暗雲の前兆 3
ヒステリーを発症している女性への正しい対処法とは、いったいどのような方法なのか?
相手が人間なだけにその方法は千差万別、それこそ人の数ほどアプローチの仕方があるだろう。
その中で翔太が実践しているのは〝一切逆らわない〟という、相手の発言を全肯定するという対応である。
知恵や玲香を相手に学んだ〝ヘタな反論は逆効果〟という学習成果が遺憾なく発揮されていた。
……レーア相手に。
「……という訳なのよ。信じられる?」
鼻息荒く、レーアが翔太に「どうなの?」と尋ねる。
ヒートアップしながら半時間もノンストップで愚痴を言い放ったのだからそりゃ疲れもするだろう。肩で息をしながら酸欠の金魚ヨロシク、ゼイゼイと呼吸も荒く口をパクパクとさせていた。
「えっと……」
大事なのはここで迂闊に言質を取られないことだ。「信じられる」と言っても「信じられない」と答えても、その後の展開はロクなものにならない。
「そうなんだ」
肯定するのではなく事象を認めることで答えると、どうやら回答を間違えていなかったようで「ええ、ホント大変だったのよ」との愚痴だけで済んだ。
「使者のくせにやたらプライドだけ高くて、やれ「第3王子と婚約するのだから名誉に思え」とか「こんな小国には、またとない慶事」とか好き放題言ってくれて……思い出しただけでもムカムカしてくるわ」
使者が去ってまる1日が過ぎようというのに、レーアの怒りは未だおさまろうとしない。
「そう言う輩は自分の実力がないから、他人のふんどしで大きく偉大に見せようとするんだな」
どこの世界にでもいるよ、そんなヤツ。と言いながら翔太は相槌を打つと「そう、そう。ソレ、ソレ」と恐るべき食い付き。
「何かと言うと「オウの国」をかさに着るのよ。ホント、ムカつく」
塩があったら部屋中に撒くような勢い。落ち着くまでキッチリ半時間ほど毒を吐き散らかせていた。
そしてキッチリ半時間後。
「どう、どう、どう」
翔太はまだ興奮冷めやらぬレーアを、宥めるようにあやしていた。
「何なのその言いかた。牛や馬じゃないんだから!」
悪態のつき方がいつものレーアなので、エキサイトしたヒートアップは収まったのだろう。ブツブツと文句は言っているが、頭に昇った血が下りたのか顔色が正常に戻っている。
「牛馬じゃなくてヒトだと言うなら、文句をたれるのではなく知的で建設的な話をしような」
諭すように提案すると「分かったわよ」とレーアが姿勢を正し、タイミングを見計らったかのようにクリスがお茶を給仕する。
「ショウタさまが来ていただいて助かりました。おかげで姫さまの毒も大分と吐き出されたみたいで、最悪だったご機嫌も随分と持ち直してくださいました」
お盆を胸の前に持ちホッとするようにクリスが本音を漏らす。さすがに家臣へ直接当たり散らすようなことはなかったが、そうとうな不機嫌で城内の空気は相当ピリピリしていたとのこと。
「オマエ……何やってるの」
君主の態度としてどうなの? と問い詰めると、レーアが「フン!」と逆ギレ。
「あんなつまらない話を持ってくる、オウの国の使者が悪いのよ!」
「いやいや。例えそれが事実でも、態度を表に出さないのが上に立つ者の度量だろう」
「臣下と同じにはできないから、オウの国の使者の前ではキレてなかったわよ」
「ダメだ、こりゃ」
家臣にもキレてやるなよと言うよりも早くぶっちゃけるレーアに、処置なしとばかりに翔太はバンザイのポーズを取る。
「とまあ、万事こんなご様子でしたので、ショウタさまに来ていただいて感謝しています」
つらつらと語るクリスの説明に「そういうことね」と状況を理解する。
「いきなりの婚姻話にマリッジブルーになっていたんだ」
勝気とはいえレーアも女の子。そういうこともあるのかと口にしたら「違うわよ」と当人からの強い否定。
「王族の娘に生まれたからには、結婚をするのも政の一部。国に益があるのなら、誰を婿にとろうとも誰に嫁ごうとも一切の〝否〟はないわ」
レーア曰く今まで婚姻の話が無かったのは、政略結婚の駒がレーアひとりしかいなかったからとか。そこに花嫁を夢見る女の子は存在せず、まるで他人事のように淡々と語るだけ。
「だとしたら何故、そのオウの国とやらの王子との結婚話に憤慨? 話を聞く限りじゃ向こうは超大国で、三顧の礼とまでは言わないけど是非にと請われて……超優良物件じゃねーの?」
それでも突然降って沸いた慶事、多少の〝自慢〟はあるんじゃないかと話を振ってみたら「バカじゃないの? アンタ、バカよね? 救いようのないバカだわ!」と怒涛の罵声の3連コンポ。
「仮にもわたしは王位継承権持ちの王女よ! それがたかが第3王子風情に嫁ぐなんて、ナの国を舐めているとしか言いようがないわ!」
「でも、相手は超大国なんだろう?」
同じ王族とはいえ玉の輿じゃないの? と言おうとしたら「継承権のない王子に嫁いで、ナの国に何の恩恵があるの?」とバッサリ。
「オウの国の後ろ盾……」
「ムリね。向こうに飲み込まれるのがオチよ」
体裁こそ縁談だが、その実態は戦争を伴わない侵略だとキッパリと言い切る。
「ヘタに戦に持ち込むと国土が荒れて、領土拡張する旨みがなくなるから、王子との婚姻という大義名分を付けて穏便に侵略。実質的にナの国を属国扱いにしたいのでしょう」
だから態度を曖昧にしたら使者が態度を硬化したのよと言い放つ。
「考え過ぎじゃないのか? たかが結婚話を有耶無耶にしたくらいで」
翔太は端で笑い飛ばしたが、レーアの表情は冴えない。
「穏便に済めば良いけど……イヤな予感しかしないわね」
呟くようにレーアが不安を漏らしたが、図らずもその不安は的中した。
最悪の形で。
ナの国の北方に控える大山脈。
その標高は5000メートルをゆうに超え、切り立った岩と分厚い氷河が人々の往来を拒み、神々と悪魔が集う場所と人々に恐れられている。
森林限界を超えた頂に道などはなく、挑むのは山に魅せられた好事家か命知らずの冒険者だけ。
ゆえに広がる手つかずの大地には、澄み渡る清らかな水をはじめとする豊かな恵みを育み、その恩恵は山麓に位置する国々にあまねく享受されておりナの国もその中のひとつに数えられる。
学術的にも非常に興味深い案件ではあるが、物語の本筋から大きく外れるので、その講釈はまた別の機会に譲ろう。
そのような壮大たる大山脈ではあるが、頂と頂の間には谷筋があり、比較的大きな箇所には村が興り自然と人々の往来が発生する。そして道が生まれる、いわゆる〝街道〟と呼ばれるモノである。
コトの成り立ちも本筋から外れるので割愛するが、オウの国と名の国の国境であるクラガリーの峠にナの国の砦がある。
主な目的は峠を往来する商人からの通行料の徴収。
砦は名目で実質は関所、それも現代の感覚でいうなら入出国カウンターのようなモノ。軍備などはいわばハッタリで、利用する商人たちにたいする箔付けするためだけの存在である。
いや、そうであった。
オウの国から響く軍靴の音が聞こえるまでは。
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