第60話『ヒロトと魔法』
放課後…──
2組で机に座るクレアの目の前には、ヒロトが顔を近づけていた。
「その…いったいどういう状況なんですか?」
「いやぁ…尼野にちょっと聞きたいことがあってさ」
2組の視線が全てそこに集中する。
クレアは、教室の中でもかなりの美少女として注目が集まっていた。本人には自覚などなかったが。
「クレアちゃん…あの弥上ヒロトさんと付き合ってたんだ…」「彼氏とかいないと思ってた…ちょっと意外かも」
「俺、あんなヤツからクレアを取れる自信ねぇよ…」「あってもやめとけ…命が惜しいのならな…」
そんな教室内のやりとりに耳を傾け、苦笑しながらクレアはヒロトを見た。
「ちょっとここじゃあ言えんことがある…二人っきりで屋上に行こう」
「えっ!」
2組の雰囲気が騒然とした。
「嘘っ!まさかそこまで!」「屋上でとか、絶対ガチじゃないっ」
「うらやまじぃいっ!」「お、おい泣くな!ハンカチと一緒に歯が折れそうだ!」
ヒロトの表情の真剣さが、一同の想像力をかき立てる。
そして、それはクレアも例外ではない。
「ど…どうしたんです?」
困惑するクレアに、ヒロトが手を握ってくる。
「!」
「なるべく早く聞きたい!来てくれ!」
「うわあ!意外に強引!」「でもアリ!」
見送る2組のみんなの言葉も聞き入れず、ヒロトはクレアを連れて屋上へ走るのだった。
※
「どうしたんです?そんな剣幕で」
「…いや…実はさ」
クレアは首を傾げ、ヒロトの質問を聞く。
「俺、実は魔法が使えないんだ」
「使えない?」
「…ああ。俺は、日本人だから魔法が使えないんだろうとタカをくくってたが、現に日本人のお前は、2組にはいってるだろ」
「…なるほど、そういうことですか」
だが、クレアはそこから、間髪いれずにこう言う。
「私、この世界に来てすぐに魔法使えましたよ?」
「えっ!」
「というか…逆に使えないんですか?」
クレアが指に謎の光を纏わせると、鳥が寄ってきた。
「ここに来た時点で、魔法が使えてた…」
「一応2ヶ月くらい修行があった上でですが、ヒロトくんはここに来て日も浅いし…」
「そうともいかないんだ…今の俺は、もうすでにオーラが使えない」
「え!ホントですか」
「…ああ。だからその分魔法が使えないとダメだ…もしかしたら、退学もあるかも。今日だけでも新担任のおかげで、10組で魔法の才能が乏しい奴は全員退学になった」
「…そう…なんだ」
クレアは、少し返答に悩みつつ、だがしばしして笑顔でヒロトを見た。
「でも、大丈夫ですよ」
「お?そう言い切れる理由があんのか?」
ヒロトが笑いながら聞くのに、クレアは自信満々に続ける。
「ヒロト君の実力が本当にないなら、今頃この学園にいないでしょう?」
「…確かに…」
「きっと、ヒロト君もできます!私みたいに、魔法が絶対使えますよ!」
彼女のその目を見ると、なんだか出るはずだった弱音も全てが消え去った。
「ふっ…そうだな、ここで諦めんのも性に合わねぇ」
二人は見つめあい、互いに微笑みあった。
「──そうだ、放課後はカリンさんに修行をつけてもらうんだった!」
ヒロトが用事を思い出したタイミングで屋上のドアは開き、ラビットが出てきた。
「やっぱりここにいましたか」
「ワリぃ、ラビット!今ちょうど思い出したところだったんだ!」
「いえ、別にそれはいいのですが…」
ラビットは、ヒロトの隣のクレアを見る。
「こんにちは!ラビットさん」
「ど…どうも──んー…」
ラビットは、クレアを静かに見つめる。
「…?どうしました?」
「その…ヒロトさんとは仲がよろしいのですか?」
「え?ええ…まあ…」
「…」
クレアはラビットの質問がわからなかったが、彼女より怪訝そうな表情をするのは、間違いなくヒロトなのであった。
「──じゃあな尼野。またいつか話そうぜ」
ヒロトがラビットとともに、いつもの場所に向かうその途中。
「待ってください、ヒロト君」
「…ん?」
クレアに呼び止められ、ヒロトは振り返る。
「私も付いていっていいですか?」
「んぇ?なんで」
ヒロトは問い返してみる。
すると、クレアはモジモジしてこう言う。
「ヒロト君の日課が…気になっちゃって…」
「別にいいけど…カリンさんは許してくれっかなぁ…」
ヒロトは頭をかいてそう言う。
「ダメでs──」
「まあ来るだけ付いて来な」
「!?」
ラビットの返答を遮って、ヒロトが言う。
「え?何かあんの?」
「い…いえ」
まるで、目の前のこのクレアに負けてしまったような、そんな気持ちになるのだった。