第73話『ラビットの変化』
「で、今日はどういった御用なんですか?」
「…いやぁ…実は魔力コントロールがなかなかうまくいかなくてな…──決して2人のシャワーの会話を盗み聞きしようとしたわけじゃなくてな…」
「ウフフ…」
カリンは、すっかりしおらしくなったヒロトを笑ってから、タネ明かしへと入る。
「遠隔視覚の魔法を使って、ヒロトくんの様子を見てました。単純な男の子の反応が見れて面白かったですよ」
「クッソ…」
まさかここまでコケにされるとは…悔しくてたまらなかった。
だが、ヒロトは最後まで抵抗する。
「まあ、俺は女の胸部の駄肉に興奮するコタぁねェけどなぁ…」
「でも私、あなたのズボンの膨らみまではっきり見えてましてね」
「すみませんでした」
「──まあ、今日は生徒会はお休みなのですが、私はヒロトくんのために、特別にトレーニングを行いますね」
「他のはいねぇのか…いや、なおさらよかったか」
「んー?」
「いやっ、何でもない」
カリンの聞こえていないような言動とは裏腹に、彼女の表情は先程と変わらなかった。
間違いなく聞こえているだろう。
「いや、本当に助かる」
「ヒロトくんには、今までのパワーを取り戻すにも、魔法を完璧にマスターして貰わないとですからね」
「ああ、魔法でラビットの度肝を抜くくらいにはなってやりてえ」
「その息ですね。あと、鬼神のオーラと魔力は似ているところがあるから、感覚的には持ち前のでいいと思います」
「なるほどな」
「…こうしてヒロトくんの修行を持つというのは、意外にも初めてですね」
「…確かにそうだな」
「オーラの修行はメイプルの方が適役だったけど、魔法だと私の方が上かもですね」
「期待していいんだな…」
「もちろんですとも」
※
ラビットは、足早に廊下を歩いていた。
そこにいるのは自分1人だけ、いつもと違う道なので電気はあまり通っていないのか、どこかほの暗く感じられ不気味であった。
「なぜ…わたくしはヒロトさんをあそこまで退けるんでしょう…」
その疑問は、ラビットにも疑問だったらしい。
「いつものような恋情なんかじゃない…無意識に出ている敵意に近い…」
だが、どのように考えても謎は深まるばかりであった。
「昨晩の夢を見てからだ…わたくしはあのときから、ヒロトさんのことを考えるだけで、なぜだかイライラする…」
そのイライラとは、ヒロトへの恋情を自己否定するものでも、ライバル関係内での心地良いものでもなかった。
確実で完全な敵意だったのである。
なぜかは知らない。
だが、あくまで1つの憶測を上げるのなら…──
「あの悪夢の謎の人物…そして、背後から現れた巨大なモノ…」
まさか、そんなはずはない。
「わたくしの両親を殺したのがヒロトさんだなんて…そんなこと、あり得ません…」
ラビットは何度もかぶりを振るのだった。
ヒロトはおよそ一ヶ月前に、別世界からやって来た人間である──そんなことはとっくに知っている。
だからこそ、背後に現れた巨大なモノが、鬼神のオーラであるとは思わない。
「はぁ…そんなこと、あり得ないのに…」
ラビットは、失笑するようだった。
──そうしてしばらく考えてから、ラビットは再び歩き出す。
「…」
…閑静な廊下に、靴底のコツコツ音が響く。
コツン…コツン…
その音は、ペースも何も一切変わらないで続いている…その筈だった。
コツン…コツン…──カタン…
「…?」
ラビットは、音の違和感に気づくと、振り返った。
「…?」
気づくと、電気が点滅し始める。
「生徒…?」
生徒の制服をきた同い年ほどの少女が、そこに静止して立っていた。
「…」
ラビットがそこを見つめていると、彼女はこちらに振り返った。
そこにいたのは…まるで、自分自身のようだった。
髪型も身長も、ラビットそのもの。だが、その顔はまるで…──
「…ひっ!?」
その人形細工のようなくしゃくしゃの顔は、ただ虚ろな笑みを浮かべていた。
「…ッ!?」
全身の毛穴が、恐怖で閉ざされる。
未だかつてないただならぬ戦慄を受け、ラビットは本能で走り出した。
「うぐっ…!うわァあアーッ!!」
走る最中、後ろは振り返らなかった。
ただただ無我夢中で走りながら、後ろからたびたび近づいてくる足音から逃げるのみであった。
「(もし捕まったらわたくしは…どうなってしまうの!?)」
後ろを振り返ると、ソイツは猟奇的な爆速でこちらに迫ってきていた。
「くゥっ…!」
ラビットはそこから何とか切り離し、角を曲がった。
そして、そこにあった教室に、静かに身を隠すのだった。
「暗い教室…──でも、すぐにヤツが来てしまう…!」
そこでラビットは、すぐそこにあった教壇の裏へ隠れる。
「っ…!」
息を殺し、何とか自分を落ち着かせる。
「…」
その何かは廊下を通り過ぎたらしい。
「(もう…いいの?)」
ラビットはそれでも、そこから出なかった。
だが、どうやらそれは賢明だったらしい。
──ギィ…
「(嘘っ…!?入ってきた!)」
それだけでなく、足音はどんどんラビットに近づいてくるのだった。
声も出せずそこにうずくまり、時だけが過ぎていく…。
──…そして、時間はいくらか経過した。
時の経過によって、少し冷静になったラビットは、教壇から顔を出して、恐る恐る教室全体を覗き見渡す。
「…」
ただただ、静かで暗い教室。
他の角度からも見直しても、何も動くものはない。
「…ゴクリ」
静かに教壇を出て明瞭な視界で見るも、やはり何もいないらしい。
「よかった…何だったんでしょうか…あれは──」
ラビットは不審に思いつつ、ほっと一息ついて立ち上がると、出口のドアにあるき出した。
そのところ…──
ペタ…
「…ッ」
肩に乗る…──手。
言葉も出ず、全身に寒気が吹き抜けた。