下僕ではない……と思う
引っ越しというより荷物の処分に終始の結果、本人が移動しただけで片付けらしい片付けもなく、午前中でほぼすべての作業が完了してしまった。
「お腹が空いたわ。何か作りなさいよ」
時計を見れば1時すぎ、腹が減るのも道理といえば道理。上からの物言いに従うのは少しばかり剛腹だが、ヒモと言われないためには翔太が食事を作る必要がある。
「分かったよ。とりあえず冷蔵庫にあるもので」
適当にと開けてみれば、見事なくらいもぬけの殻。食材は言うに及ばず、調味料のひとつもなければ飲料すらも入っていない。
「これで何を作れと?」
呆れた状態に声を振るわせながら玲香に訊くと「わたし、料理をしたことないもの」と開き直る。
玲香曰く、家庭科実習でも担当するのはほぼ〝味見〟役で、生まれてこのかた包丁を握った回数は数えるほどだとか。
「そう言えば、お母さんも「料理を手伝え」と言ったことが殆どなかったわね」
ああ、もう訊かなくても分かる、玲香は正真正銘の〝不器用〟だ。
お店で出すレベルともなると相応の技量も必要だが、突き詰めると料理が出来る出来ないはセンスによるところが多々ある。極端なことをいえば包丁使いが少々おぼつかなくても、煮炊きや味付けにセンスがあればある程度の料理が出来るのだ。しかし恐らくだが、玲香はそのセンスが皆無なのだろう。
親やクラスメイトの危機回避能力が優れていたお陰で、彼女は今の今まで調理に携わることがなかったのだと容易に想像できる。
「要するに、食材の調達から一切合切をオレがする訳だな」
「そういうことでヨロシク」
もはや決定事項とも言うように玲香がクレジットカードを投げ渡す。
「ゴールドカード……じゃなくて、ブラックカード!」
噂には聞いていたが本物を見たのは初めて。というか、そもそも高校生がクレジットカードを所持していること自体がおかしいのだが、玲香が「家族カードよ」と事なげにネタばらしをする。
「バカ親父に出させた大学卒業までの生活費の一環よ。カード不可のところもあるから、それとは別に現金も貰っているけど」
「……この、ブルジョアめ」
悪態をつきながらも妙に律儀な翔太は、ぶつくさ言いながらも近所のスーパーに食材を買い求めに出かけたのだった。
「それで、買ってきたのがコレ?」
帰宅早々。
翔太の持つレジ袋をひったくり、彼が調達した〝食材〟に玲香が眉を顰める。
「何か、問題があるか?」
別にヘンなものは買っていないのだが、玲香の機嫌はみるみる悪くなり「おおありよ」とのたまった。
「わたしはアンタに〝お昼ご飯を作って欲しい〟と言ったのよ。レトルトカレーと総菜だったら、いつもとこれっぽっちも変わらないわよ」
「南条。オマエ、レトルト食品なんか食べてたのかよ?」
およそ〝らしくない〟メニューに翔太は驚くが、玲香曰く「天気が悪かったりして外出したくないときは食べるわよ」に納得。
「湯煎するだけだもんな、どんな料理オンチでも作れるわ」
「言うな! だからアンタにはちゃんとした料理を作ってもらいたいの」
出来合いなんて許さないとばかりに玲香が強弁する。
「レトルトの食事をとるくらいなら、外に食べに行ったほうが美味しいものが食べれてずっと良いじゃない」
「そもそも値段が違う。同じ土俵に立ててやるな」
リーズナブルな庶民の味方をバカにするなと文句を言うと、「分かっているわよ」と理解を示すがそれでも不満顔。何か手作りに拘る理由があるのだろうか?
