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侵攻


 クラガリー峠の砦に物騒な鐘が鳴り響く。


「敵襲! 敵襲! 敵襲!」


 櫓の上からレノーイがあらん限りの声を張り上げて緊急事態を告げる。

 大国に通ずる交通の要所とはいえ、軍事的には辺境の駐屯地に過ぎないクラガリーの砦である。

 鐘楼の鐘など訓練でならともかく、実際に鳴らすことなど砦ができてこのかた今の今までただの一度もない。

 ゆえに初動で「レノーイの野郎。何をトチ狂って鐘を鳴らしてやがるんだ」とアグニが憤慨しながら櫓に昇ったのも無理かなること。


「うるさい! メシ時にふざけるのも大概にしろ!」


「あだっ!」


 話を聞くよりも早く、アグリの拳骨がレノーイの頭上にさく裂する。


「よく聴け。この鐘は緊急時に鳴らすものだ、悪戯やしょうもないものを見つけたときに鳴らすのはご法度だ!」


 大声でどやしつけるも「その緊急時っス!」と、涙目ながらもレノーイに怯む様子はない。


「アレを見てください。まだ遠いからおぼろ気ですけど、街道の先でスゴイ量の砂埃が舞ってるのが見えるっしょ?」


 何時になく真剣な表情で街道の遥か先、オウの国の領地を指差す。


 勢いに圧されて「どれだ?」と訊くと、レノーイが「アレっすよ、よく見てください」と指先をアグリの眼前に持ってくる。

 距離にして7~8キロ先だろうか? 

 レノーイの指す方向にモヤモヤしたものが見え隠れしているが、果たしてこれが本当に敵襲なのだろうか?


「陽炎じゃねーのか?」


 日差しの加減で、この時期のクラガリー峠は陽炎が頻繁に発生する。空気が揺らいで空と大地の境界があいまいになるので、早とちりが常なレノーイが見間違えただけなのでは?

 が、アグリの疑念に屈することなく「そんなことはない!」と見間違いを否定。


「もう一度よく見てください! ゼッタイに見間違えなんかじゃないっスから!」


 頑なに〝敵襲〟を主張するレノーイに根負けして「そこまで言うなら」と街道の先に目を凝らすと、確かに陽炎の創る揺らぎとは一風違うような……いや「何だあれは?」と 知らぬ間に口から疑問符がこぼれていた。

 遠すぎて、はっきりとした輪郭は見えない。だが確かに何かが蠢いている。

 いくら目が良いとはいえレノーイのヤツ、よくもあんな遠方の異変に気付いたものだ。

 かすかに見える砂煙の舞い上がり。その中に頭一つ……いや、カラダ半身デカイ影がひとつ、ふたつ……いや、もっといる。頑張って数えてみると、その数実に十数個。

 そして、唐突に思い至った。その影の正体に。


「なんてこった。アレは機動甲冑じゃないか!」


「何すか、ソレ?」


 砦以外の兵役経験のないレノーイがのん気に質問してくる。


「細かいことはオレにも分からん。市井の賢者が発明したデッカイ鎧で、アレが1騎いるだけで熟練の騎士100人に相当するというトンデモねー代物だ」


 かいつまんだ大雑把なアグリの回答に、レノーイが「怖っ」と身震いする。

 アグリにしてみたら怖いよりも「何故」が先走る。こんな辺境の峠に何故最新兵器の機動甲冑がいるのか? その理由のほうが気にかかる。


「何が考えられる? 偵察? ……あり得ない。威圧? そんなことをして何の意味がある?」


 思いつく限りの可能性を模索して、予測される顛末を恐れるあまりに、意図的に排除していたひとつの結論に辿り着く。

 大量の砂塵が舞っていて、多数の機動甲冑。砂塵の正体というか原因は大量の兵隊が行軍しているからに他ならない。

 連中の行き先は? 

 峠の一本道なのだから問うまでもないだろう、きゃつ等は真っ直ぐこちらを目指している!


