暗雲の前兆 4
クラガリー峠にあるナの国の砦。
実質的には国境の関所であり、さらに細かく言えば単なる出入国カウンター兼通行料金徴収所に過ぎない。
従って兵の数は2桁に過ぎず、しかもその大半は事務を生業とする文官であった。
一応それでも威嚇のために武器を持つ兵もおり、監視用に櫓もあって交代で歩哨が張り付いていて、国境の砦としての体裁を保っている。
それが名ばかりであることは公然の秘密であり、実質の目的である金銭を取り立てる役職に就く文官はともかく、監視や警備に当たる一般兵は質も士気もお世辞にも高いとは言い難い。
砦の兵長を務めるアグニにとっては連中の質の低さが頭痛の種で、今日も今日とてイマイチやる気のない兵たちのケツを叩くのに神経をすり減らしていた。
「定例報告。毎度のことながら、異常なし。どうせ次も同じことを繰り返して言うだけだし、何だったら「せーの」で全部まとめて報告しましょうか?」
櫓から降りてきた歩哨を務めるレノーイの雑な報告に、アグニは「横着をするな!」と彼奴の頭にゴンと拳骨をお見舞いする。
鈍い音と同時に「イタイ」と言って盛大に顔をしかめるが、そんなものは自業自得で知ったことじゃない。要らぬ失言で不興を買ったレノーイが悪いのだ。
目が良くて観察眼も高いので歩哨として優秀な資質を持つ男なのだが、とにもかくにも口が煙よりも軽くて能天気の塊なので、せっかくの美徳が霞んでしまう残念な男であった。
「監視の報告に「次もまとめる」なんて適当な報告があるか! いい加減な見張りで、万が一敵軍の侵入を見逃したらどうするつもりなんだ!」
声を荒げてアグニは叱責をするが、怒鳴られたレノーイに効き目はなく「またまたぁ」と気に病む様子など欠片もない。
「そんな大げさに煽たってダメですよ。敵軍どころかお城の騎士すらロクに来ない峠道なんですから、櫓の仕事は空に流れる雲の数を数えることくらいでしょうに」
肩を竦めて身も蓋もないことを言い放つ。舐め切った態度を取る若造に、アグニは「バカ野郎!」ともう一度怒鳴りつける。
「今日敵軍が来ないから、明日も来ないなんて保証はどこにもない。あるかも知れない〝万が一〟に備えて監視するのが、このクラガリー砦の重要な仕事なんだ」
砦の存在意義を懇々と説明し、そのために怠ってはいけない日々の業務の理由を語ると、アグニの意に反して「そんなことは分かってますって」と説明不要との返事が。
「火事を見張る火の見櫓と同じで、戦の煙が上がっていないのか見張るのが仕事でしょう? オレもバカじゃないんで、監視櫓がある理由くらい知ってますよ」
ドヤ顔でレノーイが胸を張るが、その程度のことを知っていたとて自慢にもならない。
「櫓が見張りのために建っていることなんぞ、鼻を垂らしたガキだって知っている」
冷徹なアグニの指摘にレノーイが「ウグッ」と唸る。
「もう一度言うが、オレたちの仕事は〝万が一に備える〟ことだ。気を抜くんじゃない!」
「で、で、で、でも、でも。鼻たれ坊主は砦や櫓を知っているだけで、オレはそこに詰めている上に歩哨に立っているのだから、月とスッポンというか全然違うっしょ」
「だったら仕事をちゃんとやれよ」
「そこは張り合いというものが……」
「監視という重要な任務を与えている」
「都だったら重大任務だけど、クラガリー峠の砦だと……」
言外にド田舎の辺境で、意欲がいまいちと吹かすので「アホ」ともう一度叱責。
「まあ、実際閑職なんだが、それでも手を抜いて良いという理由はない。それに異常なしは、ナの国にとって良いことだ」
極めて真っ当なアグニの考えに、レノーイが「それも、そうっスけど」と理解しつつも未だ納得が出来かねるという様相。
