大災害発生
「申し上げます。ネトの河が氾濫。街道の橋が濁流にのみ込まれて崩落しました」
豪雨を押して駆け付けた伝令による急報は、一瞬にして大広間にいる歴々を騒然とさせた。
「あの堅牢な橋が堕ちたのか?」
「交易の街道が寸断されただと!」
「堤は大丈夫か?」
「分からん! 3日3晩止まぬ雨だ。川嵩も上がっているし、堤もどこまで持ちこたえてくれることやら?」
「待て待て。堤が決壊すれば、周囲の畑がみな水没してしまうぞ」
「そんなことになってみろ、我が家は破産だ!」
最初は誰が言ったのだろう?
ひとりが騒ぎだせば連鎖的に不安が広がっていき、わずか数分で社交の場だった大広間がパニック寸前にまで陥った。
宰相のカールハインツが「落ち着け!」と鎮静化に乗り出すが、パニクる連中が十把一絡げの雑魚ではなく重臣を務める面々である。宰相の一喝など糠に釘、そもそもが叱る立場のカールハインツ自身が浮足立っていて「大声を出すな」程度にしか効果がないときている。
結果的に大広間は騒然としており、絞めるべきパーセルも情報収集にいっぱいいっぱいでそれどころではなく、誰もが不安を隠せないでいる。
ただひとり、事態の重大さが分からずポカーンとしている翔太を除いて。
「橋が崩れたのは大事故だろうけど、そんなに慌てふためくこと?」
災害大国ニッポンに住む翔太からすれば「そういうこともあるだろう」のレベル。大変といえば大変だろうけど、梅雨の長雨や秋の台風シーズンともなれば、よく耳にするだけに然したる緊迫感も持ち合わせていない。
しかしナの国では国家レベルの大災害なのか、翔太ののん気な独り言が逆鱗に触れたのか「何のん気な事を言ってるの!」とレーアが一喝。
「ネトの河が氾濫したのよ! しかも街道の橋まで落ちたのよ! 戦どころじゃない大災いなんだから!」
空前絶後の大災害なのだと早口で捲し立てる。
ネト河はナの国の中心部を東西に流れる大河で、比較的穏やかな流れであることから、隣国との交易や流域住民の飲み水や灌漑等幅広く使われているとのこと。また河川交通に恵まれない南北方向には街道が整備され、そのうちのいくつかがネトの河に橋が架けられているという。
ふだんは恩恵を恵むネトの河がここ数日の長雨で増水氾濫し、遂には街道の橋をも押し流したのだ。しかも流された橋が通る道がナの国交易上最重要となる街道だっただけに、その衝撃たるやパーセルをも絶句させるほど。
「アンタも知っていると思うけど、我が国は他国に小麦などの穀物やチーズや干し肉といったの農産品を売ることで成り立っているの。その交易をおこなうための街道が途切れたらどうなるか、アンタの頭がいくらおめでたくても想像がつくでしょう?」
エライ謂われかただが、レーアの言わんとすることは翔太とて容易に想像ができる。
教えを乞うたことはないが今までの流れから、ナの国が農業国だということは予想できていた。機動甲冑を多く取り揃えようと企むくらいだから、それなりの産業立国であることも確か。国の規模はそう大きくなさそうなので、現代ヨーロッパならオランダ辺りに相当するのだろうか?
