些細な進化
「翔太クン。最近何か、プライベートで大きなイベントでもあった?」
埼玉道場での稽古の最中。
合間の小休止で面を外した折に、唐突に姉弟子の知恵が翔太に「あのさ」と尋ねてきた。
「急にどうしたんですか? 藪から棒にヘンなこと訊いてきて」
いきなりのことに訝る翔太に、知恵が「いやー、だって」と下唇に指を添えながら可愛らしく首を傾げる。
「今月に入ってから稽古に来る回数も減ったよねえ。その分アルバイトが忙しいのかな? と思っってファミレスを覗きに行ったら、翔太クンたらバイト自体を辞めちゃっているでしょう」
解せぬ。とでも言いたそうに深刻ぶって知恵がひとり頷くが、その行為はどう好意的に見てもストーカーそのもの。黙って話を聞いていた翔太も「知恵さん。アンタいったい何をしているんです」と姉弟子の行為に呆れる。
「そりゃだって、大事な弟弟子よ。気にかけるのは当然の事でしょう?」
美人な女子大生に「気にかける」と言われて悪い気はしないが、この姉弟子は人を揶揄うことが大好きな困った性分。額面通りに受け止めると後でひどい目に遭うこと請け合いだ。
「本当にオレのことが心配なだけですか?」
問い詰めるようにもういちど尋ねると、知恵が「もちろんよ」と頷きながらも右手で小さな輪っかを作っていた。
「大事なのは月謝かい!」
現金過ぎる知恵に翔太はツッコミを入るが、返す刀で知恵に「ウチは舎弟1人の弱小道場なのに、月謝もへったくれもないでしょう」とぶった斬られる。
知恵は師範代の娘なのだから、埼玉道場の実質的な門下生は翔太ただひとり。しかもその月謝とて稽古を付けてもらうための〝名目〟として渡しているだけで、ほぼロハに近いような寸志なのだ。
「まあ、それは冗談として」
「投げっぱかよ」
翔太のボヤキを知恵が手を振ってスルーすると、本当に投げっぱしたようで「それはそれとして」と強引に話題を切り替えてきた。
「急にバイトを辞めるだなんて、どういう心境の変化があったのか、お姉さんとしてはすごく気になるのよ」
「バイトを辞めたのは、訳あって引っ越しをしたので、いろいろ時間的にキツクなったからです」
玲香のマンションに半ば強制的に転居させられ家賃を払う代わりに毎夜夕食を作ることになったので、バイトに勤しむ時間的余裕がなくなったのが辞職した真の理由だが、バカ正直に話す必要もなかろう。
ミス・キャンパスにでもなれそうな女子大生が冴えない高校生のプライベートに興味があると思えないし、実際問題として訊いた知恵自身が「ふ~ん、そうなんだ」と軽く聞き流したほど。
そして、きわめて軽い口調で「ま、良いんじゃない」と締めくくる。
「せっかくの学生生活をバイトに明け暮れるのもどうかと思うし、それで精神的にノビノビできるようになったのが理由かも知れないわね」
「……話の筋が見えないんですけど?」
精神的にノビノビ?
