暗雲の前兆 2
突然降って沸いたレーアの婚姻話。
相手は大陸の覇者ともいえる超大国オウの国の第3王子。
この第3王子という相手の地位がナの国を、そしてレーアを追い詰める。
これが輿入れではなく第3王子の婿入りであったなら、ナの国は諸手を上げて賛成したであろう。レーアが王女としてナの国を差配し、その後ろ盾としてオウの国が存在する。これ以上ない強固な同盟関係であり、ナの国にとっておよそ考えうる最良のシナリオである。
また例え輿入れであっても、相手が第1王子すなわち王太子であるならば、それはそれで歓迎できたであろう。レーアがオウの国の正妃になるのだから、当然のこととしてオウの国がナの国の後ろ盾となり、それは第3王子が婿入りするよりもより強固な関係となるだろう。
問題となるのは王位継承問題だが、レーア男子を2人以上産めばそれも問題では無くなる。
しかし第3王子への輿入れはダメだ。
ナの国の王位継承者はレーアただひとり。つまり輿入れはナの国がオウの国に併合されるようなモノであり、到底容認できることではない。
ナの国の立場からすれば「ふざけるな!」のひと言で大使を追い返したいところだが、いかんせん相手はかの大国オウの国。相手が悪すぎた。
「オウの国の使者は「返答をもって国に戻る」と申しております」
プレッシャーをかけるようにゲープハルトが使者の意向を王族ふたりに伝える。それらしく言葉を飾ってはいるが、早い話「さっさと返答しろ」と圧力をかけているのは明白。
「そう急かすな。儂の返答ひとつでナの国の命運が左右されるのだ。慎重にもなろう」
ゲープハルトの催促にパーセルが苦虫を潰す。
輿入れを受ければ属国になるも同義、とはいえ撥ねつければオウの国との関係悪化は必至。万一にも戦になれば国力の差からも勝つことは絶望的。パーセルでなくともうかつに返事などできようもない。
「それは、もっともです。しかしながらオウの国の使者をあまり待たせるのも、相手を軽んじていると取られ、得策ではございません」
「それは分かっておるが、分かると出来るは別物じゃ」
半ば逆ギレのようにゲープハルトに「すぐに返答できないモノはできない」と言い張る。
そして当事者であるレーアはというと、いきなりの展開に頭が付いていかず当惑していた。
これでも王族、自分が政争の道具だということは十分に理解しているし、婚姻もまた自由恋愛ではなく国の意向に左右されることは知っている。
しかし会ったことはおろか見たこともない相手に輿入れとか言われても、好悪がある無し以前に実感すらも湧いてこない。
それに使者も使者で気が利かない。婚姻の打診をするのならば、せめて婚約者の姿画くらいは持って来いっていうの!
「婚姻の申し込みだけで即返事と申されても、お父さまの言う通り慎重にもなりますわ」
だからせめて、少しはゴネさせてもらおう。
パーセルに便乗するように、レーアもまた困惑の表情を浮かべたのだった。
「人となりは言うに及ばず、お名前すら分からないのであれば、返事のしようが無いではありませんか?」
恋する乙女のようなキラキラした声色を用いながら、辛辣かつ的確に相手の盲点を突く。
「た、確かに。姫さまの仰る通り、オウの国の使者は第3王子の名前すら告げておりませんでした」
「でしょう。お受けするかしないのお返事をするのは、お相手の殿方のお名前と姿画を拝見したからでないと、逆に先方に対して失礼ではありませんか?」
「左様でございますな」
有耶無耶の内にゲープハルトを丸め込む。パーセルも予想外の援軍ヨロシクレーアの尻馬に乗り「娘の言う通りだ」と後押しをする。
「使者殿にはそのように申し伝えよ」
ゲープハルトが「御意」と了承するが、当然のことながら事はそう簡単にはまとまらない。
翌日、使者がパーセルに面会を求め「何ゆえ、そのようなことを申されるのか?」と真意を尋ねる態の抗議をしてきたのである。