「当たって欲しくない大金星だが、アレは正真正銘の敵襲だ」


 自分でも分かるくらい恐ろしく低い声でハッキリと告げる。


「ええと……実はオウの国から訪問の知らせがあるとか?」


 自分で「敵襲」と言っておきながら未だ信じられないのか、希望的観測をもって問うレノーイの質問に、アグリは「ねーよ」と即答。


「儀礼目的の行軍なら、とっくに先触れが訪れている」


 向こうの特使が直接来るか城から上役が来るかは別として、要らぬ衝突を避けるためにも絶対に何らかの知らせが砦に届く。この期に及んで知らせがないということは、つまり……そういうことだ。


「それにだ。親善訪問だったら、砂埃が舞うような大部隊を組んだりしない」


 例え国王のお付きや護衛の任でも、親善が目的ならば不必要な挑発を避けることもあり、兵の数は精々がとこ数百といったところ。踏み固められた街道で砂塵が舞い上がるようなことはない。


「稜線の向こうからでも見えるんだ、集まった兵の数は少なく見積もっても1万は下らないだろう。そこに騎士が駆る機動甲冑が十数騎もいるんだ、2万の大群が押し寄せるようなモノか」


 対してこちらの兵の数は数十人。盾どころか路傍の石ころ程度の障害にもなりやしないだろう。


「……レノーイ。オマエは今すぐ砦を下りろ」


「ろ、籠城の準備ですよね?」


「違う。今すぐ馬を駆って、大至急城に参じんだ」


 何故と驚くレノーイにアグリは「この砦は堕ちる」と断言。


「オウの国が何をしたいのか? 真の目的は分からんが、あれだけの大軍に囲まれて砦の勝ち目なんて、万にひとつどころか太陽が西から昇るくらいありゃしない」


「それは! そうっスね」


 彼我の差が圧倒的にあり過ぎる。守る側が有利な籠城戦に持ち込んだところで、精々半日持ち堪えれるかどうかといった処だろう。

 少し考えれば子供にでも分かること、レノーイも素直に頷いた。


「だからこの状況を一刻も早くお館さまに伝える必要がある。代官殿に書状をしたためてもらうから、オマエはそれを持って一刻も早く城に向かえ」


 そう言うとアグリは櫓を降りると代官の詰める館に駆け込むと、ものの十数分で蝋蜜印で封された城宛ての書状の筒を貰い受けてきた。


「これを持って城に駆け込め。代官様とオレからの最優先命令だ。ゼッタイに後ろを振り向くな。どんなことがあったもこの書状を届けるんだ!」


 そう言うってレノーイを伝令に駆けさせた。


 これで砦の役目は全うした。

 矢継ぎ早に指示を出し終えると、気が抜けたのかアグリは「ふう」と大きく息を吐く。

 この間、時間にして1時間余り。

 思えばクラガリーの砦でいちばん濃密な時間だったかもしれない。


「やることはやったかな?」


 自問自答すると、絶妙なタイミングで「ですな」の返事。


「あとは散華をどうするか? ですかな」


 声の方向に振り向くと、代官のマクベールが「やあ」と手を掲げ、ニヤニヤしながら後ろで立っていた。


「敵が向かってきているんです。何故脱出しないのです!」


 微かな砂煙しか見えなかったオウの軍勢も、今では肉眼で識別できるほどに近づいてきている。あと1時間もすれば、この砦も戦火に飲み込まれるだろう。

 非戦闘員の代官はまっ先に脱出するべきなのだ。

 しかしマクベールは首を横に振る。


「儂はこの砦の代官職だよ。最高責任者がまっ先に逃げだしたらイカンだろう」


 部下の事務方をすべて脱出させ、自分は残ると言い張ったのだ。これにはアグリも「ク、ク、ク」と笑うしかない。


「ふだん細かいくらいに金勘定をしているのに、最後の最後で勘定ができませんか?」


「全くだ」


 つられるようにマクベールも「ク、ク、ク」と笑う。


「では最後にひと足掻き、やってみましょうか」


「了承しよう」


 マクベールの許可を受け、アグリが鬨の声をあげた。

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