第02話『尼野とクレア』
「尼野!」
ヒロトが彼女をそういった名前で呼ぶ。
この世界の片仮名の名前ではなく、ヒロトがいた日本の人間のような名前である。
「ほ…本当にお前が先生なのか」
「はい!──…とは言ってもまあ、今日だけなんですけどね」
「そうなのか…でも何で──」
「それはですね…──」
「──…そいつは俺が提案した」
質問へのクレアの返答を遮って、テンカはそう言う。
「お前がっ?」
「俺よりも生徒会よりも、一時期はお前と同じ境遇にあったクレアの方が、お前の成長の促進には適していると思ってな」
「…ぁ?ちょっと待ってくれよ」
訝しむヒロト──どうやら彼のある一言が気になったらしい。
「一時期は俺と同じ境遇だったって…どういうことだ?」
「知らなかったか。俺がクレアを引き取ったついででの修業で、10ヶ月も手こずったんだ。だがある時異様なコツを掴んで、急に成長が促進された。つまりは、クレアと同じ出身のお前にも、魔法の上達に特殊な手順があるかもしれねえ」
「じゃあ、その手順を踏んだ尼野の教授で、俺は一気に成長できるってか…──なるほどな…」
ヒロトは納得したように頷いた。
──ヒロトと同じ出身…その聞こえはどうにも妙である。
彼の出身は日本であり、この世界には彼以外に転移された者はいないはずだ。
だがその常識観念は、つい最近に覆された。
ヒロトが彼女の正体を知ったのはそう、つい最近…ちょうど1週間にも満たぬ期間内だ。
──8年前、父母をヤクザに殺された怒りと鬼神のオーラの覚醒に忘我した、当時8歳のヒロト──彼に追い討ちをかけるようにして、またもや悲劇がやって来たのを覚えているだろう。
河川敷から身を投げ、血を吹き出して死んでいる幼馴染を抱きしめ慟哭した、あの雨の日。
その幼馴染の名が、尼野なのである。
ヒロトは少女をそのように呼んだ。
死んだ幼馴染が、ここでこのようにして生き、魔法をも使えているような現実など、あるわけがあったのだった。
ヒロトはこれまでも、彼女に恋情を寄せていた。なぜなら初恋の相手だったのだから。
そして…彼女も──
「──8年間俺を忘れないでいてくれたんだよなぁ!わかるかぁ?読んでるお前ぇ!」
「え?誰に話してるんです?」
「あっ…いや、何でもねえ」
何だか変なところに指を指すヒロトに、クレアは首を傾げるのだった。
テンカが今後の流れを説明する。
「クレア、これから一対一で、ヒロトの授業を持ってくれ。俺は他の連中を見るからよ…──頼んだぞ」
「はい!──じゃあ行きますよ!ヒロトくん!」
「よっしゃ!──これを読んでるみんな、やったぞ!尼野の授業だ!」
「…ホントに…誰に喋ってるんですか?」