第70話『テンカの過去』
清掃員のおじさんが来たため、10組の話しあいは終わり、一同は10組の教室へと向かうのだった。
「意志はしっかりと固まったが、次は先生だよなぁ…」
「ああ…テンカ先生マジで怖いんやもん…」
「あの先生のスパルタ教育が目に浮かんでくる気がするなぁ…」
ただでさえの強面のうえ、クラスの過半数を退学処分にする恐ろしい教師だ。
「…はぁーっ…」
一同は深いため息をつき、食堂を後にしようとする。
だが──…
「なあ、ちょっと待ってくれないか?」
「「「?」」」
そう呼び止めたのは、清掃員のおじさんであった。
一同はすぐに立ち止まって、おじさんに振り返る。
「テンカが担任だってことは…君たちは10組かい?」
「え…そうですけど…」「…せやったら…」
おじさんは、コウの身長よりも15cm以上高い巨漢であった。
ヒロトよりも結構高い身長のため、年のせいもあってか、一同はかなりの貫禄を感じていた。
だが、おじさんはそのリアクションを感じ取って、笑顔を見せた。
「あっ、別に君たちが10組だからって偏見を持ったりとかはしないから安心して!」
「「「ほっ…」」」
みんなは彼の人柄の良さに気づき、胸を撫で下ろした。
「テンカも、再び教壇に立つときが来たか…」
「あの…ちなみにどちら様?」
「あっ、そうだ…名前を言い忘れてた」
おじさんはそこで、初めて自分の名前を言う。
「俺はファーマだ。この学園で働いてる清掃員だよ」
「ファーマさんか…」
「テンカとは関係が長くてね。テンカの次の教え子が前にいると思うと、つい話したくなってしまったよ」
おじさんもといファーマは、どうやらテンカと友達らしい。
コウは、これはチャンスだとファーマに聞いてみる。
「その…テンカ先生って、どんな人なんですか?」「ああ!ウチも訊こうと思いよった──ウチらまだ、テンカ先生について知らんのです」
10組を代表するような2人の質問。残り三人にも見つめられながら、ファーマは真面目に答えようとするのだった。
「テンカは顔は怖いけど、意外と優しいヤツだよ」
「えっ!」
その言葉は、あまりにも想定外であった。
「でもテンカ先生は、クラスの過半数を退学処分にしたんですよ?」
疑問に思ったサルマがそう言うと、ファーマは笑う。
「いや、それもアイツらしいぜ」
「え?」
「実はアイツは昔は優しい奴だった。だけど、過去に教え子がとんでもない悪行に走ったことがあってな…それっきりアイツは、教員としての引退を申し出たんだ」
「そんなことが…」
ファーマは物憂げな様子で振り返って続ける。
「そこからアイツは変わってしまった…感情的な教育が目立ち、昔のような、生徒に向ける笑顔はすっかりなくなった」
「…」
それを聞く事で、一同の彼への見方が少し変わったような気がした。
「…だが、そんな彼の中でも変わっていないことはある…」
ファーマはそこで笑みを浮かべると、一同に体ごと向きなおった。
「真に強い意志を持った生徒、真摯に向き合う姿勢があることだよ」
「「「…──!」」」
一同は、テンカの言っていた一言を思い出した。
『これが、1ヶ月間怠惰に学園生活を送ってきたテメェらの成果だ…』『お前たちには、ここに入学するにあたり、重要な志を持っていたはずだが…?』
その言葉は、一同の心に強いインパクトを与えたものだった。
「テンカには、君たちの意志は伝わってるはずさ。もし君たちの思う通りだったとしたら、他のみんなと同じようにさせられてたはずだからなぁ」
「…そうですか…」
一同は、まさに目が覚めたようだった。
※5分後…
「お前ら、ホントに誰とでも仲良くなるよな…」
食堂にバーギラとともに戻ってきたヒロトは、目の前の光景に笑みをこぼして言った。
初対面の時点ではまあまあ怯えていたように見えたが、一同とファーマは仲良くなっていた。
「おかえりヒロト!」「こちらさっき仲良くなったファーマさんや!」
コウとマーニが、ファーマをヒロトに紹介する。
「どうも、ファーマさん。見た感じ清掃員っぽい感じだけど?」
「いやでもなヒロト、ファーマさんが言うにはな、本職は農家らしいねん」
「なら教員ではないか…」
「ウチからしても、イジりやすいやつやで」
キサクとマーニは、特にうまくファーマと馴染んだように思える。
ファーマも楽しそうな様子である。
「ん?ヒロト…──そうか、君が弥上ヒロトか!」
「え?おう」
ファーマはヒロトを見て、うなずく。
「鬼神のオーラを使う人間と聞いて、もっとヤクザみたいなのを想像してたよ」
「そうか?子供にはまあまあ泣かれるんだけどな」
「確かに目つきはちょーっと怖いけど、親切な性格で安心したよ」
「そう言ってもらえて嬉しいぜ」
「「「…」」」
一同もヒロトに対して、ヒロトへのその印象は変わらなかった。
10組の中心では、ヒロトが光であることに間違いはなかった。
「──おう、お前ら」
食堂に入ってきた、低い男の声。
一同が振り返ると、そこにはテンカがいた。
バーギラは彼を見て少し喉を鳴らしたものの、それを制止して前に立つのはヒロトであった。
相変わらず人相は悪く、ポケットにも手を突っ込んでいたが、10組の目からは恐れが消えていた。
ヒロトは、テンカが10組に対して虐待をしているとばかり思って、彼への怒りが募っていたが、クレアからの話を聞いてそれは逆転した。
「…ん?何見てんだヒロト」
「いやぁ?別に何とも?」
ガンを飛ばしている様子はなかった。その証拠として、彼の口角は緩んでいた。
「あぁ…理由はだいたいわかった。さてはアイツ喋りやがったな…」
「まあなぁ」
こうやって見方を変えて見るだけで、テンカという人物像は大きく変わって見えた。
テンカは、10組の様子を見る。
「ほーぅ…ちったぁマシな顔つきになったみたいだな…」
テンカは小さくそう言うのだった。