こいつはプライドと戦っているんだと理解すると、アグリは「考えてもみろ」と口調を穏やかなものに切り替えた。
「オマエは閑職だとボヤいているが、櫓に昇って日がな一日遠くを眺めていれば俸禄が貰えるんだ。しかも僻地手当が付くから、他の隊より銀貨が3枚も余分に懐に入ってくる。こんな美味しい仕事が他にあるか?」
農夫のような重労働もなく、商人のような駆け引きや職人が使う技巧も必要ない。偶に槍を持っての戦闘訓練はあるが、それとて鍬で1日中畑を耕す農夫に比べればずっとラクなはず。
精神面で諭すのではなく待遇面の良さを強調して旨味をアピールすると、効果はてきめんだったようでレノーイが「なーる」と呟き、何かを悟った模様。
「ないっスね。高待遇で恵まれてますね」
「だろう。だから、勤めはちゃんとやれ」
「了解しました」
今しがた迄のだらけた雰囲気が雲散霧消。キビキビとまでは言わないが、ダラダラだったレノーイの動きに活気が戻ると梯子を軽やかに登っていく。
その後ろ姿を見ながらアグリは「やれやれ」と凝った肩をほぐした。
へき地に詰める兵長に必要な資質は、隊の指揮力が高いことでも剣技の優れていることでもなく、兵のモチベーションをダレることなく維持させる能力に長けていること。
そういう意味ではアグリは優秀な兵長であり、クラガリーの砦の警備の職を過不足なく勤め上げているのだった。
クラガリー砦に詰める兵たちに活躍実績は皆無に等しく、ごく稀にいる密貿易者の捕縛と天候不順時にいる遭難者の救助くらいなものである。彼らは常に、。
そう、昨日まではそれで何の問題もなかった……
クラガリーの砦において2直交代を実施している櫓からの監視は、日の出と日の入りのタイミングが歩哨交代の時間となる。言えば昼勤と夜勤であり、今日のレノーイは昼勤の当直であった。
「グシシシシ。あと1刻も櫓に昇って立っていれば、給金に銅貨10枚がプラスされるんだ」
櫓の上にある見張り台で、レノーイが監視そっちのけで金勘定に思いをはせる。考えることはもちろん仕事なんかではなく、数日後に貰える給金の使い道だ。
「久しぶりに街に降りてデッカイ串肉を片手にエールをグビリと……いやいや、そんなものは何時でもできるし、ここはイッパツ娼館に繰り出して酒池肉林に溺れて……しかし、それだと給金が一気になくなってしまうか!」
人生最大の選択のように苦悶しているが、中身は至ってしょーもないこと。はっきり言って「好きにしろ!」っていうくだらないこと。
それでも視線は遠方を向いているのはさすがだが、お頭の中身は山吹色のオゼゼのことでいっぱい。これがこの砦に詰める兵の平均的な出来であり、兵士長のアグリに出来る指導とモチベーション管理の限界でもあった。
まあ、それはさておき。
強い西日に方頬が染まり視界が揺らぐ中、レノーイは街道のはるか先に何やら黒い塊のようなモノを見つけた。
何だありゃ?
「日差しの影にしちゃ妙にチラチラするし、見間違いをするにはクッキリ過ぎる」
そんな事よりも給金の使い道に意識を注ごうとするが、いちど気になり始めるとどうしても視線がソッチを向いてしまう。そしてレノーイの驚異的な視力は、黒いモヤモヤした塊の正体に気付いてしまった。
「あれは、機動甲冑!」
身の丈の大きさからして間違いない。それが5……10……もっといる!
オウの国から親善目的の来訪など聞いていない。にもかかわらず、あれだけの大群が隊列を組んで向かってくるとなれば、考えられ事はひとつしかない。
「敵襲!」
レノーイはあらん限りの声を振り絞り叫ぶと、ただの一度も使われたことのない敵軍の急襲を報じる鐘をガンガンと叩き鳴らした。
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