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機動甲冑 災害を制す

ネトの大河は南にある山脈に端を発し、中流域で東西の流れに向きを変えると緩やかな蛇行を繰り返し、ワの国に果てにある北の大洋に注ぐ河川である。

 ナの国は正にその中流域のど真ん中に位置し、ネトの河がもたらした肥沃な大地と地政学的な交易の中枢が相まって、小さいながらも大陸有数な豊かな国の地位を築いているのであった。

 街道の要となるネトの河に架かる橋が流されるということは、ナの国にとって屋台骨を折られるのと同じ。文字通り国家の存亡に関わる大事であった。


「これは……酷いというか、不幸中の幸いというべきか。判断に迷う状況だな」


 被災地を目の当たりにしてガイアールが唸る。

 中流域とはいえネト河は大陸有数の大河。川幅は優に1キロを超えていて、天気が悪いこともあり対岸は霞んで見えないほど。

 そこに架かる橋だけに造りは堅牢なのだろう。一見すると無事なようにも見えるが、足元を見ると手前側の橋桁が不自然な形で沈んでいる。


「ふむ。川の増水で橋台の基礎が流されたというか崩れてしまった。それで手前の橋桁が脱落したのだな。これでは橋は使い物になるまい」


「ああ。調べるまでもない」


 レオンハルトの見立てにガイアールも同意する。

 釣られる様に翔太も被災現場をよく見てみると、堤防というべき河の堤自体は無事なようだが、堤と橋の付け根に当たる部分はごっそりと流されており、橋台に当たる積石は脆くも崩れ落ちていた。


「でも、河の中にある橋脚は無事っぽいよな? ふつうは流れが強い河の中央部のほうがヤバいんじゃないのか?」


 ふつうで考えれば河は中央部のほうが流れが速くて橋脚にかかる負荷も強いだろう。ならば橋の中央部が崩落するのが筋というものでは?

 素朴な疑問を投げかける翔太に、レオンハルトが「そんなことはない」と真っ向否定。


「流れそのものはショウタの言う通り、河の中央のほうが早くて勢いもある。だが受ける力というべきものは、領岸のほうが中央部よりもずっと強いのだ」


「えっ、そうなのか?」


 意外な回答に「マジか?」と疑問さながらに訊き返すと、レオンハルトが「当然だ」と断言する。


「そもそも河中の橋脚は水の流れを受け流す造りになっているから、少しくらい川の水位が上がったからとてどうということは無い。しかし橋台は堤にぶつかる水の力を全て受け止めるのだ、これだけ水位が上がって勢いが増えれば崩れることもあるだろう」


 さすがは当代きっての錬金術師。

 流体力学は専門外にもかかわらず概念というべきモノは完璧に理解していたようで、橋台崩落のメカニズムを翔太を含む筆頭騎士たちによどみなく説明したのである。

 もっとも訊いた当人たちはチンプンカンプン。ガイアールを始めとするの筆頭騎士たちは「何を言っているのかさっぱりじゃ」というあり様。まだ多少はその手の教育を受けている翔太にしても所詮は普通科高校、本格的に学んでいる訳ではないので理解できるのは精々触りだけ。

 結果、己の無知を誤魔化すかのように、オルテガルムをはじめとする脳筋連中が「理屈やご託は良い。我らの使命はこの崩れた橋を直せるかどうかの見極めにある」と殊更に現状視察を強弁することとなる。

 どっちが屁理屈だか?