「パーセル陛下は、我がオウの国の第3王子を軽んじられておられるのか?」
しかも単刀直入ストレートに訊いてくる。
恫喝じみた使者の問いを「滅相もない」と家宰のゲープハルトが即座に否定。目配せを受けたかのようにパーセルが「使者殿」と逆に問いかける。
「わざわざ儂が改めて言うまでもなく貴殿が仕えるオウの国は大陸一の大国。そんなことをしても害ばかりを被るだけで、砂粒ほどの益も得られの思うが?」
どうだ? という質問に使者が「いかにも」と尊大に答える。
「我がオウの国はこの大陸の覇者であり宗主国である。わが国の第3王子が貴国の姫君を妃にと請ういることを誇っていただきたい」
「しかし……」
「未だ、何か?」
下出に出てヨイショしたら、つけあがりやがって。
大使風情でありながら、何処までも上から目線。
顔に笑顔を貼り付けながらもパーセルの堪忍袋はキレる寸前。それが証拠にこめかみの欠陥が浮き上がり、手元がわなわなと細かく揺れている。
おそらくあと一押しでパーセルの我慢は限界を超えるだろう。そうなる前に穏便にお引き取り願わねば。
怒り心頭なパーセルを宥めるように、レーアが「身に余る光栄なお話ですが……」と当事者の立場から使者に尋ねる。
「そのような高貴なお方にただ「王子様」と呼称するのは如何なものかと? しかも婚約の栄誉を賜るのであれば、当然お名前で呼び敬うものではないですか?」
パーセル同様、あざとい笑顔を貼り付けて小首を傾げる。
ただ厳ついオッサンのパーセルと違い、澄ましていればレーアは三国一の美少女である。その破壊力はバツグンで、オウの国の使者が当てられたかのように顔を赤らめる。
「そ、それは……」
「違いますか?」
赤面ししどろもどろになった使者に、レーアは「わたしは逆に不敬だと思いますが?」とさらに追い打ちをかける。
真顔で迫ると、整った顔立ち故に別の迫力があるのだろう。
「確かに。そうかも、知れぬが……」
美貌のレーアから使者が目を逸らし、さっきまでと真逆の主張をすると、ここぞとばかりに「ですよねぇ」と同意に持ち込む。
「使者様のお役目はこのわたしの〝人となり〟を確かめることも有るのではないですか? ご存分に見ていただくと同時に、第3王子様の人となりもお知りしとう御座います」
役目を強調すると「当然、仰せつかっておる」の返答。たたみかける様にレーアは「ならば」と再度問う。
「お名前と姿画の交換を取り交わし、然るべき手順を踏んでから婚約の約定を結ぶべきだと存じますが?」
「某の一存では決めかねるが、姿画の取り交わしは本国にて掛け合ってみましょう」
如何? と訊くと、掌返しのように、あっさりと了承してきた。
一介の〝使者〟なので確約でないところは少々残念だが、相手の譲歩を引き出したところは戦果と称しても良いだろう。
有耶無耶に持ち込むまで、あと一押し。
「それに申し入れ戴けたことは光栄なのですが、第3王子がわたしのような女を気に入ってくれるのか。いくら政が絡むとはいえ、安易に取り結びをするのは如何なものでしょう?」
この政略結婚を第3王子が承認しているのか? 当事者の真意を問うことで、間接的に揺さぶりをかける。
怒涛の勢いで押し切ろうとしたが、レーアは少々調子にのり過ぎた。
言葉尻のどこかにNGワードがあったようで、使者の目からハイライトが消える。
「我が国の政に首を突っ込むとは……佳人だけでなく頭が切れる才女のようだが、思慮とお口が少々緩いようですな」
不機嫌さを顕に、傾きかけた使者の天秤が一瞬にして元に戻ったのである。
さすがに一度口に出したことを取り消すほど厚顔ではなかったが、帰り際に表情を消したまま「与えた機会をふいにするするとは」と意味深なことを呟く。
それは一体何を意味するのだろうか。
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