第74話『ラビットに迫る』
「…ふぅ…」
10分ほどの修行の末、彼の魔力コントロールは、網羅とまではいかないがなかなかに成長していた。
「魔法歴1日目そこらにしては十分ですよ。鬼神のオーラと魔力は似ているので、きっといつか完璧に魔法がマスターできる日は来ますよ」
「…ああ」
だが、ヒロトは甘えてはいられない。
ラビットの先程の視線は、オーラの無くなったヒロトに幻滅したものだという可能性も捨てがたいと、ヒロトは少なからず思っている。
どこか彼の中では、ラビットは欠けてはならない存在になっていた…──彼女がいることで、オーラの修行にはより精が出たものだ。
だが鬼神のオーラのない今、ラビットとヒロトのライバル関係には、ヒビが入ってしまっている。
「気になってるの?ラビットさんのこと」
カリンは興味ありげにヒロトを見つめて、そう言う。
「あ?…ああ、オーラが消えたから、もうすっかりライバル関係も終わりかもな」
ヒロトは自嘲するように嗤う。
だが、カリンはその答えに首をかしげる。
「ヒロトくん、本当にそれだけ?」
「え?」
「…ふぅーん?」
「何だよ、ハッキリ言ってくれ」
そこでカリンは、言われたとおりハッキリと言う。
「ヒロトくん、ラビットさんに気があるものかと」
「…はぁ?」
心外なことを言われ、ヒロトは呆気にとられる。
「…あのなぁ、勘違いすんなよ。俺はラビットをライバルとして尊敬しているが、決してオンナとして意識してるんじゃねぇよ」
ため息混じりに言うも、カリンはその様子を変えない。
むしろ、これは1本とれると確信したようだった。
「もういっそのこと、素直になったら?」
図星を付かれた様子で、ヒロトは舌打ちする。
「…チッ、見え透いてるってツラだな…」
ヒロトはそう言ってから、周囲を注意深く見渡す。
「…はぁ…──ああ…ちょっとだ、ほんのちょっとだけ、アイツを大事に思ってる」
「ウフフ…」
こうも心中を見透かされ、からかわれるとは…。
ヒロトはいよいよ青筋を立てて、カリンに指を向けて語る。
「だがなぁ!俺にはもう、クレアっていう心に誓った女がいるんだよ!8年間の空白の期間でも、アイツは俺のことを忘れはしなかった!アイツと会えなかった8年分、俺はアイツとイチャイチャするんだよ!恋愛の割合で言うなら、クレアが100でラビットがほんの24.34ってところだっ!」
「計算が細かいですね…」
「とにかく、俺にはクレアがいるんだよ!例えラビットに恋情があったところで、それだけは歪まねえんだ!──じゃあな!修行たすかったわっ」
ヒロトは不機嫌そうに、赤くなった顔を見せないようにして帰って行くのだった。
「──…でもちょっとくらいは、ラビットさんの気持ちにも答えてあげてくださいね…」
「…?何か言ったか?」
ゴニョゴニョとしか聞こえなかった。
「…いいえ。私の干渉できる隙は、なさそうです」
「…あ?」
※
ラビットの呼吸は、荒くなる。
暗い空き教室──後ろに立つ何者かが、ラビットの肩を掴んでいる。
その現状が、ラビットの焦燥を煽っていた。
「…っ」
ここで…死ぬわけにはいかない。
ラビットは手にエネルギー弾を溜め、肩の手を振り払うように振り返り、それを何者かに向ける。
「…誰ですッ!」
そうしてラビットは、そいつを目にする。
「…どうした、1組のラビットさんよ」
「え…」
テンカだ。
「ちょっと用があって部屋を訪れたがいなくてな…少し魔力を探ってみたが…──」
後ろには、ラビットの組の担任のガンダーや、グンメティもいた。
ガンダーが電気を点ける。
「…」
テンカはラビットを見る。強い焦燥からの安堵で、その顔には疲れが張り付いていた。
「ここで何をしていた…」
「いえっ…わたくしは決して…ここをほっつき歩いていたわけではっ!」
「そうじゃない、だいたいわかる…──二人とも、魔力を見てみろ」
「もうとっくにしてるよ」「事情は察せたね」
ガンダーとグンメティは、ラビットの体内を巡る魔力の動きを見る。
「ラビットさんのような類まれなる天才が、ここまで魔力を乱すとはね…」
「それに彼女の様子を見るに…──きっとここで、何か強い恐怖を受けたということで間違いないだろう」
ラビットは、自分の受けた強い恐怖を、言葉はなくともその目で必死に訴えていた。
「ラビットさんよ、少し話を聞こう…──ここで何があったか。そして…──…?」
ラビットは、安堵からか号泣する。
「ぁうっ…ぅ…っ」
「あーあ、テンカの顔怖いから」
「うるせぇなぁグンメティ…だがとにかく、ここで強い恐怖を感じ取ったのは、どうやら事実らしいな…おいラビットさん」
「は…はい」
「わざわざ放課後に、弥上ヒロトの居残りもすっぽかしたんだ…ちょっと付いてきてもらうぜ」