同棲? いいえ、ルームシェアです(キッパリと)
長い物には巻かれろ。
太古の昔より凡人である一般庶民に伝えられし処世術のひとつである。
曰く、頭を低く屈めていたら嵐を乗り越えられる。
曰く、権力におもれ、逆らわなければ怒りを買うこともない。
で、結局のところ何が言いたいのか?
翔太は玲香のムチャ振りに屈して、彼女のマンションに同居することになったのである。
「血統書付きの良家のお嬢様が、男に同棲なんかを強要して良いのかよ?」
ムチャな強要もさることながら、世間体的にもアウトだろう。
だが玲香は「わたしは血統書付きのサラブレッドなんかじゃないわよ」と、翔太の懸念と別のところに噛みついての反論。
「私の母さんは父の愛人、謂うところの〝お妾さん〟てヤツなの。だからわたしは傍系の娘になるわね」
出生に関する重要な情報をサラリとカミングアウトしてきたのである。
これには翔太も焦った。
「そんな大事な個人情報を、おいそれと赤の他人に言っていいのか?」
上流階級なセレブ故、ヘタしたらスキャンダルにもなりかねないセンセーショナルな事柄。しかし玲香は「だからよ」と隠し立てることを良しとしなかった。
「後で知ってヘタに騒がれるよりも、先に事実を知ってもらって冷静に対処してくれる方がマシでしょ」
潔いというか反応に困る言い分。しかも「アンタは仁義をわきまえていると信じているから」と重い信用までも寄せてくる。
「冷静に対処って、オレにどうしろと?」
なので対応のしかたを訊いてみたら、上から目線で「そんなの、決まっているでしょう!」と一喝。
「ふつうに口チャックをしていれば良いのよ」
「そりゃ、そうかも知れないけど……」
いまいち煮え切らない翔太に玲香が「その曖昧さが困るの」とダメを出す。
「そもそも父親からはちゃんと〝認知〟はされているし、義兄妹との仲もふつうでギスギスなんてしていないのだから」
その上で家族との関係はそれなりに良好だから、問題になり様がないと言い張った。
まあこれ以上はデリケート過ぎる問題だし、翔太が喋らなければ良いというのなら従うまで。
「その件はもう分かった」
もうお腹いっぱいとばかりに両手を前に出して、玲香のカミングアウトを押し留める。
いつの間にか話がズレてしまっていたが、翔太にとって目下の問題はそこじゃないのだ。
「南条の家庭問題の件はオレが口外しなければ問題ないだろうけど、それよりも、学校にこの件をどう報告するんだ?」
何せ2人きりで異性と、しかも同じ学校の同級生と同居をするのだ。いくら経済的理由や食糧環境の改善だと、ホンネの理由を話したところで、表面上に浮き出る〝同棲〟というイメージを腐食することなどできないだろう。
「バカ正直に話せば「醜聞が悪い」と難癖を付けられて、よくて停学、ヘタすりゃ退学勧告だってありえる。だからといって黙っていれば、それはそれで〝住所変更の報告ができていない〟で問題になるだろう」
報告漏れも当然ながら処罰の対象となるという見事なまでの四面楚歌。
と、ここまで懇切丁寧に状況を説明したのにのかかわらず、ジャイアニズムの塊である玲香にとっては始末な事柄にしか映らなかったようだ。
「ここはマンションなんだから、住所が同じでも何ら問題はないでしょう」
「部屋番号はどう説明するんだ?」
新住居がマンションだから、番地が同じだという理由は説明できる。だが当然ながらマンションのような集合住宅には部屋番号というものが付いている、でなければ郵便物や宅配便等が誤配だらけになってしまう。
当然出てくる翔太の懸念を玲香が「そんな些細なこと」と一蹴。
「このマンション1棟、丸々ウチの系列会社の所有物件よ。わたしもマンション名だけしか申請してないし、そんなに気になるのならお父さんに頼んで部屋番号くらい作ってあげるわよ」
翔太が同居している間は玲香の部屋を2分割して、同一住所にあたかも2室あるようにしても良いというのだ。
所有主が傘下企業だけにでっち上げも壮大なもの。公文書さえ手を付けなければ何でもありだと主張したのである。
「……頭が痛くなってきた」
「これでノープロブレムでしょう?」
「権力って、やることがぱねぇわ」
住所が同じでも集合住宅なのだから、部屋番号さえ違えば完全な別宅。引っ越し申請をするに当たり何の障害もない。
玲香の(というか南条家の)持つ圧倒的な権力によって、翔太の(小市民的でささやかな)懸念が一瞬にして解決したのである。
そして、今現在。
翔太の荷物を積んだ引っ越しトラックが、玲香の暮らす超高級マンションの前に乗りつけていた。
その傍には当然ながら当事者である翔太がいて、引っ越し業者の荷下ろし立ち合いに来ているのだが……
「やることがねー」
トラックの横でぽつねんと佇み、缶コーヒーを片手に黄昏ているオブジェでしかなかった。
厳密には〝やることがない〟ではなく〝やらせてもらえない〟なのであるが。
「アンタのセンスに任せると、部屋がダサくなっちゃいそう」
という玲香のお達しで、当事者にもかかわらず引っ越し作業の一切からハブられたのである。
「オレの引っ越しなのに?」
文句を言おうにも、そもそも引っ越し業者を手配したのは玲香だし、代金を払っているのも玲香とあれば、引っ越し業者が玲香の意向に従うのは当然の帰結。
「お客様の意向ですから」
引っ越しスタッフからも、にべもなく返される。ちなみに「お客様」とは玲香のことを指し、いうまでもなく翔太は「部外者」の扱いである。
そしてその「お客様」の権限はとんでもなく、あろうことか一旦部屋に持ち込んだ荷物が再びトラックに戻され、翔太の荷物を勝手にトリアージし始めたのである。
「ちょっと待て。何をやっているんだよ!」
翔太が抗議するが、当然ように玲香は「アンタは黙ってなさい」とガン無視。それどころかいつの間に用意したのか[要るモノ][要らないモノ]の赤いタグを荷物にペタペタと貼って要不要を選別する始末。
「コレは要らないわね」
「要るだろ! オレの私物だぞ!」
「部屋に合わない。センス悪すぎ」
「オマエが来いと言ったんだろう!」
「そっ。飯炊きにね。だから身一つで良いのよ」
「ああ、そうかい!」
「ええ、そうよ」
一事が万事この調子。いくら翔太が強硬に反対しても、玲香が容赦なく不用品のタグを貼る。そして「アレもダメ」「これも不必要」と片っ端から不用品の烙印を押していくのである。
その結果。
「全部要らない品物だから、せっかく運んできてくれたけど、この荷物は持って帰ってくれる」
衣類など身の回りの必需品を除く大半の品物が、トラックに載せられたまま回れ右をして引き返したのであった。
引っ越し業者を呼ぶ理由があったのかと考えずにはいられない今日この頃であった。
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