疑念が当然の理だったのだろう。
「……疑念はもっともでございます」
納得しつつも「いささか推測も混じりますが」と、ゲープハルトが上奏を続ける。
「某が思うところ恐らく先の婚姻話は、わが国を穏当に乗っ取るために持ちかけた話ではないかと愚考いたします」
ゲープハルトが言うには巧く行けばただの1人も兵を挙げることなく、平和裏にナの国を併合することも可能。しかも土地も荒らすことなく全て手に入れれるので、オウの国主導の政略結婚はある意味、これ以上ないほど経済的な併合方法であるというのであった。
「小さいながらも我が国は、南向きの肥沃な土地が広がり農耕に適しております。加えて諸国に連なる街道にトネの大河と陸運水運にも恵まれており」
「広い国土を持つとはいえ、荒涼たる荒れ地が多いオウの国としては是が非でも手に入れたいと申すのか?」
パーセルの問いにゲープハルトが「御意」と肯定。
「先の婚姻も姫の輿入れ。いささかムリ筋なので、向こうにしてみれば〝あわよくば〟といったところ。軍隊による侵攻は既に計画していたのではないかと」
己の考えをつらつらと述べるゲープハルトに「いや、少し待て」と、同席していた筆頭騎士頭のガイアールがストップをかける。
「宰相殿の推測には納得できる部分もあるが、婚姻にせよ侵攻にせよ準備にそれなりの時間がかかる。虎視眈々と狙っていたにしても、行動がいきなりで拙速すぎやしないか?」
ガイアールの指摘はもっともで、万単位の軍隊の侵攻なら少なくても数か月、王族同士の結婚の根回しならそれこそ年単位の日数が必要で、いくら秘密裏に行おうとしても何らかの情報は漏れ伝わる。にもかかわらず今回の事例は、寝耳に水どころか電光石火もかくやというべき、およそ考えられない急先鋒なのである。
「ガイアール殿の言うように作戦としては最低極まりない拙速加減、あちらとて単純な力押しは望まぬ展開ですな」
「なら、何故?」
「向こうに〝そうせざる得ない〟事情ができたかと」
そこまで聞いてパーセルが合点がいったように「あの長雨の所為か」と漏らす。
「ラーインの大河も氾濫したのだ。その被害の穴埋めが蜂起の原因だと?」
「忍ばせている間者からの報告では、麦のみならず肉も野菜もことごとく高騰していて、庶民は明日のパンも買えぬありさまとのこと」
「パンのために戦争を仕掛けるなんて迷惑な話だぜ」
ガイアールがストレートに感想を漏らすと今度はパーセルが「原因のひとつではあろうが、理由としてはいささか薄いな」と疑問を呈す。
「オウの国は大陸いちの大国。河が氾濫して不作になろうがどうしようが、金貨をばら撒いて食糧を買い込めば、民の不満を抑え込むことは出来よう」
例え大軍で攻め入ろうとも戦にはリスクが付きまとうのだ。糧食が心もとない状態でふつうは争いを仕掛けたりしない、侵攻するなら国内が盤石な状態が良いに決まっている。
「定石ならお館さまの仰る通りです」
「だったら、どうして攻め込む?」
意味が分からんと咆えるガイアールをひと睨みすると、ゲープハルトが「そうせざる得ない理由ができたから。でしょう」とイレギュラーだと断言。
「理由は何だ?」
「長雨の被害が、耕作だけにとどまらなかったようで」
ゲープハルトが調べたところ、河の氾濫で水没したのは農地だけでなく、国内各地に散らばる工房の多くも被害を受けたのだという。さらには国内随所で地滑りなどの大規模災害が同時発生して、多くの鉱山が壊滅的被害を被ったとの情報も得ていた。
「ここまでの大災害ともなると何の手も打たねば暴動は必至、ヘタをすれば王家が傾くこともあり得るかと。王家転覆を未然に防ぐには、飢えた国民の目を外に向ける必要があります」
「それがこの大軍勢か?」
「勝てば略奪から凌辱まで何でもありですから。王家の財布も無尽蔵ではないでしょうし、諸侯にも手っ取り早く手柄と恩賞を与えることができます」
「もはや避けられぬ戦か」
「……残念ながら」
交渉の余地はないとゲープハルトが言い切ると、パーセルも覚悟を決めたように「で、あるか」と瞠目する。
その上で上奏してから膝を折ったまま後ろに控えるレノーイに「そなたに尋ねる」と問いかけた。
「キサマの目から見て、敵軍がこの城に辿り着くまで、どの程度の猶予があると算段する?」
オウの国の軍勢の進行速度の質問に、レノーイが苦渋の表情を見せながら「申し上げます」と頭を上げる。
「クラガリーの砦では抗うほどの力はなく、侵攻軍はほぼ無傷に近いかと思われます。大規模な軍勢ゆえに行軍に時間はかかるかと思いますが、おそらく明日中にはここ王城に辿り着くかと」
「再度確認するが、オウの国の軍勢は如何ほどであった?」
「自分が砦を離れる直前に見た数では、歩兵がおよそ1万。騎馬が300から500、機動甲冑が20騎程度でございました」
最後の光景を思い出しながらレノーイが答えると、前置きなしにガイアールに「戦えるか?」と訊いた。
「掛け値なしの予想として、全軍で繰り出しても、打って出れば四半時。守りに徹しても良くて半日。籠城で粘ったところで、せいぜい3日ってとこでしょうか? 如何せん兵力差があり過ぎて、全滅は必須ですな」
「筆頭騎士ともあろうものが、いくら敵の数が多いとはいえ、全滅必至とは弱気過ぎやしないか?」
悲観過ぎるシナリオに不満を漏らすゲープハルトを、ガイアールが「とんでもない」と左右に首をぶんぶん振りながら反論。
「これでも兵の士気が高ければという前置きが付きます。恥も外聞もかなぐり捨てた本音で言えば〝尻尾を撒いて逃げ出す〟のが最善手です」
勝ち筋の見えぬ戦いに「合い分かった」とパーセルが言うとレノーイを問答無用で下がらせる。その上で「軍議を開く」と宣言し、翔太をはじめとする筆頭騎士全員を招集したのであった。
「レーアにも来るように伝えよ」
読んでいただきありがとうございます。
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、何卒ご愛顧のほどお願いいたします。




