第75話『動き出す歯車』
「ここは…」
ラビットがテンカたちとともにやってきたのは、資料室であった。
「第一資料室だ…」
「どうして、わたくしをここに…」
「渡したい情報があると、リズレから伝言を預かったんだ」
「彼は今どこへ…」
そこで、テンカはラビットをより強く見つめる。
「いちいち察しがいいな…──あいつは今遠征中だ…近いうちには戻って来るはずだが、どこへ行ったかは聞かされていない」
「…」
だが、そこでガンダーも口を挟む。
「で、君に渡したい情報というものを、より具体的なものにするためにここへやってきたわけだが…今回の資料は、君の過去についてを取り上げることとなるけどかまわないか」
「え…ええ、先生方なら…」
グンメティが、奥の棚からファイルを引き上げる。
ファイルは手に吸い寄せられ、他の3人にも見せる。
「これで合ってますね?」
「ああ」
ガンダーはそのページをめくっていき、あるページで手をパッと止める。
「これだよ」
ガンダーは、それをラビットに見せた。
ある新聞の記事である。
見出しにはこう書かれている…──『未だに深まる謎…ムーン家魔物襲撃事件』
「ただの憶測では?」
「いや、そうとも言い切れない」
「…?」
「この記事の記者を見てみな」
その記者は、ミリーク。
「このミリークさんとは…誰です」
「ミリークはフリー記者だ。だがリズレとは関係があってな、俺達よりも関係が長い」
「そのような方がこの記事を…」
そこから、テンカは続ける。
「実はリズレはな、お前の救出に強く関わった人物なんだ」
「えっ!?」
知らなかった事実だった。
「そんなアイツは、この記事の記者ミリークのインタビューを受ける形になった」
「それに基づいて出来上がったのが、この記事ってことだ…」
「なるほど…」
ラビットは頷く。
「でも、ラビットさん」
「…?」
ラビットに呼びかけたのは、グンメティだ。
「この事件について、腑に落ちないことがない?」
「腑に落ちないこと…?」
「あら…わからないの…」
グンメティは解説口調で続ける。
「この事件を引き起こした真犯人が、見つかってないこと…魔物は何者かが呼び覚まし、操っていたことで間違いはないのに、なぜこうも謎が深まるのか…」
「はっ…確かに不自然です」
ラビットも、違和感を鮮明に感じ取るのだった。
「で、そこであなたに読んでほしいのが、ここ…」
グンメティは、記事中の文の、ある一部を指でなぞる。
「読んでみて」
「…はい」
ラビットは、それを朗読する。
「“私の友である、魔法学園の学園長のリズレに話を聞いた。才女ラビットの救出にも関わった彼が言うには、火に囲われるムーン家の後ろには、巨大な影があったという”…──なっ!本当に…?」
それを読んだラビットは、驚愕の声を上げる。
間違いない、夢でも見た巨大な影。
「まさか…夢と同じ」
「「「…夢?」」」
「わたくしは昨夜、ある夢を見たのです!あの冬の夜、わたくしのおぞましい力の持ち主が現れ、背中から巨大な影を放出させるのをッ!」
「おい、ちょっと落ち着け」
「何かの偶然だとは思えません!」
「落ち着けッ!」
「!?」
突如張られた声に、ラビットの心が平静に戻る。
「安心しろ、話はゆっくり聞く」
「わ…わかりました」
ラビットはそこから落ち着いて、ゆっくりと話し直すのだった。
※30分後…
「着きましたよ、リズレさん」
「ああ、助かった」
遠征を終えたリズレは、そこで車の運転手に礼を言ってから、学園に戻っていくのだった。
その手には、アタッシュケースがあった。
「お迎えがあるようだね…」
リズレの視線の先には、メイプルがいた。
「お望みのモンは手配できたんやろ?」
「ああ」
「…面倒になってきおったのぉ、こんな事態は初めてや」
「…そうだね、あの夜からの悲劇が、よりグレードアップして再現されようとしている」
「その言い方、やっぱり何かの察しはついてるって風やな」
「わかるのかぁ」
二人は、一緒に歩き出す。
そしてリズレは、今までに見せたこともないような真剣な表情をした。
「今日ボクが訪れたのは、ムーン家の遺品を預かっている場所…このアタッシュケースには、あの夜の謎を解く手がかりが入っている」
「とはいえ、何で今になってその事件が今になって注目されとるのかやが…」
「決まってるだろう」
ムーン家の悲劇と結びつく事件は、つい最近でも起こっていた。
「学園に魔物が現れ…アングワーナに魔物が現れ…そして今回の事件には、ある人間が関わってる──以前僕が、魔力を感知したという話はしたね」
「ああ…。クレアとやらが、ヒロトに声を届けたあの時の…──じゃあその人間が、ラビットの事件にも関わってたってのんか?」
「…僕はそう考えている」
かくいうものの、所詮はリズレの憶測にしか過ぎない。
だがメイプルには、反論のしようもない。
リズレの憶測はふざけてはいなかった。むしろ、ムーン家の資料に目を通してきたリズレからは、メイプルの知らないことも当然伝えられるだろう。
「…もしそれが真実やとしても、それを確かにさせる証拠はあるんか?」
「今日は、いろんなものを見てきた…──そして、耳寄りなニュースも聞いた」
「ほう…それは何や」
リズレは、語りだす。
「僕が以前感知した魔力は、ある東の方角へと消えた。そして僕は、念には念をとそこに兵を手配させた。すると…──」
「…何があったんや」
リズレは少し面持ちを暗く変えて言う。
「そこに突如現れた魔物によって、その小隊は壊滅した」
「!?何やてっ!」
「全員、無残に食い荒らされていた。レベル30の強力な魔物によって」
メイプルは驚愕して、ものも言えない状態になっていた。
「なぜ、そんなことになったんや…」
「決まってる…──そこまでに残酷なやり方のできる者で、強力な魔物を錬成できるやつといえば…」
「ラビットの家を襲ったやつ…か…」
「…ああ。まだ決まったわけではないが、それでも、小隊を1つ壊滅できる魔物を生み出せる者となると、そうとしか考えられない…」
そう考えると、リズレの脳内には解決方針がたびたび浮かんできた。
「今回の事件は、迅速な解明が求められる──そして、事件の解決方針は、ある一人の人間の証言が頼りになるだろうね…」
「そいつ、誰や?」
メイプルにはあらかた想像はついていたが、質問しておく。
「…ムーン家の末裔、ラビットさんだ」
リズレは、メイプルと真正面向かい合って、真剣に言うのだった。