滲みだす澱
強引に玲香に引っ張られての買い物への同伴。
本人曰く、これは最近自分を蔑ろにした補填のデーとのこと。実際にはデートにかこつけた荷物持ちだが、それは取り敢えず置いておく。
いま一番の不覚は、そんな知り合いに見られたたくない醜態を、よりにもよって最も見られたくない八重樫に目撃されたことである。
「よ、よう。こんなところで出会うなんて……き、奇遇だよなぁ」
出来るだけ冷静を装って挨拶をしたが、対する八重樫は醒めたなんてのを通り越して、それこそ宇宙人でも見るような視線。
そのうえ返事がとんでもない。
「確かにこんなところで、だな。レディースのランジェリーショップから出てくるなんて、加納に女装趣味があるとは知らなかった」
「あるか、そんなもの! 証拠も無いのに根も葉もないことを言うな!」
カン違いも甚だしいことを抜かすので怒鳴り散らすと、八重樫が「証拠なら目の前に鎮座しているじゃないか」と店名ロゴの入った紙袋を指しながら呆れ顔で指摘する。
「その店、高級ランジェリーショップとして超有名だぞ。当然だけど男物は取り扱っていないから、加納が買ったならイコール女装の趣味に帰結するだろう?」
「その短絡思考、止めれ」
頭は良いのに何故に考え無しにそんなことを言う。断固抗議だとばかりに文句を言うと「だったらその下着、いったい誰が着るんだ?」と、どうでもよい様なアホなことを訊いてくる。
「女性モノなんだから、少なくてもオレじゃないことは明白だろうが?」
男なんだからと翔太は強調するが、八重樫は「でもなあ」と懐疑的。
「ヒトの趣味は千差万別だからなあ。加納がブラやショーツを身に付けても、オレはオマエの性癖を受け入れようと思うぞ」
「勝手にオレをヘンタイ趣味の持ち主にカテゴライズするな! 手に持っているイコール着用するだなんて、ガキみたいな短絡思考は即座に止めちまえ!」
ヘンタイ扱いされたら堪ったモノじゃないと、声を大にしての全力拒否。すると八重樫が考え込むように「ふーん、なるほど」とひとりごちる。
「つまりその下着類は女性が着るもので、加納は買い物の付き添いとして同行しているに過ぎない。と」
「いろいろツッコミ処はあるが、大枠はそれで合っているぞ」
「つまりは今、デートの途中ったと?」
このトンデモ発言に驚いたのは、誰あろう翔太であった。
聞いた途端「なっ!」と大声をあげて絶句すると、その場でフリーズするように固まってしまう。
「違う!」
一拍遅れながらも全力で否定するが、八重樫の表情は呆れ顔で「違うも何も、自分でデートと白状しているじゃないか」と肩を竦める。
「オレはデートなんて、ひと言も言っていない」
それでも翔太は頑なに違うと言い張るが、もはや破綻レベルは言い逃れが出来ないほど。訊いた八重樫が処置なしといった面持ちで、我関せずを貫いていた玲香に「南条さんはどう思うの?」と話を振った。
「荷物持ちとして加納クンを買い物に付き合わせたのは事実だわ。それがデートか否かは、見た相手が勝手に想像して判断すれば?」
両手でペットボトルの紅茶を持ちながら、世間の評価に興味が無いのか「それがどうした?」ふうに答える。
飲む気ががあるのかないのか、手にしたペットボトルを弄びつつ「それによ」と訊いた八重樫に向かって質問に質問を返してきた。
「一緒に歩いたらデートだったら学校の廊下で並んで歩いてもデートになるし、駅で電車を待つ間に横に立たれてもデートになるんじゃない?」
完全なる屁理屈だが玲香の口調は有無を挟む余地がなく、八重樫に「確かに……」と言わせるだけの力があった。
「だから八重樫くんがデートだと思えばデートだし、違うと感じたら違うのでしょう?」
言いたいことを言うと、話しはそれで終わりだと、話を拒絶するようにペットボトルを口に当てて再びだんまりを決め込む。
八重樫は「やれやれ」と言うように両手を広げて小さく肩を窄める。
「だ、そうだ。バッチリ目撃されているのに、ウソにウソを重ねて誰が信じる? 南条さんのように否定も肯定もしないのが模範的回答だ」
言外に「それに対して翔太はガキ過ぎる」と言っているかの如し、みるみる機嫌が悪くなっていくのが自分でも分かる。別に小バカにされてもいないのに、ついつい「ああ、そうかい」と声を荒げてしまった。
「どうせオレは単細胞で考え無しだ。好きなように扱えば良いだろう!」
捨て台詞のように言うとすっくと立ちあがり、八重樫に対して「あばよ!」と回れ右をする。
ちょっとからかうだけだったのに……
半分大人な高校生がヘソを曲げて帰るか、ふつう?
ゲリラ豪雨のような一瞬の出来事に、八重樫は頭の処理が追い付かずに状況から取り残されていた。
現実に引き戻ったのは、玲香の「気にする必要はないわ」との慰めののようなひと言がきっかけ。
やっと動き始めた頭を左右に振って正気に戻し「何のことだ?」と尋ねると、玲香が異星人でも見るかのように「分かっているでしょう?」と答える。
「器が小さいというのとはちょっと違うわね。有体にいえばお頭の中身がお子ちゃまで、高尚なやり取りができる経験値が不足してるのよ」
まるで全て分かっているかのように語りながら、玲香が手にしたペットボトルの紅茶をゆっくりと飲み干す。
「ちょっと待て。その言いかただと、南条が。うぐっ!」
最後まで言い切ることができなかった。
喋る八重樫の口を、玲香がさっきまで飲んでいたペットボトルを押し付けて塞いだのである。
「イイ男でいたいのなら余計なことは詮索しないの」
顔はニコニコしているが目は笑っていない。踏んではいけない尾を踏んだと悟り、八重樫は「そうだね」とひきつった声で答える。
「賢い男の子は好きよ」
「それは……どういたしまして。ならば、あのガキは?」
玲香を見据えたまま、視線だけを翔太の去って行ったほうに向ける。
と、
「アレは言ったら発展途上。どうなるかはこれからよね」
何を訊くんだか、とでも言うようにコロコロと笑う。
「やけに加納の肩を持つね?」
「からかい甲斐があるからね」
面白いオモチャを自慢するかのように玲香が答える。言葉の端々に「ゼッタイに手放さない」といった雰囲気が見え隠れして、それが八重樫の気持ちを何故か苛立たせる。
「特定の男子に執心するのはマズくないか?」
「執心はしてないわよ。でも面白いから気には入っているかな」
ランジェリーショップに連れて来たのも、からかって反応が楽しかったからだと玲香が語る。
本人は気付いていないだろうが、その口調はとても楽し気で、手を焼く駄々子をイジリ倒すのが面白いと、まるで気に入ったオモチャで楽しんでいる子供のよう。学校内での高飛車で不機嫌なオーラを纏わせている玲香とはまるで対照的だ。
一方、玲香の弾む声と反比例するように、八重樫の不機嫌はどんどんと溜まっていた。
最初の時こそふつうに相づちを打っていたが、会話が進むにつれ無言の時間が長くなる。
最後には「用事を思い出した」と、話の腰を折り逃げるようにショッピングモールを後にした。
その時、否が応でも悟ってしまった。八重樫は玲香に心を惹かれているのだと。
と同時に、翔太に対して初めてどす黒い感情を抱いたことを、当人はまだ気付いていなかった。
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