 聞きようによっては屁理屈の応酬だが、そこは相応な知性を持ったレオンハルトが「そうだな」とあっさり折れる。


「確かに今は理由の追及をしている場合ではないな。いかに早急に復旧させれるかを検討することのほうが大事だ」


 つまらぬ見栄で議論を交わすことなく、現実的な課題に思考をシフトして問題定義をした。


「オレもそれが一番だと思う。ところで、この崩れた箇所って、どういう風に復旧工事を進めるんだ?」


 機動甲冑を重機のように使えと提案はしたが、工業高校の建築科ならばともかく翔太の専攻は普通科。土木工事などは学んでいないので完全に門外漢。なので手順は一番知って良そうなレオンハルトに直接尋ねる。


「手順はそんなに難しくはないぞ。橋台の周りを囲って河の水が流れ込まないようにして、崩れた橋台の石を積み直して脱落した橋桁を再び付け直すのだ」


 レオンハルトが〝手順は難しくない〟と言うだけあって、復旧に際しての一連の流れは聞いただけで翔太にもすんなりと要領が理解が出来たし、筆頭騎士たちも普請を指揮した経験があるのだろう「そういう流れになるだろうな」と殆ど尋ねることもなく同意を示す。 

 しかし筆頭騎士たちが同意したのは手順だけ。たちまち「しかしだな」と表情を曇らせる。


「口で言うのは易しだが、この濁流の中で橋台の周りを堤のように囲うのは骨だぞ。撒いた傍から土が流されていくだろうから、いったいどれくらい時間がかかるのか見当もつかん」


 橋梁復旧の重要さは認めつつも、待ち構える作業の困難にガイアールが天を仰ぐ。


「これだけの工事だ。人夫も大勢集めにゃならんし、囲いに使う土砂もとんでもない量になるぞこりゃ」


「いくらお館さまの命でも、コイツはちとムリがあるな」


「ダメだ! ダメダメ! 騎士のする仕事じゃない!」


 困惑するガイアールに追随したのか、脳筋のオルティガイアとマニッシュが脊椎反射かと思うような勢いで不可能だと叫ぶ。


「まあ待て。概算ではあるが、必要な人夫と資材を試算してみた」


 概念的に大工事になると予想するガイアールに、工事のボリュームを数値で示そうとするレオンハルト。アプローチは両極端だが、出した答えはいみじくも同じ内容。濁流と化した河川での橋の改修は、とてつもない人員と資材が必要となるモノであった。

 そして、翔太はというと。


「必要な資材はレオンハルトが見積もった通りだろうけど、時間と人数はコイツで節約できるんじゃないか?」


 自らが提案したウィントレスの躯体を叩いてアピールすると、タイミングを見計らったかのように「やかましいわ!」とオルティガイアとマニッシュがユニゾンしながら食ってかかる。


「オマエが眉唾にお館さまが踊らされて、我らがこんなところに出張る羽目になったんだ!」


「全くもって腹立たしい! この落とし前をどう付けてくれる?」


 腕っぷしだけで召し上げただけあってか、災害復興などの知的労働は完全な門外漢。労役に駆り出されたとの不満を隠そうとしない、それこそガイアールが「止めんか」と止めなければ、刀で斬りつけようかというような勢いであった。


「堕ちた橋が早く直るなら願ったり叶ったり。機動甲冑でそれが早くできるというのなら、見せてもらえればいいのだ」


 庇いだてしながらも「分かっているんだろうな?」というような睨み付け。戦いが本分な筆頭騎士たちは王命でイヤイヤ同行しているのが見て取れる。僅かな失策でもあれば、それを口実に責める気がありありと見てとれる。


「それで貴公は機動甲冑を使って、どうやって普請を行うのだ?」


 一方。想定外の運用自体が知的好奇心を促しているのだろう、レオンハルトが機動甲冑を使う営繕方法を訊いてくる。


「橋を直すのはオレも専門外だから方法は分からん。けどレオンハルトが言った囲い作りなら出来ると思うぞ」


「なるほど。一番時間のかかる〝足場造り〟に機動甲冑を使うのだな?」


「まあ、そういう事だ。だからオレの指示に従って欲しい」


 翔太はそう言うと、一番理解が早そうなレオンハルトを呼び大まかな〝手順〟を説明した。



 翌朝。


 疲れ切った翔太たちとは対称的に、未だ水嵩の増えたままのネトの河岸に、僅か一晩で据えられたとは思えぬ橋台が出来あがっていた。

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