とんでもない。
唯我独尊を地で行く玲香がルームメイトなのだ、気が休まるはずなどない。
だが知恵は翔太の困惑を別の意味にとったようで「意外と本人は気付かないモノなのかな?」と優しげな表情を作りながら「あのね」とその理由を口にする。
「剣がね……強くなったというか、したたかになったような気がするのね」
「マジで?」
望外の評価に翔太が驚くと「ウソついてどうするのよ」と知恵が鼻を鳴らす。
「でも、どこが強くなったと?」
何せ本人にはそのような自覚は一切ない。それどころかたった今、乱取り稽古で知恵からボコボコにされたばかりである。それで「強くなった」なんて言われたら、新手のイジメかと邪推してしまう。
しかし言った知恵は大真面目。
「今までだったら悪くいえば猪突猛進だったのよね、翔太君の放つ剣筋って。それが相手の立ち位置や剣筋を考えながら打ち込むようになったような気がするわね」
少し考えこむように下唇に指を添えるながら知恵が理由を説明すると、横から「俺もそれは感じた」と師範の周作までも知恵の主張に同意する。
「少し周りを俯瞰できるようになったな。だから以前みたいに力押しで遮二無二打ち込み、相手のペースに乗せられて自滅することが減ったのだろう。強くなったと言ってもいいかも知れんな」
周作の解説に知恵が「うん、うん」と大きく頷く。
「そんなこと言われても、ゼンゼン実感がないですけど……」
セリフで聞く限りでは翔太をべた褒めだが、実際のところは先の乱取り稽古で翔太は知恵から1本も有効打を取れていない。
不貞腐れるように返事をすると「そりゃ、ムリってものだろう」と、周作が翔太の頭を掌で軽くたたく。
「知恵を相手に1本取れたら、インターハイでも良いところに行けるぞ」
「ええ、そうでしょうとも」
周作の評は納得せざる得ない。
何せ大学で剣道部に所属している知恵は、大学対抗では全国大会における上位進出、個人戦でも2年連続セミファイナルまで残った猛者なのである。
女子では圧倒的な強さを誇り、男子部を相手にしても全国大会出場者と互角以上に戦えるし、ともすればあっさりと1本勝ちして見せるほどの強者である。
それだけの実力を持ちながら決勝まで上り詰めれないのは、本気を出すとつい『陰陽流』の癖が出てしまって反則負けを喰らってしまうからで、無意識に手加減をしてしまうが故の結果なのである。
本人曰く、ルールや縛りがまどろっこしいのだが『陰陽流』で本気を出すと相手にケガさせてしまうかもしれないという。
「どうせ翔太クンはインハイに参戦しないから、その辺りの成績がどうこうなんて関係ないか」
「クラブ活動をする気が無いですから」
元から興味がなかったし、寝たら異世界に意識が飛ばされるようになった今では更に興味が薄れている。さらには玲香の飯の世話が新たに加わり、精神的にも時間的にもそんなゆとりはなくなっている。
「まあ、そうよね」
予想通りの答えだったからか、さもありなんとでも言いたそうな口調で知恵が納得の表情を作る。
だがそれも束の間。
「ところで、さ……」
唐突に口調が変わり、知恵が口角を上げてニヤリとする。
「どうして急に〝同棲〟なんてモノを始めたのかな?」
「なっ!」
爆弾発言に息が止まりそうになる。
「引っ越しをしたのって、女の子のところでしょう?」
しかもズバリを言い当てている。
諸々の事情から学校にだけは引っ越しの事実を伝えたが、ヘタな誤解を避けるためにも玲香の指示通りに〝同じマンションの同一階〟としか報告していない。バイトを辞める際にも〝一身上の都合により〟としているし、悪友の八重樫にも「必要ないから」と引っ越しの「ひ」の字も伝えていないほどなのだ。
それを何故、知恵が知り得たのか? しかも玲香と同室で住んでいる事実まで。
その情報収集力の凄まじさに、翔太は酸欠の鯉のように口をパクパクさせながら狼狽える。
「ど、ど、ど、何処からその情報を……」
「入手したのかって? 翔太クンは、その理由を知りたいのかな?」
悪戯っぽく尋ねる知恵に翔太は何度も首を振って頷く。
このウワサ好きの姉弟子に情報源を握られたままでは何かとマズい。危機感から問いただすが、そのようなことでどうにかできるような相手ではない。
「この私が情報ソースの出所を、そんな簡単に暴露するとでも思う?」
ニタリと笑いながら訊いてくる知恵の問いかけに、翔太はガックリとうな垂れながら「思いません」と首を左右に振った。
このキレイなお姉さんに擬態する姉弟子は、翔太を揶揄うのに命を懸けているのであった。
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