その際重要インフラである街道の橋が崩落したからこそ、レーアが国難レベルと称しているのであった。
「おそらく河も荒れて舟も使えない。そんな状態で渡しなんて論外、岸を離れた途端にひっくり返ってしまうかも知れない。大変なことになってしまうわ」
橋の崩落に焦るのはレーアだけでは無かった。
「橋が堕ちるほどの大惨事じゃ。被害や損害もそれだけで済むまい」
玉座から立ち上がったパーセルもまた、眉間に皺を寄せながら「交易の荷は無事なのか? 街道の被害はどうなっている?」と国王自ら矢継ぎ早に問い合わす。
「ネト河近くの畑の様子を調べよ。収穫に影響があってはならん! 近くに畑を持つ兵については帰参を許す。速やかに手を打て!」
宰相もまたパーセルの意を汲み、被害を抑えるべく城兵に命令を出すと、領地持ちの騎士たちもまた「我らも畑を守りに参ります!」と次々に退城を願い出る。
彼らにしてみれば財産が無に帰すかの瀬戸際、城にこもっている場合なとではないのだ。宰相が支持をしてパーセルの許可さえ出れば、今すぐにでも飛び出して行くだろう。
刻々と判明する被害に緊迫する様子はヒシヒシと伝わるが、令和日本に暮らす翔太から見ると、災害対応に認識のズレというか違和感が徐々に大きくなる。
「橋が墜ちたり道が崩落したりして大惨事なんだろうけど、これケガ人とか被害者は出ていないの?」
そう。災害報告は次々上がっているにもかかわらず、人的被害については全くといってよいほど言及されていないのだ。あったとしても「荷馬車が流れました」の報が主で、次に積荷の被害、人的被害はついでのついで。人命は軽視どころか半ば意図的に無視されているのだ。
人命は地球よりも重いだなんてお花畑的な思考は持ち合わせてないが、それでも濁流にのまれるなどして人が流されていなくなってしまえば、農業を始めとするあらゆる産業が痛手となる。
そんな翔太のもっともな疑問は、領地持ちの騎士による「たわけ!」で返ってきた。
「街道が無事でなくては、荷を運こぶことが困難になり交易に支障が出る。さらには橋の崩落に巻き込まれて積荷が流されていたならば、財産の危機もさることながら、荷が遅れることで信用と補填に影響が出るではないか! 流民でも募ればどうにかなるような民草の無事などは後回しだ!」
件の騎士が人命軽視も甚だしい暴言を吐くが、ここではそれが常識であるがため、その発言を注意とか咎めようとするものは誰ひとりとしていない。それよりも「お館さま!」とパーセルに号令を早くしろと具申よろしく無言で訴える。
国王パーセルも思いはひとつなのだろう。訴えかける騎士たちに「大災ゆえに許す」と帰参の許可を与えた言葉に被せるように、翔太は「ダメだ!」と真っ向反対を表明する。
「こんな土砂降りの中を氾濫する河川に近づいたら、濁流に巻き込まれて2次被害に遭遇するだけだって!」
橋が流されるほどの災害なら堤も当然斬れるか崩落しているだろう、もはや手遅れの状態で復旧作業に従事したところでどうにもならない。むしろ更なる被害に遭遇して、犠牲者を増やすだけになりかねない。
しかし大広間の趨勢は「寝ぼけたことを言うでない!」と翔太に否定的。
「交易の荷と畑の無事を確認するのは何よりも大事。これしきの雨で出渋る訳にはいかん!」
「そうだ! 儂らの財産を守ればならぬ!」
逆に火を点けたようで騎士たちから気勢があがる。むしろナの国の勇気を示す時とばかりに拳を振り上げる。
「臆病者の戯言など斬って捨てよ」
一気呵成なことを言っているけど、それ蛮勇だから。
脳内からドーパミンがあふれる連中に言ったところで、燃え盛る炎に向かって薪をくべるだけ。命がいくつあっても足りやしない。
「せめて重機でもあれば、多少はマシなんだろうけど……」
猪突猛進な連中を冷めた目で見つつ思わず呟いた言葉に、翔太はふと考える。
重機が無いのなら代わりに何を使えば良い?
有るじゃないか!
「だったら、機動甲冑で見回りと工事に出たら良い」
対案を出した翔太に騎士連中は言うに及ばず、パーセルもレーアも、果ては技術指南に就いたばかりのレオンハルトまでもが目がテンになっていた。
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