「それに、レトルトをそのまま出そうとは思ってないぞ」
さすがにそれでは味気ない。半ば成り行きであろうとも、受けた以上は翔太も一応ながら考えている。
えっ? と驚く玲香に向かって「まあ、見ていろ」というとキッチンに籠る。
フライパンに油を張ると薄焼き卵をさっと焼き、その間に総菜のロースカツをオーブントースターで温め直す。
チキンピラフのパック飯を薄焼き卵に載せると、手早くオムライスを作り上げ、周囲にレトルトのカレーソースをかけていく。
これでもファミレスの厨房スタッフとして勤務していたのだ。調理に携わっていなくとも門前の小僧ではないが、盛り付け工程はつぶさに見ているので劣化コピーは造作もない。
チーズと細かく刻んだパセリを散らし、最後にオーブンでさっと焼けば焼きオムカレーの完成だ。
付け合わせにカット野菜のサラダとコンソメ味のカップスープを添えれば、ファミレスで供されるカレーセットなどとそん色ない一品となる。
「ほれ、できた」
「そりゃ、元がレトルトなんだから」
最後まで言いはしなかったが、そこまで口にすれば「短時間でできて当たり前だ」と喋ったも同義。暗に〝手抜き〟と揶揄しているようなもで、これには少々カチンとくる。
封を切って皿に盛っただけなら、その謗りも甘んじて受けよう。だが翔太はそこにひと手間を加えたのだ、文句があるのなら食ってから言え。
翔太の無言の圧力に根負けしたのか「思いの外早くご飯を作ってくれたから、今から食べれば遅めの昼食で通るわね」ともっともらしい理由を付けて玲香がスプーンを手に取ると焼きカレーを食した。
すると。
「!!!」
玲香が驚いたように目を大きく見開くと、次の瞬間には貪るようにスプーンを口に運び続ける。その食事の様子はまさに〝がっつく〟としか言いようがなく、なけなしの見栄で最低限のマナーこそ取り繕ってはいるが、開発途上国によくある難民キャンプの欠食児童と何ら変わりがない。
1人前としては少し多すぎたかな? というような大盛りサイズだったにもかかわらず、みるみる間に玲香の胃袋に収まっていく。曲がりなりにもお嬢様だけあって所作が上品だからそうは見えないが、食す速さは早食いを自負する翔太とタメを張れるほど。食べ始めてから終始無言だったこともあるが、あれだけあった昼食のカレーがわずか数分でペロリと平らげられたのだから相当なものだ。
「うん。まあまあだったわね」
澄まし顔で平静を装うが、テーブルを挟んだ真向かいで翔太も食べていたのだ、貪るように口に運んでいたのは火を見るよりも明らか。実に分かり易いツンデレさんだ。
もっとも、そのほうが翔太としてはありがたいことで。
「レトルトのアレンジを気に入ってくれたようで何よりだ。平日の夜はだいたいこんな感じになるから、ダメだと言われても困るのだけどな」
むしろ堂々とレトルト併用の手抜き料理が出来ると宣言したのであった。
「引っ越ししたんだから、夕食は蕎麦しかないわ」
「そうなのか?」
「もちろんよ。日本の法律で決まっているわ」
「あるか! そんなもの!」
玲香の妙な拘りというか我がままで、その日の夕食は蕎麦と決まった。
理由については首を傾げるほど呆れるが、メニュー自体は翔太にとって不満はないというか、むしろ面倒がなくて願ったり叶ったり。
蕎麦で良いのなら乾麺を湯がいて冷水で締めるだけで済む。薬味と麺つゆは市販品で良く、仕事量的には手抜きといっても差支えがない程。
ただ「薬味に大根おろしがないなんて手抜きだわ」とか「揉み海苔は食す直前にかけるものよ。先にかけたら海苔が湿って食感が台無しになるでしょう」など、相変わらずの文句の多さには辟易するところがあったが。
分かっていたことだが、頭で分かっているのと実際にやられるのでは受ける印象が段違い。後者のおかげで夕食を食べ終わる頃にはげんなりと疲れ果て、着替えもそこそこにてベッドに倒れ込んだほどである。
その所為だとは流石に考え難いが、その日の夜に翔太がナの国で目覚めたときは、彼の身がとんでもないことになっていた。
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