第57話『テンカのド暴挙』
「今から、一部の生徒の名前を呼ぶ。呼ばれたら返事をして立て」
「「「は…はい」」」
状況が掴めない一同の小さな返事も聞かず、テンカは紙をとって名前を読み上げる。
「──サルマ!」
「えっ!」
「「「!?」」」
なぜか唐突に大声で名前を呼ばれたサルマ。
「どうした…立てっ!」
足が震えるが、テンカに睨まれて立たぬわけにはいかなか
ー3&った。
「──アシュ!」
「は…はいっ…」
震えた声で席を立つアシュ。
彼の足は震えている。
「──マーニ!」
「あっ…はいぃッ!」
あまりの驚きにピーンッと立つマーニ。
その顔は汗でぐっしょりであった。
「──キサク!」
「っ…はいッ!」
覚悟をしていたキサクも、いざ名前を呼ばれるとこのザマであった。
彼女の目には、うっすらと涙すら浮かんでいた。
「──コウ!」
「はい…っ!」
コウは名前を呼ばれてすぐに立つが、テンパりすぎたあまり机に足をぶつけた。
「あぁっ…!」
状況が状況で、全員吹き出しそうでもできなかった。
「──ヒロト!そしてバーギラ!」
呼ばれた2人は驚いて席を立つ。
全員が謎で仕方なかった。魔法が使えるかもわからないバーギラはともかく、なぜ魔法が使えないヒロトが立たされたのか。
「…以上だ」
呼ばれた者たちに緊張が走る。
そのクラス19人(バーギラ含む)のうち選ばれた7人は脂汗を垂らす。
だが、次にテンカのいう台詞は、想像の斜め上を行っていた。
「今立っている者以外に通告する…お前らは退学処分だ」
「「「!?」」」
全員が驚いて言葉を失う。
退学処分を下された12人は、状況が掴めないままそこに立ち尽くす。
「俺の言うことがわからないか?出ていけと言ってるんだ」
テンカが一同を睨むと、彼らは反論もできないまま、カリンの見送りで教室を出ていった。
──たった一瞬で疎らになった教室に残された7人は、テンカを前にうろたえていた。
「残ったお前ら落ちぶれクズどもは、明日から俺がみっちり修行してやる。多少の筋肉痛や魔力の過剰消耗はやむを得んぞ」
「「「ク…クズ!?」」」
酷薄な言い様に一同は困惑していると、テンカはまた溜め息をついて、教室を出る。
「俺は今から職員会議に出席するが、明日からは俺の授業を始めるから、覚悟しておけ」
テンカがシキヤズとともに教室を出ると、10組の生徒全員は、血の気がゾワッと引いた様子でそこに佇むのだった。
※昼休み
「明日からはテンカ先生の授業が始まるらしいけど、一体どんな授業なんやろ…?」
「言うなよ…あともうちょっとで現実逃避できたのに…」
10組の空気は、重たい不安感に支配されていた。
「でもどういうことだ?俺は魔法を使えないのに、退学になってない…」
「そこは謎だ…」
ヒロトの疑問にアシュも便乗する。
1時間30分もある昼休みがこの調子では…。
──だが、その教室に誰かがやって来る。
「失礼します…」
ラビットである。
彼女は重苦しい教室の空気には疑問を抱いていたが、ヒロトと目が合うと、彼の机の方へ行く。
彼女は少し発言を躊躇ってから、口を開いた。
「メイプルさんから聞きました…その、オーラが──」
「…ああ、オーラの力は、これっぽっちも残っていない…」
ヒロトは声のトーンを落としてラビットに話す。
「…お前には、一番知ってほしくなかった…」
ラビットは、そう言って俯くヒロトを気の毒に思っていたが、彼女は責務を全うする。
「カリンさんから伝言です…今日の放課後、いつもの場所でトレーニングを行おうと…」
「なに…?俺はオーラを失ったのに…」
「この話の考案は、リズレ学園長とメイプルさんのようですよ」
「リズレが…わかった、いつもの場所でな」
そして、ラビットは付け加えて言う。
「あと、バーギラさんについてですが…」
「…?」
ラビットは、しばし周りを見渡して、小さな声で言う。
「バーギラさんは、猿獣バーギラから産まれた…この生い立ちは、異質というよりも異端です」
「それって…どういう」
「獣人はご存知ですか?」
「ケモノとヒトか…」
「バーギラさんが獣人であるか否かは別として、全国的に見て、26%の人が獣人を差別する傾向にあります」
ヒロトには訳がわからなかったが、ラビットは最後に詳しく伝える。
「バーギラさんは表に出ると、面倒ごとに巻き込まれる可能性があります…」
「バーギラの生い立ちが獣人差別者に知られると危ないのか」
納得するヒロトに、ラビットも首肯する。
異質な生い立ちを持って産まれた彼女には、他には理解しがたい特別な事情が関わる。ヒロトとラビットも例外ではないのだ。
「…じゃあバーギラ、お前も気をつけ──…あれ?」
隣のバーギラの席に目を向けても、そこには彼女はいなくなっていた。
「どこ行ったんだ…?」
「…?そう言えば」
2人はそこで、外から何か匂いを感じ取る。
「何か、美味そうな匂いが…」
「バターでしょうか」